「出会い」
この物語はすべてフィクションです。
登場する団体・個人名は実在のものとはまったくの無関係です。
あと何年、私はこうして生きていられるのだろう?
人は死ぬとどこに行くのだろう?
ただ過ぎ行く日々をたんたんと過ごしていた。
誰にも感心を示さず、誰にも気にかけられることもなく。
道端に咲く名もない花のように、誰に見られることなく、ひっそりと咲き、
静かに枯れていくように生きたいと思っていた。
彼に出会い、恋をするまでは。
例年にない寒さを記録した今年の冬、その寒さもようやくゆるみ
春の気配が感じられるようになった4月のある晴れた暖かい午後、
私は咲き始めた花壇の花をベンチに超腰かけて眺めていた。
「あれはなんて花?」
ふいに声をかけられ、ビックリしてあたりを見渡すと、
私の後ろに、春の暖かい日差しに負けないくらいキラキラした笑顔の男性が立っていた
「・・・マーガレット・・・」
「花好きなの?よくここに座っているのを見かけるよ。」
と言いつつ、彼は私の隣に腰かけてきた。
「・・・別に ただちょっと考え事をするのにここがちょうどいいからなだけ」
初対面の人になんでこんなに話してくるのだろう?
不思議に思いながら彼のいでたちに目をやると、お見舞い客とはあきらかに違う格好をしている。
「よく見かけるってあなたもここに?」
「そうっ もう1ヶ月になる。僕は、中村太一、 君は?」
名前を教える必要があるの?と一瞬迷ったが、相手が名乗ったので、こちらも名乗らないと失礼になると思いとどまり。
「私は・・須藤」
下の名前までは教えることはないだとうと苗字だけを名乗る。
「・・・須藤さんね。僕は隣町の病院からこの病院に転院してきた。これからよろしくね。」
と言って彼は握手をするように右手を差し出す。その手は彼の笑顔には似合わない、透き通るように白く細い手だ。
そう、私の手と同じだった。
刹那、彼がこの病院に来た訳がわかったような気がして 心が沈んだが、
私には関係ないことだと割り切って、彼の握手に答えた。
「君は見たところ、怪我ってわけじゃなさそうだね。なんの病気?って聞くのは失礼か?」
私のこれまでの好意的ではない態度で察したらしい。
「そうね。なんでここにいるのかなんで他人には関係ないことよ。」
ちょっと冷たい言い方になったことに後悔しつつも本当のことだからしかたない。
「それはそうだ、失礼しました。」
といって、病人とは思えない眩しい笑顔と足取りで去っていった。
これか、彼、中村太一と私の出会いだった。
この時 私は16歳。中村太一は21歳だった。
長い入院生活ではありふれた出会い。
でも、このありふれた出会いが、私の人生に大きく影響する事になることを
この時の私はまだ知るよしもなかった。
私、須藤未来は、ごく普通の両親のもと、年の離れた兄との2人兄妹の末っ子としてごく普通の家庭に生まれた。
普通と違う点は、生まれつき心臓に病があり、学校にはろくに行けず、家族と暮らすより病院に入院している時間の方が長い生活を送ってきたとこだ。
生後すぐに「命に関わる持病があるため普通の生活が送れない」と宣告を受けた私のために「明るい未来が続きますように」という願いを込めて「未来(みく)」と両親が名付けたようだ。
長い入院生活の中、たくさんの人に出会い、そして別れていく。
退院していく人、治療のかいなく亡くなる人、さまざまな別れがある。
出会いと同時にその先には必ずどちらかの別れが待っている。私自身がいなくなるという場合も含めて。
わかっていてもやはり別れはつらい。残される側のつらさをいやってほど知っている。
逆に自分が消えた後、残された人達の悲しみも痛いほど判る。
そういう生活の中、いつしか、出会った人には、心を開かずに表面だけの付き合いをしてきた。
それが当然であり、私には必然であった。そうやって生きていた。
「未来ちゃん、もう中村くんに会った? 今じゃ 彼は病棟のアイドルよぉ」
彼と出会って半月がたった頃、20代前半ばのショートヘアのナースがはずんだ声で私に話しかけてきた。
彼女、村上浩美さんは私と年が近いこともあり、よく私の病室に来て二人でおしゃべりをしたりしている。
あまりにもおしゃべりをしすぎて、仕事を忘れでしまい看護士長の麻木さんに怒られることもしばしばあるが頼るになるお姉さんって感じだ。
「うん、この前会ったよ、中庭の花壇のところで」
抑揚のない声で答える。
「な~んだ、もう会っていたのね。で、どう?」
何かを期待しているような目で浩美さんは訪ねてきた。
「どうって・・・ 彼の手を見て、きっと私と似たような病気だろうなあって思った。どっちがここを先に去っていくかなぁ?」
ちょっとおどけて言う。
「何?その感想。相変わらずクールなものねえ。私的にはそういう未来ちゃん好きだけど、ナースの立場としては困ったものよ。たまにはその他人とのドライな関係を壊して付き合ってみたら?」
浩美さんは、呆れ顔で手を腰に当てて説教するように言う。
「いいよ。これが一番いい方法だって、16年生きてきて悟ったのよ。まあ気が向いたら話してみるけど、それはきっとないな。あんなヘラヘラした人もともと苦手だし。」
私は話題を変えるために、わさと大声で
「あっ そんなことより、そろそろ戻らないとまた麻木さんに怒られるよ」
と時計を指差した。
「あっ いけない、これから新しい入院患者の出迎えだった!! じゃあまたね。」
そう言って 浩美さんはバタバタと病室を出て行った。
年が近いうえに、ナースという仕事柄もあってか、彼女は、患者の考えていること、思っていることをよく知っていた。また、そのサバサバした彼女の性格も伴って
彼女にはなんでも話せていた。
浩美さんが言っていた通り、中村太一は、ここに来て1・2ヶ月で病棟、いや病院中の有名人になっていた、
なんでも、自分の病室にはほとんどいないで、病院内のいろんな病室を渡りめぐり、その人懐こい性格で確実にファンを増やしているようだった。
私はどうもそういうタイプが苦手で、彼のいる所には近づかないようになり、
しだいに病室に閉じこもるようになった。
そんなことをやっていたためお気に入りのあのベンチ、彼と初めて会った花壇にも行けなくなっていった。
風薫る心地よい季節のある日、あまりの気持ちいい天気だったので、
お気に入りの本を手に取り、ついついあの中庭の花壇前のベンチで読書をしていた時、彼に
再会してしまった。
「こんんちは、須藤さん ようやく会えた。」
本を読むのに夢中になっていたため、彼が近くにいたことに、声をかけられるまでまったく気づかなかった。
「下の名前 未来ちゃんっていうだね? 教えてもらえなかったから看護士さんに聞いちゃった」
彼はこの前と同じように私の隣に腰かけた。
「なんか僕、嫌われているのかな? 避けられてように感じるのは気のせい?」
そう言って、彼が顔を私に近づいてくる。
ここで会うなんてって最悪と悔やんだ気持ちを見透かされたような気がして、顔をのけぞる。
「別に・・・」
なんて言っていいのかわからず言葉につまる。
そうしているうちにも彼の顔が目の前まで来ている。
彼の大きなきれいな瞳に吸い込まれそうになり、あわてて顔をそらす。
「ほらやっぱり、僕なんか気に障ることしかな?」
急に顔をそらしたために疑われてしまった。
別に嫌いってわけではないが、なんと返せばいいかわからずに沈黙が続く。
「・・・・・中村く~ん」
神の助けのごとく、遠くで彼を呼ぶ声が聞こえた。
「呼ばれているよ」
私は冷静をよそおい、駆け足で近づいてくる浩美さんを指差した。
「どうしたんですか?」
私の隣に腰かけたまま、駆けてきた浩美さんに彼が答える。
私は、彼と2人でいる所を浩美さんに見られたということが、がなんとなく恥ずかしくなり、
俯きたい衝動にかられた。
「中村君! 回診の時間よ、病室に戻って」
「えっ もう? すぐ戻ります!」
そう浩美さんに伝えて歩き出した彼は振り向き、
「せっかく会えたのに残念。またね。」
と大きく腕を振って去っていく。
そんな彼の後ろ姿を見つめながら、私は今までに感じた事のない感情が湧き上がってくることに気付いた。
これが何?
「ふーん」
気付くと浩美さんがあごに手をあてている
「何?」
何か言いたけに私を見つめる浩美さんの表情が気になり、彼に対してさっき感じた感情を考えることをやめた。
「未来ちゃんも回診あるから病室にもどってね。」
浩美さんは何かを悟ったように見えたが、私に言うことはせずに話を変えた。
そんな浩美さんの態度も気になったが、せっかくの読書が邪魔されてがっかりした気持ちが上周り、とぼとぼと病室にむかった。
しばらくたったある夜、私の彼に対する印象を大きく変える出来事が起こった。




