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桃源郷の日は暮れて  作者: 椿 雅香
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風車ガーランド(2)

 突然のちん入者である片山の扱いは、悪いものではなかった。この集落では、仕事ができるというのが、人を評価するときの大きな基準になっていて、現時点では、ドローンの操縦は重要な仕事として位置付けられていたからだ。

ただ、片山が、両親の了解も取らず勝手に来てしまったことについて、小小野寺博士(凛の父)と小林博士は頭を抱えた。

二人は、悩んだあげく片山を笹岡と同じくアルバイトとして雇うことにし、家へ電話をさせた。


「笹岡さんにも約束してもらったんだけど、家に帰ってから、ここの秘密を他に漏らさないようにしてもらいたい」

小小野寺博士が、真面目に頼んだ。

「どうしてですか?」

片山には、ワケが分からない。

「食料危機が来ている。資本家には、食べ物を買い占めて値上がりを待つような動きもあるんだ。

小豆だけじゃなくて、他の作物の先物取引だってある。食べ物をマネーゲームに利用しようという輩がいるんだ。

そのうち、民衆の不満が爆発するだろう。昔の米騒動のような騒ぎが起きる。

そんな時、君がこの集落の秘密をみんなに話したら、どうなると思う?

この集落に食べ物があるのは噂になっているんだ。きっと、大挙して食べ物を分けてくれと押し寄せるだろう。

でも、ここにあるのは、ここの住人とその家族のために何年もかかって備蓄して来たものだ。他の人に分ける余裕はない」

「自分達だけが助かって、他の人達が餓死してもいいって言うんですか?」

「冷たいようだが、そういうことだ。

他の人達と食べ物を分け合うと、ここに住んでいる私達も餓死することになる。アリとキリギリスのようなものだ。

私達は、以前から、こういう日が来ることを予測して、そのための手立てを講じて来た」

「俺達はそんなこと気付かなかった。だから、ここみたいに食料の備蓄なんかしなかったんだ」

「昔、大小野寺博士――こちらの博士の父上だ――が、このまま行くとそうなる、と警鐘を鳴らしただろう?その時、君は生まれてなかったから、仕方がないかもしれない。

でも、君のご両親、おじいちゃん、おばあちゃん達は、それを聞いて何をなさった?

僕達は、大小野寺博士とともに、今日のような事態に備える生活に入った。他方、君のご両親達は、そんなことは誰かが考えてくれることで、自分が考えることじゃない、として相変わらず、便利で快適な生活を追求したんだ」

小林先生が横から口をはさんだ。

 

片山は、愕然とした。

確かに、両親は馬鹿だった。だからと言って、両親が馬鹿だったら、その子供の自分は飢え死にしなければならないのだろうか。


「君がこれからどうすべきかは、まだ時間がある。

一緒に考えよう。

ただ、ここのことを周りに話すと、ここが襲撃されるリスクが生じるんだ。だから、申し訳ないが、ここのことは内密にして欲しい」

小野寺博士が真面目に頼んだので、片山は、黙って頷いた。第一、ここは敵地アウェーなのだ。嫌だと言っても、向こうの良いようにされるだろう。


片山が了解したので、二人は息を吐いた。緊張していたのだ。

小野寺博士は、片山の手を取って言った。

「凛の友達なんだ。手荒なことはしたくなかった」


こういう場合に、手荒なことをしたことがあるんだろうか。訊きたいと思ったが、それを訊くと、それこそ手荒なことをされそうで、訊くのをやめた。



 片山は、食事の席でみんなに紹介された。凛と笹岡の友達で、二人を追いかけて来たとの、ふれ込みだ。

 

 片山のドローン操縦技術は山道夫妻が太鼓判を押すところだったので、みんな、明日からの作業効率があがる、と大喜びで歓迎してくれた。


 片山が見るところ、五日前からここで働いている笹岡は、完全にとけ込んでいるようだった。

食事の後で、舜が笹岡に言うのが聞こえた。

「マキちゃん。そこ終わったら、水野のおばさんが手伝ってって。おばさん、君が役に立つって大喜びだ。息子さんのお嫁さんに欲しいって」

「あら、水野さんの息子さんは、三十五よ。ウチの健二は、二十八だわ。どう、ウチの息子の嫁に来ない?」

 山道夫人が横から口を出す。

「あらあら、マキちゃん、大モテね」

 笑いながら、野中夫人も口をはさんだ。

「お風呂が終わったら、数学の続きをしましょう。ウチにいらっしゃい」

「ありがとうございます。武子先生、よろしくお願いします」

 笹岡が、嬉しそうに頭を下げて、台所へ消えた。

 凛は、三人の小野寺博士、山道氏、水野氏、中原氏達と会議があるようだ。舜が、さりげなく同行して、会議室にしているリビングへ消えた。

 舜が戻って来て、片山を宿舎に案内してくれた。笹岡と凛が寝ている部屋の隣だ。六畳ほどの部屋で、凛や笹岡の部屋は東向きだったが、こちらは北向きだ。


「そっちの襖は、開けないように。隣は、凛ちゃんとマキちゃんの部屋になってるんだ。君がいる間、僕もここで休むことにする」

「そんなに信用ないんですか?」

「男は狼だからね」

 シャーシャーと言う。


(自分だって、男のくせに。よく言うよ)

 口の中でブツブツ言う。


 何か言った?いえ、何も。


 恋敵と一緒に寝るのだ。片山には面白くない。


 「片山くん、だってね?」

「そうです。片山 翔、です」

「もしかして、早苗さんの弟さん?」

「あなたが振った片山早苗は、僕の姉です」

「振った……か。彼女には、そう思えるんだ」

「あなたには、どう思えるんですか?」

「君には、関係ない話だ」

 そう言って、舜は片山を振り返った。

「じゃあ、今のうちに風呂へ行こう。男の時間が終わってしまう」


 片山は驚いた。ゆったりした湯船にたっぷりのお湯が張ってある。

 町では、水不足だからお風呂は二日に一度にしましょうとか、お湯の使用を少な目にしましょうとか、市役所の宣伝カーが、わめきながら走り回っていたのだ。水道水の時間制限が始まって、片山家では、せっかくオール電化にしたのに、タンクの水をトイレや洗面などの他の用途に使わなければならないほどなのだ。

 小林夫人が、タオルとパジャマを用意してくれた。明日はこれを着るといいから。そう言って、作業服も出してくれる。舜は、180センチ以上あるから、170センチしかない片山にはお古で十分だ。

 片山には、舜のお古だというのが面白くない。しかし、何も持って来てないのだ。お世話になるしかなかった。

 


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