「嵐の夜」
その日は、珍しく台風が梅雨前の日本列島に接近していて、雨はまだ振っていなかったが、
生暖かい風が吹いてとても気味の悪い夜だった。
虫の知らせとでもいうのか、私はなかなか寝つけずにいたため、病棟内をあてもなく歩いていた。
消灯後の病棟は、シーン静まりかえっており、呼吸器等の機械音のなか、窓の外で風が木々の葉を揺らす音が時折聞こえるだけであった。
眠れぬ夜、私はよくこうやって病棟内を歩くことがあった。
こんな時間に出歩いていることが見つかるとこってり怒られてしまうため、毎回ナースステーションを通過する時は隠れて通るようにしている。
その日もいつものように見つからないように通っていたら、
「605号室のあかりちゃんが急変しました」
と若いナースがかけてきた。
「すぐ処置するかた用意して、あとドクターに連絡も」
トクターに電話をして、医療器具を載せたカートを押して若いナースがかけて行った。
急に慌しくなる病棟。
あかりちゃんは、6歳の長い髪がかわいい女の子だ。
先天性の病気で、彼女もまた入院生活が長い、そのためよく私とおりがみなどでして遊んでいた子だ。
気になり、こっそりあかりちゃんの病室前に来ると、緊迫した空気の中、駆けつけたドクターの処理が行われていた。私は呆然とその光景を見つめていた。
ふと、そばに誰かの気配を感じ我に返った。
振り向くと中村太一が私と同じように病室の中を見つめていた。
視線に気付いて彼は私を一瞥したあと、目線をまた病室内に戻した。
私たちは何も言わずにただ静かに病室の中を見つめているだけだった。
「ピー」
心臓がもう鼓動していないことを告げる機械音が鳴り、担当医師が心臓マッサージを開始する。数十分後、真夜中の医師たちの懸命な処置も虚しく、あかりちゃんは空へと旅立っていった。
病院の知らせで駆けつけた母親が、ベッドに横たわる我が子に抱きついて泣きながら、娘の名前を繰り返し呼んでいた。
ずっとここにいてもしかたないと感じ、私たちはその場を後にした。
お互いなんとなく1人になるのが怖かったのか、待合室の椅子に並んで腰をかけて
何か言葉を発するわけでもなく、黙って前だけを見つづけた。
しばらくして、
「まだやりたいこといろいろあっただろうに・・・」
と普段の彼からは想像もつかない、重く暗い声が聞こえた
私は何も言えず、だまって聞いていた。
「世の中って不公平だなぁ。人を傷付けたり、騙したりと悪いことをしているヤツはのうのうと生きていて、何ら悪いことをしていないあんな幼い子どもが死ぬなんて・・・」
悔しそうに呟き、肩を震わせて静かに泣いていた。
私の知っているいつもへらへらと能天気な彼はそこにはいなかった。
何と声をかけていいかわからずに戸惑っていた私は、彼の手をそっと握った、
彼もまた、それがまるで自然なことであるかのように私の手を静かに受け止めた。
どのくらいそういていたかはわからないが、しだいに外が明るくなり始めた頃、
椅子から立ち上がり、無言のままそれぞれの病室に戻った。
病室に戻り、静かに扉を閉めたところで私は動けなくなった。
こぼれ落ちる涙をぬぐうことなく声を殺して泣いた。
いつしか窓の外は、私の心を現したかのような大粒の雨が降っていた。
この夜から彼の印象が変わった。
ヘラヘラしているだけの何も考えてない能天気な人と思っていたが、
ちゃんと自分の病気・死について考えていることを垣間見た。
不思議と彼への嫌悪感が消えていった。
数日後、いつものように花壇そばのベンチで本と読んでいると
彼が声をかけてきた。
「この前はみっともないところをお見せしてしまって申し訳ない。」
こういうときなんと言えばいいのかわかわず、笑顔で首をふった。
彼は私の隣に腰をおとし、何の違和感もかく話をした
2人並んでとりともめのない話をしていたとき。
ふと、彼が私の膝の上の星の本を見て
「星って昼間も輝いているんだよね。」
彼は静かに話し出した。
「太陽の光が眩しくて肉眼では見えないけれど、今もこの空で輝いている」
そう言って空を見上げている、私もつられて空を見上げた。
「そう言われるとたくさんの星が見えているような気がする」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに私を見て満面の笑みで返した。
「大事なのは信じることだよね」
青い空の向こうに無限に広がる宇宙の星々も暖かく笑ったような気がした。
私と太一が仲良くなるのにそんなに時間は必要なかった。
読者が好きで、天体に興味があって、音楽の趣味までも同じだった。
一緒にいるのが当たり前になった。
浩美さんは、何か予感していたような顔をして私たちを見ていた。




