13話 新米執行官
聖法歴1018年11月15日
私はイザベラ、十九歳。
今年、ソール連邦の魔力災害対策局に就職した新人です。
半年にも及ぶ新人研修期間を終え、ようやく任地に配属されました。
地獄のような基礎体力訓練、魔法を鍛えるための障壁無しの打ち合い、感覚を鍛えるための山籠もり、知識を詰め込むための圧縮座学……。
思い出しただけで涙が出そうです。
私の教育係のドミニクさんに愚痴ると、彼女も頷くように同意してくれました。
「分かるわ。最初、何の意味があるのかって思ってたもの。でも今になると、山籠もりの研修って意外と役立ってるって実感するのよねぇ」
「どうしてですか?」
「私たち執行官って魔力災害がある場所に派遣されるのだけど、山奥だったり、森の中だったりするの。当然、そんな場所まで移動する方法なんて限られてるでしょ? 準備しててもサバイバルになることが多いのよ」
ドミニクさんの話を聞いて、どうせならサバイバル訓練に名前を変えればいいのにと思いました。
そのことを口走っていたらしく、ドミニクさんは苦笑交じりに教えてくれました。
「何度も具申はあったみたいだけど変わってないみたいよ。それに、魔力感知は極限状態のほうが覚えやすいみたいだから、全くもって嘘という訳ではないのよね」
へぇ、と頷きながら、それでもやっぱり辛かったと愚痴を零しました。
◆◆◆
私の配属先は対策本部。
ここは優しい上司に、親切で頼りになる教育係の女性。
充実した設備に快適な環境、人間関係も良好で文句なしの配属先でした。
そんな好条件でも、一つだけ不満がありました。
それは、いちおうの同期にあたる男の子のこと。
彼を知ったのは配属初日の十月頭。
配属者名簿に目を通していたとき、彼の名前を見つけました。
…
魔力災害対策本部付
Isabella
Marius
Zein
…
珍しい名前だったので覚えていましたが、研修の時には見覚えがありません。
その時はちょっとだけ引っ掛かりを覚えた程度で気にも留めませんでした。
数日後、上司に紹介されたとき、思わず目を疑いました。
上司の隣にいるのはまだ幼さの残る男の子。
頑張ってもギリギリ許可証を取れる十二歳にしか見えません。
対策局の選考基準の十八歳以上を満たしているとは到底思えませんでした。
目の前の男の子は興味なさそうにそっぽを向いていたので、尚のこと子供っぽく見えるだけかもしれませんが。
いちおう、長命種という可能性も捨てきれませんが、その考えは上司の一言で打ち破られました。
「――彼は特別枠で配属されたんだけど、見た目通り十一歳の子供だよ。見ての通り愛想が悪いけど、仲良くしてあげてね」
私ともう一人の同期のマリウスが男の子を凝視します。
マリウスはすぐさま嘲るような態度をとりました。
私はそこまで露骨な態度はとりませんが、先行きの不安にため息が出そうです。
十一歳というと、私の上の弟よりも幼いのですから。
そんな気がかりを残して、初顔合わせを終えました。
◆◆◆
顔合わせから一か月程が経った今日。
再び件の男の子に鉢合わせました。
この一か月、マリウスとはちょくちょく顔を合わせて互いの近況を話したりしましたが、男の子とはまったくと言っていいほど会うことはありませんでした。
ドミニクさんに尋ねても「それぞれ忙しいのよ」と、はぐらかされるばかりで何の情報も得られませんでした。
特別枠で採用された理由を調べてもわからず仕舞い。
先輩方や上司に聞いてまわっても、皆口を噤んで教えてはくれませんでした。
そういうこともあって、男の子には不信感や不満が募るばかり。
たまたま出会えたこのタイミングで、捕まえて色々話を聞こうと男の子に近づきました。
あと少し、といったところで、急な悪寒に襲われて思わず立ち止まってしまう。
男の子も立ち止まって振り返ろうとします。
どうしてか、目の前の男の子がこちらを見たらまずいと、私の頭が警鐘を鳴らします。
「――こんなところにいたのか」
ふいに聞こえた上司の声で、さっきまで感じていた悪寒や焦燥感が霧散しました。
無意識に唾を飲み込んで喉を鳴らす。
「ん? イザベラもいたのか。ちょうどいい、君も一緒に来るかい?」
今気づいたと言わんばかりに眉を上げる上司。
遅れて疲労感がどっと押し寄せます。
消え入るような声で返事をすると、男の子と一緒に上司の後について行きました。
◆◆◆
上司は会議室の一室に入ると席を勧めてくれました。
そのタイミングで、入り口から先輩方が続々と現れます。
私たち含め六人。
全員が席につくと上司が説明を始めました。
「既に知っている人もいるだろうけど、復習だと思って聞いて欲しい。まず悪魔というのは――」
唐突に始まった説明に頭が混乱しました。
知らない単語が多くてちんぷんかんぷんです。
というより、こんな重要そうなこと、新人の私たちが聞いてもいいのだろうか……。
隣に座っていたドミニクさんに小声で尋ねました。
「……これ、私たちが聞いてもよかったんですか?」
「イザベラなら構わないわよ。そのぐらい、貴女には期待をかけているのよ」
先輩の期待が重いです。
あはは、と間抜けな愛想笑いを浮かべて反対側の男の子を盗み見ます。
意外なことに、上司の話をしっかりと聞いていた。
無表情気味の顔をしていたけど、目は真剣そのものでした。
「――最後に、悪魔を見かけたらこう尋ねるといい。『君の位階は何だい?』とね」
「どうしてそれで分かるんだ?」
「悪魔は普通、魔界から地上界に出るときには位階登録をする必要がある。これは入国手続きのようなものと考えてもらって構わない。そして、問われれば答える必要がある。一種の契約魔法でね、これに違反すると居場所が魔界に筒抜けになるんだ」
はぐらかしたり、質問を撤回させたりすれば回避できる穴だらけの契約なんだけどね、と自嘲気味な独り言を呟く上司。
しばらく物思いにふけっていた男の子が上司を問いただします。
「――なら、お前の位階は何だ」
男の子の問いかけにぎょっとして振り向いてしまう。
先輩方も驚きの表情が浮かんでいました。
問われた上司は、あはは、と笑いながら私をちらりと見た後で男の子に向き直ります。
「君なら当然気になるよね。では、お手本を見せよう――私は、従一位『呪魔』のオーギュスト。以後お見知りおきを」
胸を張って優雅な一礼をする上司。
私の頭の中はパニックでいっぱいだ。
え? うそでしょ!? 今の話が本当だったら、上司は――。
冷や汗が止まらない。
上司の目を見れない。
周りの視線が怖い。
振り返ったら――。
ふいに肩に手を置かれ、びくりと体が飛び跳ねた。
「――っ」
漏れ出そうになった悲鳴は何とか飲み込んだ。
恐る恐る手の方向を振り向くと、心配そうにするドミニクさんが映った。
「――大丈夫?」
口を開くも喉が鳴るだけで声が出ない。
このまま気絶できればどれだけ楽だったのだろうか……。
皮肉にも半年間の新人教育の賜物で、気絶耐性も上がっていたみたいだ。……こんなところで確認したくなかった。
強張る私を見かねたドミニクさんが、上司たちに苦言を呈す。
「お二人とも、可愛い新人をいじめないでください。怯えてしまっているじゃないですか」
「ごめんごめん。脅かす気はなかったんだけどね。元々イザベラには折を見て説明しようとしていたんだけど、今回はタイミングが悪かったね」
申し訳なさそうに謝る上司に、大丈夫ですと答える。
いや、答えようとして意味のない音だけが私の口から出た。
「……俺も新人なんだが」
拗ねたような声が隣から聞こえた。
「ゼイン君を可愛い新人というには無理がありますよ」
呆れたようにドミニクさんはため息をつく。
「確かに。可愛げのない新人だよな」
「私たち以上の能力を持つ人を新人扱いはちょっと……」
「せめて俺たちを頼るぐらいしてくれないと、な」
他の先輩方も口々に揶揄いの言葉をかける。
男の子は本格的に拗ねたように不貞腐れて黙ってしまった。
その様子はとても年齢に見合った似つかわしさがあった。
思わず笑みが零れる。
様子を見ていた上司が、一度手を叩いて耳目を集めます。
「――さて、今日はこんなところで解散するとしようか。各自、自分の仕事に戻ってくれ。ドミニク、君はここに残ってイザベラの質問に答えてほしい。以上、解散」
私を気遣ってドミニクさんを残してくれました。
他の人たちが出払うと、ドミニクさんが簡単に説明を繰り返してくれました。
◆◆◆
「悪魔は魔界と呼ばれるこことは違う場所に住んでいるの。私も行ったことはないけれど、『穢れ』っていう悪影響のある魔素が流れ込んでいて、地上界よりも生活圏が少ないらしいわ」
「その『穢れ』って無くならないんですか?」
「元々悪魔は『穢れ』の浄化をする役目があるらしくて、悪魔の半数はそれに従事しているそうよ。ただ、『穢れ』って生き物がいる限り生まれるものらしくて、私たちで言うところの魔獣に相当するものみたい」
ドミニクさんの説明で何となく理解できました。
魔獣も「魔境」と呼ばれる魔素溜りから生まれてきます。
魔境も無くすことは出来ないらしいです。
昔の人が躍起になって土地ごと無くそうとしたらしい。
一時は消えたらしいけど、すぐに元に戻って最初よりも大きな魔境になってしまったそうです。
色んな場所で同じことをやってしまったせいで、手に負えない大きな魔境が広がる結果となってしまったそう。
結局、魔境へいたずらに手を加えるのはご法度となりました。
どうやら魔界の「穢れ」も似たようなものらしいです。
「悪魔が地上界にいるのはただの移住ね。住むところが少なくて。ただ、悪魔って人間よりも強靭な肉体に長い寿命、そして優れた固有魔法を有しているの。そのせいで昔は暴れる悪魔が多くて。それで悪魔が人間を支配できていれば問題なかったんでしょうけど、時の『仙人』が悪魔を狩り続けたことで和平を結んで、今に至るってところかしら」
「『仙人』って何ですか?」
「んー、私もよく知らないのだけど、人間の上位存在みたいなものかしら。”心身を鍛えて昇華した先に至れる境地”、らしいわ」
まあ全部、オーギュストさんから聞いたんだけどね、と苦笑いを浮かべるドミニクさん。
「とりあえず、上級悪魔を数人まとめて相手取れる、強力な人間と思ってもらえればいいわ」
「なるほど。ちなみに、上級悪魔ってどのぐらいの実力があれば戦えますか?」
努めて平静に、ちょっとした出来心を装って尋ねます。
そんな私の心の内を知ってか知らずか、少し考え込んだドミニクさんが教えてくれました。
「んー、そうね。賢人会のランクでいえばS以上ないと無理じゃないかしら? 何かしらの理由で力を封じているとかじゃなければね。相性が良くてもランクAなら十人以上必要だと思うわ」
「そう、なんですね」
思わず気落ちした声が漏れてしまう。
「ふふ、大丈夫よ。正規の手続き以外で地上界に来た上級悪魔は、そこまでの実力を発揮できないみたいだから。精々が中級並みよ。ランクB以上になれれば戦えるわ」
「……ありがとうございます」
気恥ずかしさで顔を俯かせながらお礼をします。
説明を終えたドミニクさんが立ち上がり、部屋を出ていきます。
私はその後ろ姿を眺めながら、一人思案する。
きっと上司たちは、私が悪魔を探しているのをご存じなのだろう。
七年前、母を植物に変えたあの悪魔を――。
彼は何と名乗っていただろうか。
上級悪魔とだけは覚えているけど……。
ふいに隣にいた男の子を思い出す。
あの子もきっと、悪魔を探しているんだろう。
理由まではわからない。
でもきっと、私と同じように悪魔に人生をめちゃくちゃにされたんだ。
私よりも幼いときに――。
そう思うと、今まで抱いていた不満が嘘のように霧散しました。
きっと、ゼイン君とは協力しあえるだろう。
いつの日か、互いに助け合えることを夢見て――。




