それぞれの決断(1)
9 それぞれの決断
後片付けが終わると、小小野寺博士、小林先生、山道夫妻、水野氏、中原氏には、自転車で帰ってもらった。
お年寄りには、休んで頂かないと。
陽一の配慮だ。
残った面々の目の前で、陽一が警察へ電話する。警官が来て、惨状に驚いた。
目撃者の振りをした陽一が、実直そうに言った。
「ものすごい音がしたので、見に来たんです。そしたら、とんでもないことになってて、慌てて、110番と119番したんです。救急車が遅れてて、ちょっと心配なんですが……」
「ありがとう。君達の協力に感謝するよ。だが、こんなに車を連ねて、どこへ行くつもりだったのだろう?」
「さあ、台風とかあって大変だったから、きっと、市民体育館かどっかに避難していて、気分が滅入ったからって、気分転換にでも出掛けようとしてたんじゃないですか?」
「それにしても、車十台も連ねて、全部で50人だ」
「あ、救急車が来ました。良かった」
「ありがとう。後は、こっちで事情聴取するよ。でも、10台も事故ると、この道が通れなくなるな」
「大丈夫です。もともと、あんまり車の通らない道ですし、台風の後ですから、ここらの人も後片付けに追われてて。
俺達も、用事の途中で通りかかっただけなんです」
「だったら、良いが。当分、通行止めにするよ。台風で、港付近が大変だから、手が足りないんだ」
陽一が異常に愛想良い。
笹岡も片山も、こんなに愛想の良い陽一は初めて見た。
笹岡達だけじゃない。凛や舜だって、初めてなのだ。
黒崎に至っては、死にかけていた。
救急車が怪我人を運び、警官が現場検証を始める。
陽一達が、じゃあ、と、県道の奥へ歩き出す。舜は、道路脇に投げ出してあった自転車を回収して、凛と並んで歩き出す。
警官が、上の空で手を振った。
「中原裕美さんの言う客って、水野さんの息子だったのか?」
歩きながら、陽一が聞いた。
「ええ、慎二さんって言うらしいんです。
裕美さんは、例の記事に責任感じてて、罪滅ぼしに、慎二さんを桃源郷に引きずって帰ろうって、散々苦労したらしいんです。
それで、こんなに遅れたんだって言ってました」
「慎二のヤツ、よく諦めて帰って来たなあ。あいつ、融通が利かない、とんでもない堅物だぞ」
陽一が言うと、片山は、あんたみたいに、利きすぎるのも問題だよ、と思った。
「もしかして、中原裕美さんが一生懸命なもんだから、情にほだされたとか……」
笹岡が、面白がった。
「マキちゃん、冴えてるね。車に乗ってる間、何となく裕美さんと慎二さん、そんな感じだった」と、舜。
「お二人は、おいくつなんですか?」
笹岡が重ねて訊く。
「ん?慎二が、俺の四つ上だから……三十五。裕美さんが、三十三だったはずだ。目出度いことだ」
陽一が言うと、健二が横から茶化した。
「兄貴、中原姉妹のこと気に入ってたもんね。惜しいことしたよ」
「え?気に入ってたんですか?」
笹岡が、目を剥いた。山道兄弟が、自分以外の女性に関心を示すのは、歓迎すべきことだ。
「昔、桃源郷で二、三度会ってるんだ。
でもって、このところの連絡やなんかで、すごくしっかりしてて可愛いところがあるって、兄貴、気に入ってたんだ。
兄貴が三十一だから、姉さん女房。金の草鞋だって期待したんだけど」
「ふーん。陽一さんが……」
凛が真面目に陽一の顔を見上げた。
凛がそんなことをすると、何となく、子供が動物園で珍しい動物を見ているような雰囲気がある。
舜が、たしなめた。
「凛、陽一さんにとっては大事なことなんだから、面白がっちゃ駄目だ」
「舜、お前、この前の借りを返そうかって?」
健二が面白そうに笑った。
一同が、ようやく進入路との交差点(C地点)近くまで来ると、後からエンジン音がした。
ピンクの軽四。早苗の車だ。早苗は、一番後ろを歩いていた片山を認めて叫んだ。
「翔!間に合ったわ。連れてって。私も舜のお家に行きたいの」
「姉貴、あそこ、よく通れたね?通行止めじゃなかった?」
片山が目を丸くする。
「警官なんて、ちょろいもんよ。この県道抜けてすぐのお家に急ぎの用事があるって言ったら、大きな車をどけてくれたの。黒崎って子達と一緒に、持ち上げてくれたわ」
「あれは、この美女の車を通すための作業だったのか?」
耳にイヤホーンを付けた健二が言った。
黒崎のベルトにつけた盗聴器で聞いていたのだ。
「まあ、美女だなんて。本当のことを。あなた、どなた?」
早苗がシナを作る。
「山道健二。二十八。ただ今、恋人募集中」
「面白い人!」
早苗が、朗らかに笑う。
「でも、残念。私、舜の恋人なの」
健二と陽一がガバッと舜を振り返る。陰にいた舜が憮然とした。
「早苗さん、『元』って言ってくれない?」
早苗は、『早苗さん』と呼ばれたことが面白くない。
「どうしたの?舜。変だわ。他人行儀に『早苗さん』だなんて」
そうだ、姉貴は、あの醜態を忘れているのだ。
桃源郷では、姉貴は邪魔にしかならなくて、みんなから白い目で見られてたことを。
記憶をなくす薬を飲ませると、こういう馬鹿げたことが起きるのだ。
なるほど、黒崎にあの薬を飲ませなかったのは、正解かもしれない。と、片山は思った。
凛は蒼白になっている。凛は、この胸の大きなきれいなお姉さんが怖いのだ。
助けを求めるように舜を見上げた。
舜が、意を決して言った。
「陽一さん、僕は凛と一緒にお先に失礼します。後は、適当にお任せします」
「お前、この色っぽいお嬢さんを俺達に押し付けるつもりか?」
陽一の目が点になる。
「今日のところは、借りにしておいて下さい。僕は、お二人のご忠告にしたがって、獲得目標に専念することにします。じゃあ、マキちゃん、翔くん、お先に!」
そう言うと、凛を自転車に乗せて、さっさと走り出す。
緩い大きなカーブを曲がり、一同から見えなくなったことを確認すると、自転車を止めた。
凛は、青い顔をしている。
舜は、怯える凛をそっと抱いてささやいた。
「怖かったの?」
「舜くん、あの人の方が良いのかなって……」
「『くん』は、余計だ」鼻の頭をつつく。「僕には、君が一番だ」
ゆっくり抱いて、唇を寄せた。
凛が、早苗に対して臆病なのは、自信がないからだ。
何とかしなければ……。
またまた
早苗が登場しました。この人は、空気が読めません。そこが、チャームポイントなのです。




