犬みたい
7月7日。麗様の誕生日。でも、誕生日イベントは行われなかった。
「少しだけ昼にテレビ出演するらしい」という噂を聞いて、あたしたちは、お昼休憩の時間に部室に集まった。麗様が見れるかもしれないのだ。どうせなら大きなモニターで見たい。
「お昼の10分ニュースを終わります」
「今日の『12時ですョ!』はトップ俳優の月白麗さんをお迎えします!」
CMの間、あたしたちは
「麗様、2.5次元俳優じゃないんだね」
「『トップ俳優』とは、麗様にふさわしい呼び方じゃな」
と言い合っていた。
「こんにちは! 『12時ですョ!』司会のアノダンです。今日のゲストは舞台・ドラマで活躍中のトップ俳優、月白麗さんです。ようこそ、お越しくださいました!」
「こんにちは。よろしくお願いします」
「月白麗さんは、今日、誕生日ということで! おめでとうございます!」
「ありがとうございます。今日は明日はじまる舞台の告知をしに来ました」
「素敵なポスターですね。『ミュージカル騎士伝説』。チケットは全て売り切れだそうで、すごいですね」
「若干、当日券もありますので、ぜひ来てもらえたらと思います」
「皆さん、劇場まで足を運んでみては、いかがでしょうか? 今日のゲストは月白麗さんでした。ありがとうございました」
あたしは、あきれて
「これだけ?」
と言った。美紅は
「舞台の前日なんじゃ。見れただけでも、ありがたいと思わないとのー」
と、あきらめたように言った。
「明日は、七夕イベントの後の公園のゴミひろいですことよ。頑張りましょう!」
エリーは元気に言った。今日は学校の近くの公園で小さな七夕イベントがある。その次の日には、公園は少しゴミでよごれるのだ。お嬢様サイエンスクラブは、そのゴミひろいをする予定になっている。
7月8日の放課後。
公園でゴミひろいをしながら、あたしとシュウちゃんは話をしていた。
「乙女、岸に部活に来るように言って」
「なんで、あたしが」
「岸が挨拶するのって、乙女だけだから」
「そうなの?」
大阪人でありながら無口な岸は、クラスの皆から怖がられていた。おまけに岸は授業中、ずっと寝ているのだ。「バーで働いているらしい」「ホストをしているらしい」という噂まである。
「あたしに話しかけるのは、席が近いからだと思う」
「さすが無自覚美少女。ニブイですねぇ」
「ニブくないし」
あたしは岸を怖いと思っていない。机の上につっぷして寝る岸は、近所の犬みたいだ。ほえるとウルサイけど、寝ているとカワイイのだ。あたしは後ろで寝ている岸に、アニマルセラピーのようなものを感じていた。
次の日の朝。休み時間にも寝ている岸を、あたしは起こすことにした。
「岸、起きてよ」
「……」
「岸、起きて!」
あたしは岸の肩を、そっと持って揺さぶった。
「ねえ、岸」
「うー……」
低い声で岸が言った。きっと寝ぼけているんだろう。やっぱり犬みたいだ。
「女が男に触るんは、ええんか……」
起き上がりながら、低くて小さい声で岸は言った。少し怒ったような顔をして。
あたしは返事をすることが出来なかった。
「うそ、うそ。冗談やって。そんな悲しそうにせんといてえな。かわいい顔が、だいなしやでぇ?」
「だって……」
「シュウちゃんから聞いたわ。大変やったんやな。また『乙女に触らないで』て言われたわ。いやがってる子に触らへんて。男が皆、ひどいヤツなんて思わんといてな?」
それから岸は、あたしをじっと見つめて、少しだけ目を細めて笑った。
そして
「おやすみー」
と言って、また寝てしまった。
……お父さんが、あたしに向かって今の岸みたいな表情をよくする。……岸は、あたしのことを好きかもしれない。
困った。でも身体の芯が、あたたかくなるような、そんな幸せな感じがした。
「岸を部活に誘うのを忘れている」と気づいて、どうしようどうしようと思っていた、その日の放課後。岸はお嬢様サイエンスクラブの部室に来た。




