婚約破棄(3)
しばらく、呆然としていた。
誰が、そんなことを彼女に話した?
でも、それを愚痴ったのは、自分の口だった。
何から何まで親に決められて、面白くなかったことは事実だ。
だが、親に反抗することは、凛を否定することでもあったのだ。
凛は、舜のことを信じきっていたのに、大好きな舜に否定されたことになるのだ。
凛を傷つけたのは、早苗じゃない。自分だった。
その晩、小林先生が舜を呼んだ。
もうすぐ、夏休みが終わる。大学のあるK市へ戻るのだ。久しぶりの親子の会話だ。
「この前、小小野寺博士から、これを預かった」
見覚えのある木で作った宝石箱を取り出した。
何年か前、凛に作ってあげたものだ。中に、凛に贈ったおもちゃの指輪や、ペンダント、それに、二人で作った落ち葉のしおりや押し花の飾りなんかが大事そうに入っていた。
「凛ちゃんとのことは、なかったことにして欲しいそうだ」息を吐いて言った。「反抗期……か。それにしても……凛ちゃんには、可哀想なことをしてしまった。
博士は、お前のこれまでの桃源郷に対する貢献を勘案して、お前がここに残ることは認めてくれるそうだ。
でも、お前が嫌なら、自由にしたら良い」
自由――この言葉が、これほど空しく聞こえたことはなかった。
「凛ちゃんは?何て言ってるんですか?」
「お前には関係ない。だが、言っておこう。あの子は科学者だ。翔くんのお姉さんが来た時、科学者として、お前を観察していたんだ」
「観察って?」
「お前がどんな対応を取るかって」
今頃、気が付いた自分が馬鹿だった。凛は、小さいながらも天才科学者だった。
「で、お前は、最悪だったわけだ。あんな、頭の中が空っぽな娘に鼻の下を伸ばして、桃源郷のみんながみんな、帰れと言うまで、帰れと言わなかった。
お前が、それを口にしたのは、マキちゃんが引導突きつけた後だ。
しかも、ドローンばかりか、野中夫人の作った風車ガーランドまで壊されてしまって。
凛ちゃん、泣いてたそうだ。野中夫人が命を削って作ってくれたのに、駄目になったって」
「あれは、武子先生が作ったものだったんですか?」
「凛ちゃんは、検品の時、誰が作ったか分かるように印を付けてたんだ。自分が作ったものだったら、あそこまで泣かなかっただろう。
野中夫人、体調が思わしくなかったのに、無理して協力してくれてたんだ」
舜は、失敗を悟った。あの場合、凛の心を思いやることを最優先すべきだったのだ。
自分勝手に桃源郷へ乗り込んで来た無謀とも言える早苗のことは、切り捨てるべきだったのだ。
あまりにも大胆に現れたので意表をつかれて、遣わなくていい気を遣ってしまったのだ。
「帰れって、言おうと思ったんだけど、あんまりはっきり言うと、あの人が傷つくと思って。
あの人、他人に拒否されたことないから、難しいんだ。
でも、あの人に余計な気を遣ったせいで、凛ちゃんに悲しい思いさせたんだろうか?」
小林先生が溜息をついた。
「お前には、悪いことをしたのかもしれん。
親の都合でこんな田舎に引っ越して、友達にも不自由させてしまった。
学部だって、桃源郷の都合で、医学部に行ってもらった。
結婚相手にしても、私達が勝手に決めてしまって、自由がないと感じたんだろう。
小小野寺博士が、お前に謝って欲しいと言っていた。優しい人だ」
「凛ちゃんは、どうなるんですか?」
「とりあえず、高校をこのまま卒業するか、MIT(マサチューセッツ工科大学)へ飛び級で進むか、今後の情勢を見て決めるそうだ」
「別の人と結婚するんですか?」
「多分、誰とも結婚せん」辛そうに言った。「小小野寺博士が言ってた。凛ちゃんは、二十歳になったら、卵子を提供するらしい」
「そんな……」
「それで、種の保存という意味でのあの子の仕事は終わる。
私と母さんは、これから人工授精と人工子宮の研究に入る。小小野寺博士の要請だ」
もともと、二人の結婚話は、種の保存のために必要だという理由で決まったのだ。
舜は切り捨てられたのだ。
「夏休みが終わったら、大学に戻りなさい。そうして、もし、お前が、桃源郷の考え方に共感できるなら、自分でここの門をたたきなさい。
私達は、お前の親だ。
大小の小野寺博士達もお前のことを気に入ってくれている。
受け入れてもらえるだろう」
「どうして?僕は、凛ちゃんが好きなのに」
「だったら、どうして、あんな娘にちょっかい出したんだ?」
小林先生が辛そうに言った。
「あれは、向こうが勝手に押し掛けて来たんだ!」
「お前が、ちょっかい出さなかったら、そもそも追いかけて来ることもなかったんだ。
冷たい言い方をすれば、お前は、凛ちゃんをキープしたまま、あっちこっちの女に手を出したことになるんだ。
自由に結婚相手を捜したいって屁理屈こねて、婚約者の凛ちゃんをないがしろにしたんだ。
凛ちゃんが傷ついたのは、そのせいだ。
それなのに、あの子は、お前を自由にしてあげてって言ったそうだ」
そんな自由は、いらない。
今頃になって分かった。
欲しいのは、凛だったのだ。
舜が、あんまり馬鹿なので、書いていて嫌になります。




