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Day58:職人の流儀

 デストレーザ派閥では、待ちに待った食事をしながらの懇親会が開かれる。

正直、これが一番楽しみだったと言っていい。


 次の会場はエコノミアからほど近く、中環区の中央部にある工房地区に位置していた。

そこはまさに、職人たちの中心部とも言える場所だ。


 ここシタリアの工房地区はモークムのそれとは異なり、町工場の集まりというよりは、一つ一つが大規模な工場のような造りをしていて、あちこちから滑車や歯車が回る音、蒸気が噴き出す音が絶え間なく響いている。


 道は驚くほど明るく、歩くだけでなく本を広げても読めるほどに煌々としている。

そんな光の中で、デストレーザの派閥棟は一際大きく、異彩を放ちながらそこに鎮座していた。


 左右対称の巨大なドーム型の建物で、中央にはジャイアント族でも通るのではないかと思うほどの大きな入口が口を開けている。


 私は恐る恐るその入口から中を覗き込むが、天井まで吹き抜けになっているホワイエには人影はなく、代わりに柱に貼られた案内図と矢印だけが、静かに奥へと誘っていた。

その指示に従って進むと、やがて一番奥にある扉へと辿り着く。


 それはまるで高級ホテルの結婚式場にでもありそうな、燻んだ色合いの中に隠しきれない品の良さを宿した、布張りのクッション扉だった。


 建築の知識はない。

それでも、この建物が良いものだということだけは、はっきりと分かる。

扉そのものの質量に加え、内部の気密性を思わせる空気の重さが重なり、オルド組の扉と同様、押し開けるだけでも一苦労だった。


 ようやく扉を押し開けると、そこではすでに懇親会が始まっていた。


 会場は装飾もさることながら、カトラリーの配置に至るまで徹底されており、豪華絢爛という言葉がそのまま当てはまる。

柱、梁、食卓の脚、料理を盛る器――細部に至るまで、腕の良い職人の意匠であることが一目で分かるほどだった。


 しかし……いや、()()()()、と言った方が正しいのかもしれない。

私は、用意された料理に違和感を覚えた。


 パン、サンドウィッチ、パニーニ、ハンバーガー……そして、大量のおにぎり。

その隣には、半月形のパスティや香辛料の効いたサモサ、串に刺した肉や、葡萄などの果実も並べられている。


 正直、もっと貴族の宴でしか見ないような、見た目にも華やかな料理を想像していた。

だからこそ、少しだけ拍子抜けしてしまう。


 ――美味しそうなのよ? とても。


 恐らく使われている食材はどれも高級なものだろう。

ただ、想像との差に、勝手に落胆しているだけだ。


 そんな自分を内心でなだめていると、おにぎりを片手にトマさんが近づいてくるのが見え、私は軽く身だしなみを整え、会釈とともに礼を述べた。


「この度は、懇親会にお招きいただき、ありがとうございます。

……それにしても、おにぎりですか?」


 トマさんは、口に含んでいたハクマイを飲み込み、手元のおにぎりへと視線を落とす。


「ああ、よく来てくれた。歓迎する。

おにぎりとは実に素晴らしい。

これまで懇親会といえば、パスティやパニーニが主流だったが、これはそこに一石を投じる食事だ。

具を変えればいくらでも味の幅が広がるしな。

今回はヤモリ食堂に頼み込んで、大量に用意してもらったのだ」


 そう言って背後の山のようなおにぎりを指し、満足そうに笑う。


「これで議論も捗るというものだ」


 なるほど。

通りで、手で持って食べられるものばかりなわけだ。

皆、片手に食事を持ち、もう片方の手で資料をめくり、ペンを走らせ、あるいは身振り手振りで議論を重ねている。


 そんな光景に見入っていると、不意にトマさんの手が背中に触れ、そのまま一歩、前へと押し出された。


「みんな――聞いてくれ。

ここにいるのが、今代の金席にして、新たな我らの仲間、ユリカ嬢だ。

彼女があの自転車の妖精だ」


 おお……と、唸りとも地響きともつかない低い声が広がり、会場中の人々が一斉にこちらへ集まってくる。

あっという間に囲まれ、私はわたわたと視線を泳がせるが、そんなことはお構いなしに、皆が思い思いに言葉を投げかけてくる。


 すべてを聞き取れるはずもないが、要するに――

『自転車なんてものを、どうやって思いついたのか』

ということらしい。


 私は、幼い頃に釣りへ行くための移動手段を探していたこと、村の子どもたちが手押し車で遊んでいた光景、そこへ越してきた大工の一家、リアとの出会い、一緒に試作を重ねたことなどを、かいつまんで話した。


「……なるほどな。まさに人に歴史あり、だ」


 トマさんは頷きながら、どこか楽しげにそう言った。


 今度は、私から問い返す。


「あの……先ほどおっしゃっていた、()()とは何ですか?」


 一瞬だけ訝しげな表情を見せたが、すぐに何かに思い至ったのか、柔らかく笑って説明してくれる。


「そうか、知らなくても無理はない。

君の立ち居振る舞いがあまりにも自然で、平民だということを忘れていた。申し訳ない。

我々デストレーザは、もともと職人の家系が多い。

そんな我々には、仕事を助けてくれる妖精の御伽話があるんだ。

本気で物作りを望んだ者は、夢の中で妖精に導かれ、翌朝その通りに手を動かせば、どれほど行き詰まっていた工程でも、不思議と形になる――そういう話だ。

そこから転じて、革新的なものを生み出した者を称賛して“妖精”と呼ぶ。

自転車という新しい移動手段を生み出した君は、まさに“自転車の妖精”というわけだ」


 ――だっはっは、と豪快に笑うトマさん。

その姿を見て、こんな風に笑う人だったのかと、少しだけ意外に思う。


 だが、それも無理はない。

この日付で、エマさん、リオン君に続き――トマさんまでもが、デストレーザの代表に抜擢されたのだと、翌日、教室で知らされた。

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