14話 激情の力
聖法歴1019年12月19日
私の名前はセドリック・ダンスター。
パーチ共和国の第二騎士団団長を務める、「守護」と呼ばれる英傑の一人だ。
今日は数年来の友人からのお誘いで、魔獣討伐に向かっていた。
◆◆◆
私の所属するバーチ共和国は複数の国に囲まれている。
尤も、東側は海に面しているので、囲まれているという表現は適切ではないかもしれないが。
共和国が接している国は五つ。
北にエルム連合王国、西にフラクシヌス帝国、南にイーレクス王国がある。
ミスルト教国とクエルクス貿易都市は、ともに北西に位置している。
海を挟めばファーグス諸島国やヒバノ島国も存在している。
国家間の関係は、概ね良好だと思っている。
中立のミスルト教国に、同盟を結んでいるエルム連合王国。
貿易が盛んに行われているクエルクス貿易都市に、人の往来が多いファーグス諸島国とヒバノ島国。
イーレクス王国とは不可侵条約を結んでおり、フラクシヌス帝国とは不干渉を貫いている。
世界中至る所で戦争をしている中で比較的落ち着いた、平和な国だと自負している。
理由は単純。
国土の割りに大国の中でも二、三を争うほどに魔境が多いせいで、我が国は戦争を避ける政策を取っていた。
魔境とは、一定以上に集まった高濃度の魔素溜りのことを呼ぶ。
魔境の発生理由は未だに解明されていない。
この魔境から魔獣が生まれてくるが、放置は禁物だ。
なぜならば、魔獣が生存圏を求めて魔境から進出してくる。
これは大恐慌と呼ばれる事象で、放置すると魔境の範囲が広がっていく。
魔獣は動物のように交配で生まれるものではない。
魔境のどこかで魔素が集まり、形を成すことで生じる自然現象だからだ。
実際、昔の研究で人工的に魔獣を生み出す実験がされていた。
魔素を一か所に集め続けると、何かの拍子に魔獣が生まれたそうだ。
きっかけは異常な魔力だったり、自然災害だったり、魔力を持った生き物の行動によるものだったりしたそうだが、人工的に生み出すことに成功したと学舎で習った。
当然、現在は禁忌扱いになっている。
魔境の厄介なところはそれだけではない。
それは、魔境を消滅させる方法が未だに判明していないことだ。
魔境全域を魔法か何かで吹き飛ばすと、一時的には魔境が消え失せる。
だが、しばらくするとまた復活し、尚且つ以前よりも広大な範囲を侵食する形で魔境が発生してしまう。
バーチ共和国の魔境が多いとされる理由がこれだ。
そのため、魔獣討伐はどの国でも手を抜くことなく行われている。
国に跨った魔境や国境付近の魔境は、それぞれの国が協同することが多い。
◆◆◆
ミスルト教国との国境付近。
普段は騎士団を率いて掃討にあたるが、今回は友人と私、他数人だけで行うことになる。
私の方は一人。友人が二人ほど連れてくるとのことだった。
約束の時間には少し早かったが、既に向こうは到着しているようで、待たせ過ぎずに済んだ。
近づきながら挨拶をする。
「待たせたようですまない、セオドア」
「やあ、セドリック。私の用事が思ったよりも早く済んだだけだよ」
友人のセオドアは聖法教会の枢機卿と賢人会の役員を務めている。
確か、枢機卿は二一、役員は二三の時と、どちらも最年少記録で職に就いたはずだ。
彼とは共に今の「十傑」になりたての頃から知り合った。
かれこれ九年近い付き合いになるのか……。
感慨深さに浸っていると、見慣れない子供がいるのに気が付いた。
普段通り、セオドアの後ろで控えているメイジー女史はいざ知らず、こっちの少年には見覚えがない。
雪のように真っ白な髪に、燃えるような赤目、幼さの残る顔立ちからして十かそこらか……。
私の視線に気付いたのか、セオドアが少年を紹介する。
「彼はゼイン――今はまだランクC+の新米執行官さ」
含みのあるセオドアの言い方に、不躾にも少年をじろじろと見てしまう。
私の視線に気付いた少年は、鬱陶しそうに顔を顰める。
「――失礼した、ゼイン少年。私はセドリック・ダンスター。バーチ共和国で第二騎士団長を務めている。これからよろしく」
手を差し出すと一瞥くれただけで、そっぽを向いて離れて行ってしまった。
少年の後をメイジー嬢が追いかける。
気に障ってしまったかとセオドアに顔を向けると、眉を下げて困り顔だった。
「すまないね。彼、ちょっと気難しくて」
「いや、構わない。それより、どうして少年を? それに執行官と言えばソール連邦の職員じゃなかったか」
「そうだね、彼はソール連邦の人間だよ。今日は君に会わせたくて、オーギュストから借りてきたんだ」
よくよく聞くと、昨年からゼイン少年に色々と教えているそうだ。
オーギュスト――彼が子供を育てるなんて、驚きだ。
助けたことはあっても育てたなんて、一度も聞いたことがない。
彼自身、子供が苦手という訳ではないはずだが、専ら他人に任せる節がある。私も何度か打診されたことがあるので意外だった。
ギリギリ育てたと言えるのは、目の前にいる友人のセオドアぐらい……それも、十五の時から一年にも満たない期間だったはずだ。
ゼイン少年はどう見ても十五には程遠い。
時折いる見た目より幼い人や長命種特有の雰囲気は感じられなかった。
私の疑問を知ってか知らずか、セオドアが事情を説明してくれた。
「彼はたしか十二歳だったかな? まだ魔獣掃討戦を経験したことないって聞いて、ちょうどいい機会だから連れてきたんだよ」
友人の言葉に、今日は何度も驚かされる。
情報の多さで頭が混乱する。
見た目が多少幼いことが可愛く思えるぐらいだ。
十二ということは、許可証は取りたて――それでいてすでにC+。
友人の口ぶりからして、恐らくもっと上――来月には更新されていることは想像に難くない。
賢人会の戦闘許可ライセンスの発行は毎月行われているが、ランクの更新は三か月毎――試験は今月あったから、更新後のランクは来月一日に公表されるはずだ。
魔獣の掃討は数年おきに行われている。
ソール連邦の大きなところは確か来年と再来年だったはず――ならば機会が無くてもおかしくはないか。
頭の中で一つ一つ整理しながら考えていると、ふと、疑問が一つ浮かび上がる。
「どうして私に少年を会わせたかったんだ? 確かにオーギュストとは私も交流があるが、わざわざ君を挟む必要はないだろう」
セオドアはどこか自分に言い聞かせるように語る。
「確かにその通りなんだけどね。なんとなく……そう、なんとなく、君の戦い方が彼の役に立つかなって思ってね」
「その言葉だけ聞くと、オーギュストではなくセオドアが少年を育てているように聞こえるが?」
「ははは、確かにそうだね。でも、本当にただの勘なんだ。――彼は守りのほうが得意なんじゃないかなって思って。オーギュストにも聞いたけど分からないって」
セオドアは付け加えるように話す。
オーギュスト曰く、少年の戦い方は単身で特攻し、相手の攻撃はすべて躱すそうだ。
だから、友人の相談にも煮え切らない答えしか出せなかったとセオドアは語った。
「少年には守りたいものが?」
「うん、そうだね。――覚えているかな、半年前の魔力異常」
セオドアの言葉に首肯する。
事件は半年前の昼下がり。
各国の魔力計が一瞬だけ、一斉に魔力異常を示した。
魔力感知に長けた人たちでも、大半が気付けないレベルの異常だったため、各国は計器の故障だと結論付けていた。
しかし、バーチ共和国ではそうはいかなかった。
うちには特段魔力感知に長けた人が、一人存在する。
その人がその魔力異常の際、怯えたように震えあがり、恐慌状態に陥った。
魔力感知を専門にして長い人だ。
その人が見たこともないほど恐れ慄く様に、原因を探るべく動いた。
――結局、ソール連邦の魔力事故ということになったが、そのことを伝えに来たオーギュストが追及を許さない目をしていた。
作為的なものを感じながらも、「次はない」との彼の言葉を信じて、それ以上は何も聞かなかった。
しかし、実際はやはり違うようだ。
セオドアは慈しむような目を浮かべて滔々と語る。
あの事故の背景は悪魔がゼイン少年に手を出したことに端を発した。
なんでも、精神支配系の固有魔法を使う悪魔だったそうで、少年の大切な人を操り、その人を使って少年を害した。
そのことが少年の逆鱗に触れ、少年が禁忌の力を解き放ったことで魔力計に異常が出たらしい。
私は最初、嘘だろうと笑い飛ばしたかった。
いくら何でも世界各国に魔力を飛ばすこと自体、無理な話だ。
仮に出来たとして、魔力計がみな一様に振れるのはおかしな話だ。
距離によって振れ幅に大小の誤差を生じる魔力計が、どの国で確認しても同じだったなんて馬鹿げている。
原因調査に私も参加したので断言できる――どの国で見ても変わらない値を示していたと。
しかし、笑った私を見ても表情を変えない友人を見て、本当なのではないかと疑いを持ってしまった。
「……本当なのか?」
「うん、そうだね。本当のことだよ」
しっかりと裏取りもしたし、と消えるような声で囁くセオドア。
彼の指は上を指している――ということは、確認先は天界か。
ならば本当のことなのだろう。
神妙な顔になった自覚はある。
思わず離れていったゼイン少年を探してしまう。
「――はぁ、なるほど。私もなんとなく理解できてしまったようだ」
「これで君も今日から共犯者だねっ」
「……嬉しそうに言うんじゃない」
仏頂面になりながらも、友人の荷をいくらか肩代わり出来たのなら嬉しい限りだ。
◆◆◆
「そういえば、封印されていた禁忌の力とは何なのだ?」
少年を探す傍ら、疑問を友人に尋ねる。
「……秘密にして欲しいんだけどね」
そこで一度言葉を切る。
セオドアの呼びかけに応じた精霊が現れ、彼と私を包むように結界を生成した。
「『改変の理』――偽神の権能さ」
「――おい、それは本当なのか!」
つい口から出た疑問は、語気を荒げたように零れる。
「本当だよ。オーギュストにも……神界にも確認を取った」
思わず天を仰ぐ。
ゆっくりと息を吐きだす。
戦いの前に、ごっそりと疲れがのしかかった。
「それは、また……。それでよかったと言うべきか、厄介なものをと言うべきか……」
「どうなんだろうね。実際、彼が乱用しないでくれて助かっているよ」
「……再封印されているんじゃないのか?」
セオドアはゆっくりと首を振る。
「彼が手にしてから、そもそも封印なんてされてないからね。彼が自分に制約を設けて使わないようにしていただけで。今はもうそれもないみたいだし」
「……大丈夫なのか、それ」
「彼の善性次第ってところかな? とはいえ、現状どうしようもないかな」
「今のうちに対処しておくべきじゃないのか?」
「もう手遅れだよ。出会ったときからオーギュストですら敵わないってさ」
友の言葉に絶句する。
私の知る限りで一番の実力者だ。
勿論、彼は今現在力を封印していると聞き及んでいる。
その状態でなのか、はたまた全盛の状態なのか――きっと後者なのだろう。
でなければ、そのような物言いはしないはず。
盛大にため息をつく。
「……君やオーギュストが目をかける理由が分かったよ」
「それだけじゃないけどね。――彼は切り札に成りえると思うんだ」
「その意見には同意する」
そんな会話の最中、探していたゼイン少年が見つかった。
セオドアの秘書がしっかりと付いていたようだ。
私たちを包む結界が解かれる。
「――内緒話は終わったのか」
「席を外してくれてありがとう」
どうやら予定調和だったらしい。
セオドアが少年にお礼を言うと、メイジー嬢が報告を上げる。
「――この魔境一帯の魔獣の掃討は終えました。必要な素材も彼があちらにまとめてくれました」
「……欲しいのが無かった」
少年がつまらなそうに呟く。
私たちが密談している間に一人で魔獣を掃討していたようで、しでかした事の大きさに気付いていない。
私やセオドアが協力しても半日はかかる。
――いくらなんでも速すぎだ。
内心で悲鳴を上げる私の常識はいったん無視した。
「あちゃ~、これはダメだね」
遠くから聞こえるセオドアの声に近づくと、何を指していたのかすぐに分かった。
ゼイン少年が集めたという魔獣の死骸は、すべて魔力で変質化してしまい、既定の素材にならなかった。
そうなることを本人も知らなかったようで、無表情ながらも怒られた子供のように、しょんぼりといじけていた。
「誰しも失敗はある。次、気を付ければいいんだよ、ゼイン少年」
頭に手をのせてぐりぐりと撫でまわす。
すぐに手で払いのけられてしまったが、少年の調子が戻ったようで思わず笑みが零れた。
セドリックの魔法を見せるつもりが、説明回になってしまった……。
彼の実力はまたどこかで。




