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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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山道兄弟(3)




 「それで、お前、凛ちゃんに振られたのか?」

 陽一が面白そうに笑った。

「ざまあみろ。自業自得だ」

 健二もニヤリと笑う。

「魔が差したんです。

 大体、僕は、お二人と違って、小学校の時に友達と別れて、突然こんな山の中へ引っ越したんですよ。そうして、親の引いたレールの上をそのまま走れって言われて。

 親の言いなりになりたくないって気持ちが強かったんです」

「反抗期ってわけか?

 でも、それって、普通、チュウボウのやることだぜ。高校、大学でやってどうするんだ?」

 陽一が、馬鹿にする。

「僕は、奥手だから……。

 大体、親が偉すぎるんです。地球温暖化防止のために働く小野寺博士と同行して、桃源郷を作るなんて、僕には逆立ちしてもできない」

「それで、そこらのお嬢さん達の試食に励んだって?馬っ鹿じゃないか?」

 健二は手厳しい。

「お前、凛ちゃんはどうでも良かったのか?」

「そんなことないです。大好きです。だから、ショックなんじゃないですか」

 真っ赤な顔をした舜が憮然と言う。

「戦闘においても恋愛においても、大事なことは、獲得目標を明確にすることだ。

いいか、お前は、凛ちゃんに惚れてた」

 陽一の台詞に舜が大きく頷いた。

「ええ、そうです。前は、妹のように思ってるだけだって思ってだんです。だから、将来、別の人と結婚するかもしれないって思ってて、それでも良いって思ってたんです。

 でも、最近避けられるようになって……そうなって初めて、妹なんかじゃなかったんだって気が付いたんです」

「結婚したいと思ってる」

「別に結婚しなくて良いんです。ズッと側にいられるなら」

「あのな、凛ちゃんが別の男と結婚したら、側にいられなくなるんだぞ。

 それは、分かってるのか?」

「どうして?僕と凛ちゃんの仲です。ズッと側にいますよ」

「お前の側にいるより、旦那の側にいる方が良いに決まってるじゃないか。

 研究の合間の短い時間だ。なおさら、旦那を優先するだろうよ。お前と会ってる時間はない」

「そんな……」

「それが嫌なら、結婚するしかない」

「凛ちゃんと?」

「当然だ」

「じゃあ……結婚したいです」

「で、親は、凛ちゃんと結婚しろと言っていた」

「そうです」

「親もOK、凛ちゃんもOK、お前もOKと来りゃあ、何も問題ねえじゃねえか」

「それが……親が一番問題だったんです。親があんなこと言わなかったら……」

「そもそも、何も問題がないのに、どうして、他の女に色目を使う必要があったんだ?」

 陽一が首を捻った。

「確かに……」

 その通りなので、何も言えない。

 横で、健二がニヤニヤ笑いながら、手に持っていたグラスを空けて茶々を入れた。

「要は、何でも良いから、親にたてつきたかったんだろ?」

「まあ、そうとも言えます」

「でも、お前の獲得目標はどうなるんだ?」

 再び陽一が訊いた。

「凛ちゃんは、ズッと側にいるって思ってたんです」

「でも、逃げられたんだろ?」

 健二が面白そうに茶化す。

「そうです!逃げられました。

 まさか、凛ちゃんが僕を振ってどこかへ行ってしまうなんて!

 誰と結婚しても、あの子は、いっつも僕の側でじゃれてるって、いるのが当然だって思ってたんだ」

 

 舜がやけくそになってグラスを飲み干した。

 

 陽一が、健二と舜のグラスに焼酎を注ぎながら笑った。

「甘いなあ。女は逃げるもんだ。獲得目標だけに絞って追わないと、逃げられるんだ」

「二兎追う者は一兎も得ずってね。お前、マキちゃんによりゃあ、二兎どころか、三兎も四兎も追っかけたそうじゃないか」

 健二も笑う。

「追いかけるつもりはなかったんです。ただ、父さんに逆らおうと思って……」

「凛ちゃん以外の女と結婚したら、逆らうことができるってか?」

 陽一が笑う。

「でも、お前の獲得目標は、どうなるんだ?凛ちゃんとの結婚だったんだろ?」

「そうです」

 何度も言わせるな!という気分だ。

「親に逆らったら、獲得目標がパーになるんだ」陽一が冷たく言った。「馬っ鹿じゃない?お前、何のために親に逆らいたいと思ったんだ?」

「面白くなかったんです。大体、いくら親が偉くても、何から何まで親に決められて、僕の人生は何なんだ?って気分だったんです」

「だったら、逆らえば良いじゃないか。で、逆らったあげくが、これか?」

 健二が腹を抱えて笑った。

「そうなんです。振られたんです」

 肩を落とす。

「結構なことじゃないか。お前、親の言いなりじゃなくて、自由に嫁さん見つけることができるんだ」

 陽一が明るく笑った。

「自由に結婚したかったのは、凛ちゃんが側にいたからだ!」

「そりゃ、無理だ。凛ちゃんとの結婚しないかぎり、凛ちゃんは側にいなくなる。親に逆らうなら、凛ちゃんと離れる覚悟しないと」


 健二がワザと言うので、舜は項垂れてしまった。


「そうなんです。でも、僕は、振られたことも嫌なんだけど、凛ちゃん、ものすごく傷ついたって聞いたので……」

「そりゃ、許嫁に拒まれたら、普通、傷つく」

 陽一が笑いながら、手酌で飲む。

「仕方なかったんです」

「諦めろ。凛ちゃんのことは、俺達のどっちかが、面倒みてやるよ」

健二が言うと、冗談に聞こえない。

「久しぶりにあったけど、お前が馬鹿したおかげだろうな。ものすごく大人びて、不思議な色気があった」と、目を細める。

「やめてください。凛ちゃんは、僕の許嫁です」

「元だろ?モト」

 陽一もニヤリと笑った。

「後、三年も経ってみろ。いい女になる」


 笹岡の頭痛の種の山道兄弟に挟まれて、舜は、やけくそになって焼酎をあおった。




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