【幕間】マルクの冒険譚その3
グランガルの羽毛の買取額は、ひどいものだった。
あれだけの量があったというのに、一リウスにしかならなかったのである。
これは、冒険者ギルドが価値を分かっていないのか、それとも俺が騙されているのか。
今となっては、真実を知るすべはない。
ただ気になったのは、受付の職員が「どうする? 商業ギルドにでも持って行くか?」と奥で相談していたことだ。
もしかすると、商業ギルドに持ち込んだ方が高く買い取ってくれたのかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は先ほど出会ったコリンに案内され、今夜の宿へ向かった。
その道すがら、コリンがグランガルの肉をちらりと見てから、俺の顔を覗き込んできた。
「悪いね、あーしまでお肉もらっちゃって。代わりに、エールはあーしにおごらせてよ」
正直、今抱えているグランガルの肉を一人で食べきれるとは思えなかったので、分け合えるのはむしろ好都合だった。
――それにしても、コリンから香る匂いが心地よく、鼻腔の奥がくすぐられた。
そのまま連れ立って街道を歩いていた時、横道から何かが飛び出してくるのが見えた。
俺は咄嗟にコリンの腕を引き寄せ、抱きかかえるようにして避ける。
それは、前にユリカが作って乗り回していた、あの妙な乗り物によく似ていた。
とりあえず「危ねーだろ! バカヤロー!」と怒鳴るのだけは忘れなかった。
ちらりとコリンの方へ目を向けると、俺の胸の中で見上げてくるコリンと目が合った。
そのまましばし見つめ合い、やがて「……ありがと」と小さく呟くと、コリンはそっと身を離した。
「そ、それにしても困っちゃうよなー。危ないったらありゃしないぜー。……あの変な乗り物流行ってんのかーぁ?」
しまった……、緊張していたのか、俺は言葉に妙な抑揚をつけてしまった。
「あー……あれね。自転車って言うんだって。あの“レス・セット・ジェルマネス工房”の新商品で、なんでも小さな女の子が開発したとかって話。ずいぶん話題になってたわ。
確かに便利そうだけど、危ないってんで宿のおばちゃんが怒ってたっけ」
レス・セット・ジェルマネス工房? 小さい女の子? ……あ。
「それ、たぶん俺の妹だな」
しかし、コリンは信じていないようで、「はいはい」と手をひらひらさせながら歩き出した。
少しして宿に着くと、コリンが女将に「男を一人追加で」と部屋を増やすよう頼み、ついでにグランガルの丸焼きを注文していた。
まさか、コリンと同じ宿に泊まれるとは思っておらず、またもや胸の鼓動が早まってしまう。
その夜は、肉をつつきながらお互いの自己紹介やこれまでのこと、今後の予定を話し合った。
分かったのは、コリンは俺より一つ年上で、いい匂いがすること。
冒険者になるために領都へ来て、すでに三年目であること。
以前組んでいたパーティは女性だけだったが、他のメンバーは男を追いかけて冒険者を辞めていったこと。
あと……いい匂いがすること。
次に、今後の予定だ。
来月、“ドラッカ・プラナ”という魔物を狩りに行くため、今月は準備期間にあてることになった。
必要な資金と、ドラッカ・プラナが嫌う“メンタの葉”を集めるのが当面の目標だ。
メンタの葉は森の中や街道沿いなど、どこにでも生えている少しスーッとする独特な植物である。
本当に至るところに生えているので、俺たちは依頼をこなしながら素材採集もすることにした。
これで、資金も素材も問題ないだろう。
依頼をこなしながら準備を進め、とうとうドラッカ・プラナ討伐に出発する日がやってきた。
朝の食堂で顔を合わせたコリンに、俺は大事なことを聞いてみた。
「……ところで、ドラッカ・プラナってどんな魔物なんだ?」
コリンの肘が、テーブルからずるりと滑り落ちた。
「……あんた、そんなことも知らずに今まで付き合ってくれてたわけ?」
「ふっ、男ってのはな――美女の頼みを断らない生き物なんだぜ」
決まったな。心なしか、コリンの頬も赤くなっているように見えた。
「な、なに言ってんのさ……。ド、ドラッカ・プラナは、大きなトカゲモドキみたいな魔物なんだよ。メンタの葉を燃やしたときに出る煙と匂いが嫌いだって言われてる」
コリンは右手の人差し指と中指で前髪を払うようにしながら、そう教えてくれた。
朝食を済ませた俺たちは、宿を出て南門へと向かった。
街を出る直前、市場に差しかかったところで、なにやら紙束を手に通りを眺めているユリカに出くわした。約半年ぶりの再会だ。
「おーい! ユリカー」
そう声をかけると、肩をビクリと振るわせ、ユリカがこちらを振り返る。
「に、兄さん?!」
「こんなところで何してるんだ? 俺たちは今からドラッ……大トカゲモドキを退治しに行くんだ!」
魔物のことなど知らないであろう妹のために、俺は分かりやすく状況を説明してやった。
村を出たこと、コリンとの出会い、そして今から魔物を狩りに出かける事。
そうだ、ついでに褒めておこうと思い、ユリカの頭を撫でてやる。
「聞いたぞ、ユリカ。自転車の発明はお前なんだってな! すごいじゃないか、兄ちゃん鼻が高いぞ!」
これで兄としての威厳、そして愛情も伝わったことだろう。
しかし、コリンを待たせてしまっては申し訳がない。そう思い、俺はちらりとあたりを見回した。
すると、その姿はすでに人ごみの中を門へ向かって歩いていた。
俺は、慌ててコリンの背中を追いかける。
なぜだろう? 離れているのに、コリンのいい匂いがしてくる気がして、心が躍り、足取りも軽くなった。
その時、喧騒の中からユリカの声が聞こえてきた。
……何を言っているのだろうか? 周囲がうるさくて、まったく聞こえない。
まぁ、いいか。男なら黙って――サムズアップだ。
そうして俺は、コリンを追って人ごみの中へと進んでいった。




