麗しきお嬢様が落ちこんでるので事情を聞いてみた
そろそろ家の中が荒れ放題になっているかも、と気になってきたので、一足先に帰ることにした。
ローズさんはもちろん、勉強中の子どもたち、彼らに教えていたルーファス先生に一声かけて、孤児院を出た。
子どもたちには最後まで引きとめられたけど、「また来るから」と約束して、なんとか離してもらった。
「外から訪ねてくる人はあまりいないからね。ぜひまた遊びにきてやっておくれ」
ルーファス先生曰く、そういうわけらしい。
頼られるのも子どものことも嫌いじゃないので、そうさせてもらおう。
……いやしかし、これで三人目の賢者と知りあえたわけだけど、妙なんだよな。
三人が三人とも、俺の中の「賢者」のイメージとはほとんどあてはまらない。その考えはすでに古いのだろうか。
なんて考えながら、途中にあった店で食材を買いつつ、再び広場にやってきた。
さっさと帰って飯作って、散らかった家を片づけないとな。
「もし!」
背後から声がして振りむくと、ある一人の女性がこちらに走ってくるのが見えた。
目にも眩しいきれいな金髪美女……?
んん? どっかで見たような。
「先程は……っはぁ、その……っ」
「お嬢様、大丈夫ですか」
長い黒髪を後ろでまとめた女性のお付きの人に「お嬢様」と呼ばれたその人は、全力疾走してきたかのように疲労困憊していて、膝に手をついて肩で息をしていた。
しばらくして落ちついた彼女は、支えてくれたお付きの人の手を払って、改めて俺とむきあった。
「先程は、お助けいただきありがとうございました……! どうしても、もう一度お会いしたくて」
「……あ、ああ! さっきの」
その女性の喋り方と見た目で、ようやく思いだした。
この広場で、三人のチンピラに絡まれてたどこかのお嬢様だ。
むしろ、こんな目立つ容姿の人をなんで今まで忘れてたんだろう。
「まさか、ずっと俺を探してたんですか?」
「いいえ。一度家に帰って、侍女のクレアを呼んで……共に探しておりました」
ほぼそうじゃん。なんでだよ。
わざわざお礼を言うためだけに何時間も人探しするなんて。
お嬢様もそうだけど、お付きの人もとい侍女のクレアさんとやらも大変だろ。
「そんな。俺、そこまでのことをした覚えは――」
「いいえ! 悪い輩を成敗されたときの凛々しいお姿、『名乗るほどの者ではない』という決め台詞、颯爽と去っていくお姿! すべてがまるで……っレリエルス様のようでした!」
「……はい?」
カッコつけて言ったセリフをリピートされるって恥ずかしいな、おい。
あと、なんかよくわからない名前が出てきたぞ。
レリエ……なんだって?
「救世主・レリエルス。大昔の言い伝えを集めた魔導書『アルス・ノトリア』で語られている話に登場する、救世主と称された聖人のお名前です」
「はぁ……救世主で聖人……」
ぽかんとしている俺に、直立不動なままのクレアさんが解説してくれた。
いやいやいや。おこがましいにもほどがある。俺が救世主なわけないだろ。
救世主なんて……悪い気はしないな!
「それに私……っあんなふうに親切にしていただいたのは、初めてですの。
だから感激して、どうしてもお礼をしなければと思いまして」
「……それは、どうですかね」
「えっ?」
散々お褒めいただいているのに否定するのはどうかと思うが、あえて口を出す。
肩をすくめて、お嬢様の背後にいるクレアさんを一瞥してから口を開いた。
「親切なら、たくさんしてもらってるのでは? 例えば、後ろにいる侍女さんとかに」
「……?」
「他にもたくさん仕事はあったはずですよ。なのに、お嬢様に頼まれたからこうして今まで俺を探すのに付きあってくれた。
それを『親切』と言わずなんて言うんですか?」
お嬢様をじっと見つめて言うと、お嬢様はもちろん、なぜか後ろのクレアさんまでもうろたえていた。
当然だが、まだ会ったばかりなのでクレアさんとお嬢様の関係性はわからない。
けれどクレアさんは、大勢いるはずの使用人からお供に選ばれるくらいだから、かなり親密度は高いのだろう。
だから、彼女がお嬢様に頼まれたことをするのは「ただの仕事」ではないと思う。
お嬢様からしてみれば、そういう思考になってしまうのは仕方ないだろうけど。
お嬢様は、クレアさんを見つめてはっとしてから口を両手で覆った。
「なんてこと……救世主様のおっしゃるとおりですわ。私ったら、お恥ずかしい……!
申し訳ありませんでした、クレア。そして、どうもありがとう」
「滅相もございません!
ああ、そんな……っお嬢様! どうかお顔をお上げください……!
私は、お嬢様のお役に立つことがなによりの誉れにございますゆえ!」
頭を下げたお嬢様にうろたえたクレアさんが、なんとか顔を上げさせようとあたふたしている。
余計なお世話だったかな。
しばらくしてやっと顔を上げたお嬢様だが、俺の言葉をずいぶん重く受けとめたようで未だに落ちこんでいる。
気持ちが落ちつくようにと、例の五つの塔が見渡せる場所に移動した。
「申し訳ありません。私、最近卑屈になりすぎているようで……」
「そうなんですか。ちょっとくらいなら話、聞きますよ」
俺が発破かけたようなもんだしな。
うなずいたお嬢様は、横に立ったままのクレアさんを一瞥したのち、語りだした。
「実は私……近々結婚いたしますの」
「そうですか。おめでとうござい……ます?」
眉を垂らし、俯き加減なお嬢様の様子からはどうも幸せそうには見えなくて、語尾が疑問形になった。
マリッジブルーってやつか?
「その婚約の話が出て以来、お父様からの当たりが強くなって……」
「……ああ。卑屈になってたっていうのはそのせいですか」
お嬢様がうなずく。
まぁ、明らかに貴族のお嬢様だもんな。政略結婚なんて、当たり前のようにあるんだろう。
どんな相手だろうと、当主である父親に言われたら拒否なんてできるわけないだろうし。
「救世主様。つかぬことをお伺いしますが、『魔導祭』に参加される予定はありませんの?」
「『魔導祭』?」
聞きおぼえのないワードが気になって、ついクレアさんを見上げる。
クレアさんが、不思議そうに目を丸くした。
「ご存じありませんか?」
「俺、移住してきたばっかなんですよ」
「そうでしたか。では、僭越ながらご説明を。
正式名称は、『アルケミリア魔導祭』でございます。
魔導の技術力を競いあう大会で……国内だけに留まらず、他国からも心得のある方々をお招きして開かれます。
内容といたしましては、トーナメント形式で行われる戦闘術部門。
それから、様々な発明品がお披露目される生活技術部門の二つがあります。
国内外から注目される、年に一度の大規模な催事となっております」
「へー。そんな大会があったんですね」
納得しつつ、ようやく理解する。
ライリーさんが拒絶しつづけている「大会」っていうのは、これのことじゃないか?
いったい、なにがそんなに嫌なんだろう。
国をあげて開かれる年に一度の祭りなんて、めちゃくちゃ楽しそうなんだけどな。出店とか屋台なんかも出るならなおさら。
……まぁ、ライリーさんの件はまたあとで聞くとして。
「それで、その大会に俺が参加するとどうだって言うんですか?」
「今年は、お父様が実行役を務めますの。その件でこう申しておりました……『戦闘術において、お前が推薦する者が優勝したならば婚約は取りやめにしてもいい』と」
「うわ……」
つい声がもれた。
絶対無理だとわかってて言ってるな。ゲス親父かよ。
げんなりしていると、突然お嬢様が俺の手を両手でつかんできた。
「救世主様!」
「はいっ?」
「どうか……! どうか、今一度私をお助けください!
あなたほどの素晴らしい魔法使いなら、きっと……! きっと優勝も目ではないですわ!」
「い!? いやいやいや! なに言ってんすか! 会ったばっかでお互い名前も知らないのに!」
俺が言うと、お嬢様は再びはっとして、俺の手を離した。
「まぁ……! うっかりしておりましたわ。どうか非礼をお許しください。
私、グレイキャッスルを治める公爵家の娘、アリア・ハイドランジアと申しますの」
「ご丁寧にどうも。俺はポルテと申します」
お嬢様はすっと立ち上がって、ドレスの両脇を両手で広げて敬礼をした。
つられるように俺も立ちあがり、頭を下げて名乗った。
けど。なぁ今……「公爵家」って言ったか、おいっ!?
そんなゲームや小説でありがちなベタな展開に、俺は呆然とするしかなかった。
◇◇◇
一方その頃。
ポルテの生まれ故郷である、シャルマン王国のある酒場にて。
「いやぁ、こんな都合いい展開になるなんてなぁ!」
機嫌がすこぶるよさそうに、昼間から酒の入ったグラスを一気に飲み干した若者。
彼と同じテーブルについているのは、同じ年頃の男女。
それから、背中に大剣を背負った、やけに体格のいい男。
彼らは、かつてポルテが所属していた冒険者パーティーの面々である。
「本当によかったの? うちのパーティーで」
「俺たちにとっては願ってもないことだけどな」
上機嫌の若者をよそに問いかけてきた男女に、ガタイのいい男――勇者は、泡の立ったビールの入った大振りのグラスを持ったまま、力強くうなずいた。
「俺の野望、そして国王陛下の野望を叶えるにはお前たちと手を組むのがふさわしい。
先の戦いではそれがよくわかった」
「ありがてぇなぁ! その調子で例の大会も頼むぜ!」
「当然だ。俺の背中は頼んだぞ」
勇者のその言葉に、三人が満足げにうなずく。
彼ら三人は、とある国の領内に発生したダンジョンで苦戦していたところ、単身で乗りこんでいた勇者と遭遇。
協力して最奥にひそむ魔物を倒し、見事攻略したのだった。
その縁で、勇者側から「パーティーに加えてほしい」との打診があったばかりだった。
「我が国の勇者からお声がかかるなんて……
やっぱり、あいつクビにして正解だったわね。足手まといがいないと運気も上がるのね」
「ああ。そういやポルテの奴、今頃どうしてんだろうな?」
「気にすんなって! どうせどっかで野垂れ死んでるか、魔物に襲われて食われちまったかのどっちかだろ!」
酔っ払って有頂天になった若者が笑いながら言うと、女は同じように笑って同意、もう一方の男も笑ってうなずいていた。
このときの彼らは、知らなかった。
かつてクビにした仲間が牙を研いでいたことを――そして、その慢心がやがて自らを敗北へと導くことを。




