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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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それぞれの決断(2)


 県道に残された片山達は、うんざりしながら早苗の相手をする。


 「舜が私を差し置いて、あんなジャリンコと仲良くするなんて。許せない!」

「姉貴、今日のところは、帰ってくれない?」

 片山が脱力して言った。

「帰る?帰るって、どこへ?」


 そうだった。

 片山家は、水没しているのだ。

 現在は、市民体育館で避難生活を送っているのだ。


「だったら、こんな時に、こっちへ来てどうするんだよ?姉貴の行く所なんかないんだ。

 その車を市民体育館の駐車場にでも止めて、そこで寝るしかないじゃないか!」


 片山は、この人の非常識さに腹が立った。


「舜のお家に泊めてもらえるって、思ったんですもの」

「小林さんは、泊めてくれない」

「どうして?ひどいわ。私と舜の仲なのよ」

「姉貴は覚えてないけど、姉貴、あの集落の人達にものすごく失礼で迷惑なことをしたんだ。

 小林さんのご両親はカンカンだ」

「私、何かやった?別に変なことしてないわ」

「もう、さっさと帰ってくれ!第一、あの集落へは、その車で入っちゃいけないんだ」

「何でよ?そういえば、舜は自転車だったけど、あんた達、歩いてるじゃない。遠いんでしょ?送ろうか?」


 他人が自分に親切にしてくれて当然という幸せな価値観を持つ美女に、陽一がニヤニヤ笑いながら言った。


「舜の頭痛の種って、このべっぴんさんだったのか?」

「そう言うことです」

 片山が憮然と答えた。



 やっとのことで、桃源郷本部へ帰り着いた陽一、片山、笹岡に山道夫人が訊いた。


 「健二は、どうしたの?」

「用事があったんだ。黒崎に付けた盗聴器の中継用の機械を付けて来るってのが、一つ。もう一つは、舜の頭痛の種を何とかすることだ」


 陽一がやけくそになって言う。


「もしかして……健二さん、姉貴に気があるように見えませんでしたか?」

 片山が、恐る恐る訊いた。

「それだ。あいつ、昔っから、女の趣味が悪いんだ」

 陽一が平然と言うので、片山が憮然とした。


 いくら何でも言い過ぎだ。

 早苗は、桃源郷じゃなければ、美人で頭が良い女で通っていたのだ。問題は、桃源郷では、早苗のする仕事がないってことだ。



 三人の目の前をベッドのマットレスを運ぶ舜と凛が通りかかった。


 陽一達の会話が聞こえたのだろう。舜は、極力交じらないよう、明後日の方を向いている。

 ズルイ男だ。

 片山は、蹴飛ばしたい衝動に駆られた。


「お前等、何やってるんだ?」

 陽一が唖然として訊いた。

「お引っ越しなの」

「凛、お引っ越しって、どういうこと?」

「陽一さん、中原愛美さんが、お話があるそうで、さっきからお待ちです」

 話題をはぐらかしたいのだろう。舜が事務的に言い、サラリと付け加えた。

「翔くん、ちょっと手伝ってくれないか?」

「手伝うって、何を?」

「凛の引っ越しなんだ」

「凛、どっか、引っ越すの?」

 笹岡が再び訊いた。舜に邪魔されて、答えを聞けてない。


 あのね。さっき、舜が、お父さんに凛をもらっちゃったの。それで、凛、舜のお部屋へお引っ越しすることになったの」

「もらっちゃったって、お前、イヌやネコじゃねえんだぞ」

 陽一も唖然とする。


 いや、こいつは、子イヌか子ネコだ。片山は頭を抱えた。


「凛、良かったじゃない!」

 笹岡は嬉しそうだ。

「うん。凛、舜が高校になってから、舜のお部屋に行ってないの。

 でね、さっき行ってみたら、舜のベッドしかないでしょ?

 小さい頃は、あれで良かったんだけど、凛、大きくなったから、寝るとこないの。それで、凛のベッド、お引っ越ししてるの」


 心なしか、凛は、大きくなったことが誇らしげだ。


 片山は、世の中を呪った。凛を恋敵に取られるために、引っ越しを手伝うって、どういうことだ?


 結局、片山は、凛に代わってマットレスの片側を持たされた。

 マットレスというのはシングルサイズでも結構重い。壁にぶつけないよう注意深く運んで、フレームの上に据えた。

 フレームは、小林先生と小小野寺博士が運んだのだろう。二人とも自分達の仕事を満足気に見ていた。

 

 舜のベッドとくっつけて、凛のベッドが並ぶ。


 これって、始めから並べて使うつもりで買ったのか?全く同じデザインのシングルベッドだ。

 

 二つくっつけると、キングサイズより広い。


 「今日は、祝勝会だから、片付いたら、早くおいで」

 博士達が、笑いながらリビングへ消えた。


 凛と一緒に枕や掛け布団なんかを運んで来た笹岡も、二つ並んだベッドを見て絶句した。


「小野寺。言いたくないけどな……」片山が切れた。「何で、こんなふうにくっつけて並べるんだ?」

「だって、お部屋、狭いんだもん」


 そういう問題か?

 片山は、頭痛がして来た。


「大体、高校生が、結婚なんか、許されると思ってるのか?」

「だって、校則には、結婚しちゃいけないって、書いてなかったよ」

「そんなもの。普通の高校生は、言われなくてもしないんだ!

 笹岡、何とか言ってくれ!このままじゃ、我が校初の幼妻ができあがってしまう」

「凛、私もこの状況見て気が付いた。

 悪いこと言わないから、結婚は卒業するまで待ちなさい。

 大体、高校には、産休なんか、ないんだよ」

 

(笹岡!お前、桃源郷に暮らしてて、ここの異常さに染まったんじゃないか?

 高校に産休があったら、結婚しても良いってことか?

 大体、許嫁だってだけでも刺激が強かったんだ。結婚なんて、他の真面目な高校生に良くない影響を与える!)


 片山が、声に出さずに、叫んだ。


「大丈夫。桃源郷の食料の生産量は、そんなに多くないの。でもって、前は、舜を入れて15人だったけど、今、陽一さん、健二さん、慎二さん、裕美さん、愛美さんの5人が合流したから20人分の食料が必要になったでしょ?

 凛、食料を倍増させるようにって言われてるんだけど、まだ、できてないから、中原のおばさんが、裕美さん達と食料の増産に励むことになるの。

 でも、おばさんの方法では、大して増やせないし……それに、慎二さん達が結婚するかもしれないし、そしたら、子供ができるから……だから、凛が子供を産むのは、食料増産の研究が完成する、ずっと先のことになるの」



 あまりにもシビアな内容を平然と言うので、笹岡も片山も絶句した。




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