12話 占ってもらったらとんでもない未来が視えたらしいのでいろいろ聞いてみた
ローズさんに連れこまれたのは、狭くて暗くて若干寒い部屋だった。蚊帳のような、レース状の幕が垂れさがっている。中央にテーブルがあり、椅子はテーブルをはさんでむかい合うかたちに置いてあった。
「お座りな」
「失礼します」
奥、上座のほうにある椅子を勧められ、座った。
反対側の椅子に座ったローズさんは、手に長方形の箱を持っている。
「さて、あんまり時間をかけるのもアレだから簡単に済ませようかねぇ」
「その……俺を占うって、どういうことですか?」
箱のふたを開けて中身のカードを取りだしたローズさんに聞くと、彼女は一瞬動きを止めた。
「うん? ライリーやルーファス先生から聞いてないのかい?」
「まったくなにも」
「おやおや……それは困ったもんだね」
ローズさんはため息をつき、取りだしたカードを広げずに山のまま置いてから、組んだ腕をテーブルにつけて身を乗りだした。
「私はね、占術においては国内で右に出る者はいない……って、自分で言うのもおかしな話だけどね。おおよそだが、的中率は常に八割を超えてるんだよ」
「八割超え!? 普通にすごいじゃないですか!」
「普通にすごい……それは褒め言葉かい?」
「褒め言葉です!」
両手で拳をにぎって力説すると、ローズさんはすこし背中を反らせ、声をあげて笑った。
「はぁ……おかしな子だねぇ。ルーファス先生やライリーが注目する理由がなんとなく分かった気がするよ」
「ローズさん、ライリーさんともお知りあいなんですね」
「ああ。私も一応、賢者の一人として数えられているからね」
「……え!? ローズさんも賢者!?」
しれっと、笑顔で言ってのけたローズさんを見て、俺は目を見開く。
おいおい、ウソだろ? ライリーさんとトニーさんに続いて、これで三人目だぞ。「国内に五人しかいない」んだから、願ってもそう簡単には会えないはず、だよな? つまり……俺は超ラッキーなのか!?
「それじゃあ始めるよ。あんたの未来、占わせてもらおうか」
俺が思いがけない幸運に感動している間、ローズさんは用意していたカードを一枚一枚テーブルに広げていた。
カードには、老若男女がいろんなシーンに分かれて描かれてある。タロットカードと似ているようだ。
前世では、占い師に占ってもらった経験はない。どちらかといえば女性むけだと思っていた面もあったせいだ。けど、興味がまったくないわけじゃない。
そこまで考えて、ふと気づく。
これ、タダでいいのか?
「すいません。俺、金そんなもってないんですけど」
「ばかなことを言うもんじゃないよ。あんたみたいな子どもから金をふんだくろうなんて思っちゃいないよ」
「いえ、俺は子どもじゃ――」
「私から見りゃ十分子どもだよ」
ピシャリと一刀両断され、「そうなんですね」と言うしかなかった。
っていうか、この人マジでいくつだよ。子どもから陰で「おばば様」なんて呼ばれてるようだし、実年齢はかなり上の美魔女だったりして?
俺がもんもんと考えているかたわらで、カードを配置しおえたローズさんが改めて俺の顔を見た。
「人の未来を知るとは、人類の叡智を知ることにつながるんだ。あんたは気にせず、力を抜いていればいい」
「……分かりました」
よく分からないけど、分かったってことにしておこう。
頷いて、手を膝の上に置き、ローズさんの一挙手一投足を目で追う。
ローズさんは、集中しているのか目を細め、テーブルの上のカードに手をかざした。
「夜空に吠える月影の導き手よ。星の帳を越え、我が声に応え、未来を示せ――星命典」
彼女が呪文を唱えると、途端にテーブルの上のカードが淡い光を放った。光がおさまると、そのうちの一枚がいつの間にか消えていて、ローズさんの右隣にいるはずのないものが出現していた。
オオカミだ。
金と白がまじった毛で覆われた、なんとも神秘的な姿をしたオオカミ。いや、イヌ科の別の生き物、または魔物だろうか。
そのオオカミに似たものは、一枚のカードを口にくわえている。
「いい子だね、カミオ」
ローズさんは、そのオオカミの頭を慈しむように優しくなでて、くわえていたカードを受けとった。
オオカミのカミオ……日本語的に考えると安直な名前だな。
なでられて嬉しそうにしていたオオカミが、俺のほうにじろりと目をむけてくる。
「……俺、食ってもうまくないからな?」
「ああ、そのとおりだな」
「はい!?」
返事しやがった。この使い魔、喋れるのかよ。
メンダコは、他の浅い海に棲むタコと比べて体内の水分量が多めだから、ほとんど味はしないしシンナーっぽい臭いもするので、とても食材にはできないそうだ……いや、俺はそんな臭いはしないからな?
けど、このオオカミがそれを知ってるとは思えないんだが。
オオカミもといローズさんの使い魔・カミオは、そんな謎を残したまま、霧散するように姿を消した。
一方、ローズさんは受けとったカードを無言で、じっとにらみつけるような目で見ている。
……そんなにヤバい結果が出たのか? 頼むから、「死相が出ている」とか言わないでください!
「あんた……大物になるね」
「えっ?」
「近い将来、女王陛下に謁見できるようだよ」
「……はい?」
女王陛下に、謁見?「謁見」って、つまり「直接会う」って意味だよな?……女王陛下と、俺みたいな底辺の平民が? ウソだろ。
「な、なんでそんなことに?」
「さてね……浮かんできたのはその光景だけだったよ。なにがどうしてそうなるかまでは分からない」
「ええ……?」
戸惑いを隠せず、うろたえる。
だってそうだろ。平民が国王と直接面会するなんて、本当にありえないぞ。国政に関わる立場ならともかく、そうでなければ貴族ですら生涯に一度あるかどうかってレベルだ。
的中率は八割を超えている、となれば、ほぼまちがいないだろう。未来の俺よ、一体なにがあった?
「あんたがただ者じゃないのはよく分かったよ。ルーファス先生がここに連れてきた理由もね……どういうわけか知らないが、うちの子の言葉も分かるようだし」
「へっ」
ローズさんは、左手で頬杖をついてしげしげと俺の顔を見つめた。
もしかして、あいつの言葉は普通だと理解できないものだったのか?……うん、たしかに言われてみればそうだよな。使い魔の言葉なんて、その主人にしか分からないのが普通だ。
「不思議な子だねぇ。子どもたちもずいぶん懐いてる様子だったし」
「いえそんな……あ、っていうか、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんでも聞きな」
ローズさんは、テーブルに広げていたカードを片づけながら言った。
「この孤児院は、女王陛下が直接指示して建てられたってルーファス先生から聞いたんですけど。そういうこともあるんですか?」
「ああ。陛下は強権的な面が強いお方なんだけどね。ここに関してはそれがいい方向に進んだと言っていい」
「いい方向?」
そこで、ローズさんが立ちあがり、脇にある机からティーセットを取りだして、お茶をいれてくれた。
……いい香りだ。ほんのり甘酸っぱいような。
「ローズヒップですか?」
「おや、あんた分かる子だねぇ。そのとおり。美肌効果もあるやつだよ」
なるほど。それをよく飲んでいるから年齢不詳なんですね。けど、ローズヒップはハーブティーの中でもまあまあ高価じゃなかったか。
「よく手に入りましたね」
「私にはいろんなパトロンがいてね。こういうものも割と簡単に手に入るんだ」
「それは羨ましいかぎりです」
「ふふ。よかったらすこし持っていくかい? ライリーは好みじゃないだろうけど」
「そうですね。あの人、割と好き嫌いがはげしい人なんで」
初めて作って出した豆のスープは喜んで食べてくれたけど、次に出したカブのスープは「無理」と言って、一口食べただけでスプーンを放りなげていたのを思いだす。カブが苦手なら、先に言ってほしかった。
気を取りなおして、お茶をいただく。
……うまっ。これはたしかに女性が好きそうだ。ライリーさんじゃなくて、コーデリアさんに差しいれしようか。
そして、再度ローズさんと目をあわせる。
「それで、いい方向っていうのは?」
「……そもそも、この王都に『孤児院』を建てる件については、反対意見も多かったんだよ。身分もなにも分からない、親のない子の住まいをつくるなど、とね。それを陛下が一蹴したんだ。『孤児たちが孤児となったのは、我々が起こした戦争によるもの。ならば、我々が責任を負うべきだ!』と」
「おお……」
「それでもまだいろいろ言う者には、『国の未来を背負う人材を育成するための機関と考えろ』と、言って黙らせたそうだ。結果、こうして立派な孤児院ができたんだよ」
俺は、思わず拍手した。
女王陛下、ローズさんは「強権的な面が強いお方」だって言ってたけど、筋はきっちり通すお方なんだな。誰もがついていきたくなる優れたカリスマ性をもった人なんだろう。
「じゃあ、ローズさんが院長に選ばれた理由は?」
「まぁ、あるといえばある、といったところかねぇ」
ローズさんは、意味深に不敵な笑みを浮かべ、静かにティーカップを傾けた。
「……あんまり言うと自慢になるから恥ずかしいんだけどね。私は陛下が王座につく未来を予言していたんだよ」
「え……予言?」
「ああ。私も、当時はとても信じられなかったよ。なにせ、女王陛下は元々王位継承順位でいうと、かなり下位にいたお方だったから」
「……じゃあ、なんで?」
「凄惨な王位争奪戦の結果、当時の王太子から始まってその弟、甥にいたるまでが命を落とした結果だよ。詳しい事情は分からない」
……うわあ。世界史でありそうな展開だ。
やはり、「王位継承」となるとどうしても骨肉の争いが起こってしまうのか。まぁ、それが原因で世界規模の戦争が起こった事例も、史実上実際に何度かあるしな。
聞くかぎりでは、派閥みたいなものがあってその争いが激化した結果、っていう感じか?
「じゃあ、それでローズさんの占術のすごさが知られて賢者の称号を得て、そのつながりで院長に抜擢、ってことですか?」
「そのとおり。もう一度言うが、外で言いふらすんじゃないよ? 子どもたちも知らない話だからね」
「分かりました」
頷いて約束し、残ったお茶を飲んだ。
「お話ししていただき、ありがとうございました」
「満足できたかい?」
「はい、もちろん」
「それはよかった。またいつでもおいで。子どもたちも喜ぶと思うし」
「俺も。とても楽しかったです」
笑顔でそう返すと、ローズさんもほほえみを浮かべ、手を差しだしてきた。その手をとり、握手をする。
五賢人の三人目と仲間――違う、仲よくなれたぞ。よく分からないが、幸先いいな!




