35話 祈りの贄
聖法歴1020年5月31日
私の名はマーティン・ラッセル。
聖法教会に所属する護衛騎士のとある小隊長を務めている。
本日は教会の式典警護の任で、ミスルト教国の首都ヴィスクムにいた。
事前の打ち合わせに従い、部下のキャロルとロバートを引き連れ、それぞれの係と顔合わせを進めていく。
私たちの他にもいくつかの部隊がここに集っていた。
顔見知りもいれば、初顔もいる。
無用なトラブルを未然に防ぎ、関係各所にこちらを周知してもらう為にも必要なことだ。
それが終わると、二人を伴い教会の敷地を徘徊する。
私たちの役目は、警戒態勢をアピールすることだ。
不審者を発見したり、不測の事態に陥ったりした場合もしっかりと対応するが、武装した集団がいると示すことで、邪な考えを抱いた連中を牽制したり、民衆に安全の保障はあると主張したりする目的が主だ。
そのため、私たちは甲冑に身を包み、剣や盾も携えている。
しばらくすると参列者が集まりだし、周囲がにわかに活気づく。
道行く人々を眺めながら、不審人物や迷子を捜していく。
時折現れる、道を尋ねる人や迷い込んだ人へ対応する。
一時間もしないうちに人の流れが治まってきた。
次は要人たちの警護だ。
聖法教会の枢機卿方が参列するこの式典は、彼らを害そうとする輩が現れないとも限らない。
中立を謳っている聖法教会のお偉方を傷つければ、世界中から目の敵にされる。とはいえ、枢機卿全員が聖人君子という訳でもあるまい。
人である以上、どこかしら、あるいはなにかしらで恨みを買っていてもおかしくはない。
私怨であれば、世界からの目も気にならない可能性もあるからには、警護の手を緩める理由にはならない。
直接的な護衛は他にいるが、私たちも周囲を固めるために集う。
複数人纏まりながら過ぎ去る後ろ姿を見送る。
司教、大司教と続き、最後に枢機卿が通り過ぎた。
司祭以下はすでに会場に入っている。
五人の枢機卿を見送ると、私たち巡回組は一度休憩に入った。
他にも数組、一緒に体を休め、交代までの時間を過ごす。
そんな折、部下の一人、ロバートが疑問を口にした。
「聖法教会の枢機卿たち、初めて見た人もいましたけど、どうして一番有名な『使徒』様がいないんですか?」
この部屋の他の人も同じ疑問を抱いたらしく、興味深そうにこちらを見ていた。
言うべきか悩んだが、ぼかして答えることにした。
「……他の用件があるのだろう。彼の方は賢人会の役員でもあらせられる」
「あー、それは忙しそうですね」
ロバートは納得したように同意したが、他から否定の言葉が上がる。
「いや、司祭だが同じ賢人会役員のホレスさんは姿を見た。そっちの用事なら、あの人もいないはずだ」
はぐらかそうとしたが、間の悪いことに他の役員を知る人物がいた。
「そういえば、他の式典でも姿を見たことないな」
別の誰かの一言で、「使徒」の悪口が漏れだした。
だいたいは職務怠慢や枢機卿という役職についていることへの不満ばかり。
飄々として怠けているように見られるので、事情を知らなければ仕方のないことかもしれない。
そんなことを思っていると、流石に看過できない言葉が飛び出した。
「いつも綺麗な女性を侍らせて。裏ではきっとあくどいことをやってるに違いない」
下卑た顔を浮かべた男が、己の妄想だけで悪し様に罵る。
近くの男が止めに入るも、聞く耳を持たない。
何も知らないあの男を見ていると、昔の自分を見せつけられるようで気分が悪い。
注意を引くため一度大きく手を叩く。
案の定、この場の全員の視線が私に集まった。
「――言葉が過ぎるぞ。憶測でものを語ってはいけない」
「それならあんたは、『使徒』様が仕事をさぼっている理由を知っているのか?」
嘲るような目を向けて先ほどの男が問いかけてくる。
知らないと高を括っているのだろうが、生憎と事情は存じていた。
短く息を吐き、目を細める。
「――我々のためだ」
「はぁぁ?」
予想だにしない答えに、男は間抜けな声を上げた。
成り行きを見守っていた他の人たちも、怪訝な顔をする。
私は改めて息を吐くと、口外禁止と前置きをして語りだす。
「あの方――『使徒』セオドア・ルカン様の能力は皆も知るところだろう。類稀なる神聖魔法の使い手にして、神々から愛された人間。彼の方の魔法は、魔獣を瞬時に消し去り、千切れた手足もたちどころに繋ぐ。黄金の障壁は何人も通さない、そんな優れた英傑でもあらせられる」
「ああ、逸話は知っているが、それがどうしたってんだよ」
「あの力には代償が伴っている。――いや、正確には己で制約をかけておられるんだ」
皆が固唾を飲んで私の次の言葉を待つ。
私も聞いたときは衝撃的だった。何せ、反感を抱いている男のように、本人に噛みついてしまったのだから。
「その制約とは、”礼拝や典礼を一切行わない”こと。あの方がそれをすると、周りの人間が昇天してしまうのだ」
重々しく告げた言葉。
皆一様に頭に疑問符が浮かぶ。
それもそうだろう。
たったそれだけで、人が天に召されるとは考えにくい。
私の作り話か何かと思ったのか、男が声を荒げる。
「そんな馬鹿な話がある訳ないだろ! ただのサボりの口実じゃないのか!」
「そうだ、そうだ!」
「にわかに信じられないね」
男に倣うように、他の人々からも声が出た。
気持ちは分からなくもない。
当人の口から言われたとて、信じられないのだ。
それが、赤の他人からとなれば猶更だ。
騒ぎたてる彼らを一度宥めすかす。
証拠を見せると言うと、不満げな表情のまま口を噤んだ。
「これだ」
そう言って己の左腕を見せる。
普段は巻いている包帯を解くと、大きな火傷のような跡が僅かな金色で縁取られた傷が剥き出しになった。
「触っても?」
疑わしそうな顔つきをした一人が私に断りを入れる。
素直に頷くと、そっと指を這わせた。
「……ああ、なんということでしょう」
魔力も流して確認した彼は、驚き敬うような感嘆を零した。
様子を静観していた人たちはその反応で察する。
「これは想像通り、聖痕だ。……ルカン様がつけられた、な」
誰ともなく息を呑む声が聞こえた。
一番喚いていた男も、まじまじと腕の聖痕を見つめる。
この場にいる人間は皆、聖法教会に所属する教会騎士だ。
聖痕の真偽も価値も、言わずとも分かっている。
「私も、以前はお前のようにルカン様を疑っていた。折よく直接お話しする機会があり、その時に“なぜもっとまじめに典礼を行わないのか”と直訴した。あの方は笑ってはぐらかそうとしたが、側に侍っていたフォレット司祭に今と同じようなことを説明された。それでも食い下がった私に、実演をしてくださった結果だ」
「何を、実演されたのですか?」
先ほど私の腕を触った男が、おずおずと尋ねる。
そんな彼に、ふっと自嘲気味な笑みを浮かべる。
「私の腕に触れながら祝詞を読み上げただけだ。それも、一節だけな」
「なんと……」
彼は大袈裟なほど目を大きく見張る。
他の面々もそこまでではないが、信じられないものを見たように目を丸くしていた。
「あの方曰く、礼拝等を行うと、周囲の人間を無差別で昇天させてしまうらしい。特に、我々のような教会に属する人間だと、殊更耐えられないのだとか。魔力の多い人間であれば多少防げるそうだが、最低でもランクA相当はないと無意味なうえ、礼拝等を行えば行うほどに最低魔力量が上がるそうだ。さらに厄介なことに、彼の方が崇め奉られることでも閾値が下がってしまうらしく、そうなれば彼の方の周りに人は存在できなくなる」
ここまでの説明で、皆、どうしてこの式典に「使徒」様が参加しないのか理解してしまった。……そして、あまり大っぴらにできない理由も。
教会の枢機卿がそこまでの能力を持っているとなれば、人々は崇拝か、畏怖を抱くだろう。
どちらにしても結果は同じだ。
あの方の周りに人は存在できなくなり、孤独に苛まれてしまう。
そのため、あの方は現状の評価を甘んじて受け入れ、裏方に徹しておられる。
表に出るのは専ら戦闘か、あるいは調査だけ。
慰問や巡礼等は他に任せるしかない。
何とも言えない空気がこの場に漂う。
悪態をついていた男も、気まずげに顔を歪めていた。
「そういう訳だ。あまりみだりに吹聴しないようお願いしたい」
私の要望を全員静かに受け入れた。
そろそろ休憩時間が終わる。
露わになった左腕の傷にもう一度包帯を巻きつけた。
一言メモ
フォレット司祭はメイジー(セオドアの護衛兼秘書の女性)です。
彼女の本名がメイジー・フォレット。




