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12話 凋落する焔

本日ラストです。

次回は月曜0時の予定です。

聖法歴1020年7月23日



 蒼い炎が木々を焼く。

 あたりには炭化した()()が打ち捨てられ、砕けた刃やとろけた金属が凄惨さを物語っている。

 灼熱の大気に身を包まれてもなお、涼しい顔で立つ小柄な男と苦悶で顔を(ゆが)めた長身の男が対峙する。

 残りは影に潜む女性が一人いるだけで、他には誰も見当たらない。

 長身の男は手に持った長剣を握りしめ、決死の一撃を放つ――。

 事の発端は三週間前まで遡る。



 ◆◆◆



聖法歴1020年7月1日。



 この日は十年に一度の「十傑」公表日。

 各国の主要都市で一斉に発表された「十傑」は瞬く間に広がり、お祭りの様相を呈していた。

 そんな中、とある国の酒場で一人忌々しそうに結果を見つめる男がいた。


「――なぜなのでしょう。ぽっと出の若造や無名の新人が選ばれて、私がのけ者にされるなど――。あってはならないことだッ!」


 公表用紙を握りしめながら呪詛を吐く男に、周りの客たちは近づかないようにと距離を空けていた。

 店員も極力関わりたがらない様子で、空になった皿もテーブルに残ったままだ。

 その男はローブを目深にかぶって人相もわからず、長剣を腰に()いていたので、より一層遠巻きにされていた。

 酒場に客足が増え、賑わいを見せると、いつの間にかその男はいなくなっていた。



 ◆◆◆



「へへ、兄ちゃん。今日はいい日なんだってな。俺たちにも分けてくれよ」


 怨嗟(えんさ)を放っていた男が裏路地に入ると、みすぼらしい風体のガラの悪い二人組の男が絡んできた。

 二人組をよくよく見ると顔を赤らめて酔っぱらっていた。


「そうだぞ。そんな細っこい成りしていっちょ前に剣なんか持って。お飾りは勿体ないから、俺たちがもらってやるよ」


 ガハハと下品に笑う男たちに苛立たしげに舌打ちをする。


「おいおい。無視してんじゃねぇ――」


 (つか)みかかろうとした男の腕が宙を舞う。

 目にも止まらぬ速さで切られたことに気付かない男は、間抜け面のまま真っ二つに裂けて倒れる。

 遅れて血しぶきが上がると、もう一方の男がようやく状況を理解し、恐怖で悲鳴を上げる。


「ひいぃっ――」

「――私は今機嫌が悪い。憂さ晴らしになれ」


 底冷えするような声で冷淡に告げられた言葉を聞く由もなく、もう一方の男も剣の錆となった。

 物言わぬ(むくろ)を見下ろし立ち去ろうとした男は、何かに気付いたように上気する。


「――そうだ、()()()()()いいんだ! そうすれば私も『十傑』になれるッ!!」


 不気味な笑い声と共に、興奮冷めやらぬ男は足早にその場を立ち去った。

 あとには妖しく燃える血溜りだけが残った。



 ◆◆◆



 アケル公国とソール連邦の国境付近。

 木々が生い茂り、普段は人が足を踏み込まない森の奥地に二人の人影があった。


「これまた変な場所で待ち合わせをしますね」


 森の中に不釣り合いのかっちりとしたスーツ姿で、足場の悪い森の中をピンの高いヒールで歩く女性がいた。


「別についてこなくていいんだぞ」


 ぶっきらぼうに告げる少年は女性と対照的に薄汚れており、数日森の中を彷徨(さまよ)っていたと言われても不思議ではなかった。


「そんなことを言って、ゼイン一人で()()()()()をするのでしょう?」

「楽しくない。よく分からん相手に文句を言いに行くだけだ」


 揶揄(からか)うように笑う女性に、ゼインと呼ばれた少年は仏頂面で返す。


「いつものように一人で転移しないのはなぜですか?」

「お前、わかってて聞いているだろ」

「さあ。私、頭が悪いので、おっしゃって頂かないと分からないです」

「……今からでも街に飛ばすぞ」

「そんな、あなたに女性を甚振る趣味があっただなんて……。――これはニネット達にも教えて差し上げないと」

「――ちっ」


 よよよ、とわざとらしい演技で泣き崩れる女性に、ゼインは盛大な舌打ちをする。


「ヴェロニカ、お前いい性格しているよな」

「お褒め頂き恐縮です」

「……」


 ジト目を向けられたヴェロニカと呼ばれた女性は、得意満面で綺麗にお辞儀をする。

 その姿に無視を決め込んで先を進むゼイン。

 何事もなかったかのようにヴェロニカはその後をついていった。


「――冗談はこれぐらいにして。本当にどうして転移しないのですか? あなたなら気付かれないようにも出来るでしょうに」

「……勘だ」

「勘? 何か根拠でもあったんですか」

「――しいて言えば、()()


 懐から取り出した手紙をヴェロニカに手渡した。

 手に取って様々な角度から注意深く観察する。

 中身も取り出して何度か読み返したヴェロニカが首を傾げる。


「何の変哲もない手紙に見受けられますが、どこかおかしなところが?」

「薄っすらとだが()()()()残滓(ざんし)みたいなのがある。本人のか別の人間かは分からないが」

「……言われて見ても分からないですね」


 ゼインの言葉で再度見直したヴェロニカだったが、より一層疑問符が浮かんでいた。


「俺も今は分からない。もらったときに一瞬だけ感じたから。……だから勘としか言いようがない」

「なるほど。ちなみにどなたから頂いたんですか?」

「ユーグ。あいつも孤児院の前で配達員から渡されたらしい――その配達員はちゃんとした職員だった」


 考えられる懸念をゼインは先回りして答えた。

 ヴェロニカも成りすましを想像していたらしく、眉をひそめて口に手をあてる。


「――用心に越したことはないですね」


 結局、二人の出した結論は同じだったようで、そこからは無言で目的地まで歩いて行った。



 ◆◆◆



 しばらく歩いた先、目的地は森の中の開けたスペースだった。

 指定場所の座標に従って歩みを進めると、そこにはテントがいくつか張られていた。

 二人の訪問を待っていたかのように、一人の男が腕を開いて歓迎した。


「ようこそ。ご足労ありがとうございます。私はロベリア・リナレス。『蒼焔』とも呼ばれています。以後お見知りおきを」


 芝居がかった仕草で一礼するロベリアと名乗った男。

 その男に控えるように六人程の男たちがいた。


「おや。若くして『十傑』に選ばれた()()『悪鬼』殿をお呼びたてしたかと思えば、()()『深影』嬢もいらっしゃるとは。光栄の至りですよ」


 ロベリアの言葉にヴェロニカが目を細める。


「私は彼の付き添いです。一人で森の中を歩いていくのが見えましたので、老婆心ながらご一緒したまでです。私につきましてはお気になさらず」


 さも事実かのように平然と嘘を並べる。

 実際は何かと理由を付けて、最初からゼインの後をついて来ただけだ。

 ゼインをたてるように一歩下がるヴェロニカ。

 そんな彼女の様子に、どこか嬉しそうにロベリアは口元を緩めながら口を開いた。


「そんなことをおっしゃらず。二人とも客人として歓迎いたしますよ。『十傑』に選ばれたとはいえ、まだまだ幼い『悪鬼』は心配でしょうとも。世話を焼けるように――」


 話している最中、それまで黙っていたゼインの言葉でロベリアは動きを止めた。


「――お前、人を殺しただろ」


 取り巻きの男たちもゼインの言葉で伺うようにロベリアを見つめる。

 視線が集まるなか、軽く咳ばらいをして釈明を始めた。


「確かに、おっしゃる通り。人を殺めたことはあります。ですが、今は戦争中。その中でやむを得ずに……といった事情なのです」


 故人を悼むように、時には目を伏せ、時には胸に手を当て、身振りを交えながら弁明する。

 しかし、そんなことは関係ないとばかりにゼインの瞳は冷ややかだった。


「仕方なく、子供を殺すのか? それも何度も――()()


 確信を持った口調で怒気をはらんだゼインは、瞳孔を開いてロベリアを見据える。

 ゼインの様子にヴェロニカも糾弾する眼差しを向ける。


「ふふふ、ふははは、あっははは。――どこまでも私の邪魔をする男だ」


 手で顔を隠して天を仰ぎ見るロベリア。

 高笑いをしていたが、目には怒りの炎が燃え、指の隙間からゼインを(にら)みつける。


「ろ、ロベリア様?」


 急変した主の様子に困惑する男たち。

 一人が近寄って様子を伺おうとしたその時、腰に佩いた剣を抜き、あろうことか近づいてきた男を切り殺した。

 突然の行動に男たちが固まる。

 それに構わずロベリアは次々と男たちを切り捨てていった。

 剣に付着した血を拭い取るとゼインたちに向き直る。


「ふぅ――。貴方がいけないんですよ『悪鬼』。余計なことを口走らなければ、彼らは生き長らえていたのですから」


 やれやれと首を振りながら、責めるようにゼインを非難する。

 目の前の惨状を路傍の石を眺めるように見つめるゼインとヴェロニカ。

 その態度が気に障ったようで、癇癪(かんしゃく)を起して罵る。


「――忌々しい若造が。なぜ貴様のような愚図が『十傑』に選ばれる。私のほうが能力も名声もあるというのに」

「単にお前が()()からだろ」

「……」


 ゼインの言葉でそれまで死体蹴りしていたロベリアは動きを止め、能面のような顔を浮かべる。


「フフフ、アハハハハ! 魔法もまともに使えない餓鬼が、粋がるなッ!!」


 高笑いしたかと思うと、鞘を捨ててゼインとの距離を詰める。

 ランクA+の名は伊達ではなく、鋭い踏み込みから無防備な顔めがけて剣を振り下ろす。

 当たる寸前、ゼインは左手で剣を掴む。


「チッ、そのまま切られればいいものを」


 忌々しげに吐き捨て、飛び退いて距離をとる。


「確かに近接戦闘の実力はあるみたいですね。では、これはどうですか!」


 何処に目を付けているのか、先ほどのゼインの行動を意に介していないロベリアは、切っ先を向け、二つ名の由来通りに蒼い炎を生じさせる。

 軽く剣を振ると、生み出された炎がゼインに襲い掛かる。

 十にも及ぶ炎がゼインを包むかに思えたが、どういう訳かすべてゼインを避けるように後ろの木々にぶつかる。


「……魔道具ですか、忌々しい」


 的外れなことを呟くロベリアに、ゼインは盛大にため息をつくと、幽鬼のような瞳を浮かべてロベリアの目前まで迫る。


「なっ!?」

「あほ。俺の実力だ」


 驚くロベリアに掌底をお見舞いする。

 まともに食らったロベリアの体は、木々をなぎ倒しながら数百メートル吹き飛ばされた。

 ロベリアは咳込みながら立ち上がると、顔を歪めてゼインを睨みつける。

 視線の先、土煙の向こう側で、ゼインは挑発するように指を振る。

 青筋を浮かべたロベリアが咆哮(ほうこう)する。


「――馬鹿にするのも大概にしろッ!」


 怒りに身を任せ、魔法を発動する。


「交代のために生かしておいてやろうと思ったが、もういい。原型を留めないほど焼き尽くしてやるッ!!」


 ロベリアの言葉通り、爆撃されたように周囲が蒼い炎に包まれる。

 剣でゼインを指し示すと、まるで意志を持っているかのように炎が躍動し、大口を開けてゼインを飲み込んだ。


「フハハハ、これで終わりです!!」


 上機嫌に笑うロベリア。

 ゼインの周辺の木々は炭化し、(ちり)となって消える。

 ロベリアに付き従っていた男たちの死骸も、原型を留めないほどに燃え尽きてしまった。



 ◆◆◆



 勝ちを確信して近づくロベリアに、どこからともなく声が掛けられる。


「あまり早急に結論付けるのは如何かと思いますよ」

「……『深影』か。貴様の口も封じなければな」

「やはり、あなたの目は節穴ですね」


 ヴェロニカの言葉に反論しようとしたロベリアだったが、頬を掠めた蒼い炎を見て動きを止めた。

 あえて掠らせるように放たれた炎は、どこからどう見ても己自身で生み出したものだった。

 見間違えようもない。幾度となく使ってきたのだから。

「深影」に相手の魔法を返せる能力があったのかと、疑念を抱いていると、先ほどまで燃え(たぎ)っていた蒼い炎が、いつの間にかゼインの周囲を渦巻いていた。


「――ど、どうして生きている!?」


 目を見開いて慌てふためくロベリアに凍えた視線を向けるゼイン。

 目の前の真実を受け入れられないロベリアが喚き散らす。


「魔法が使えない貴様が、どうして! なぜ私の魔法を使っているッ!」

「お前の魔法が低俗すぎるからだ」


 ゼインの一言でわなわなと震えだす。

 畳みかけるようにゼインは言葉を続けた。


「魔力の制御が甘い。構成が雑。見た目だけで威力も弱い。――無駄ばかりで拍子抜けだ」

「貴様は私を怒らせたッ!」

「――怒らせたのはお前のほうだ、屑野郎」


 ロベリアの叫びと対照的に、ゼインの言葉は静かに低く紡がれた。

 言葉だけじゃない。

 威圧と溢れ出る魔力でもってロベリアを一瞬で委縮させる。


「なっ……うっ……くっ……」


 たじろぐロベリア。

 ゼインは後ろで燃える蒼い炎のように、静かに激昂していた。


「クソッ、クソッ、クソオォォォ――!!」


 やけくそに魔法を乱発するも、すべてゼインを廻る蒼い炎にくべられるだけ。

 炎の球も、槍も、斬撃も、巨大な鳥を模したものでさえ、すべからく()まれる。

 ロベリアは必死の形相で剣を握りしめる。

 ゼインはまるで覇者のような風格で、ロベリアの児戯を封殺する。


「オオォォォ――!!」


 ロベリアが奥歯を噛みしめ、雄叫びを上げながら、ゼインに吶喊(とっかん)する。

 剣にすべての魔力を注ぎ込み、蒼い炎を纏わせながら渾身(こんしん)の一撃を放つ。


「――」


 奇しくも始めの攻防をなぞらえたような結果になった。

 剣に纏わりつく炎を意にも介さず、ゼインは左手で剣を掴む。

 その光景にロベリアの表情が凍り付く。

 ゼインが無造作にロベリアの顔を掴むと、ロベリアは命乞いを叫んだ。


「――お願いします、助けてください! もう二度と貴方に歯向かいませんから! 欲しいものがあれば、お金でも名声でも差し上げます! どうか――」

「――聞くに堪えん。お前も命乞いに聞く耳を持たなかっただろ? 因果応報だ」


 言いたいことを言い切ると、ロベリアの頭が果実のように弾け飛んだ。

 首から下の胴体が地に落ちる。

 ゼインが(きびす)を返すと、投げ込まれた餌に群がるように、空中に漂っていた蒼い炎が次々と殺到する。

 後には燃えつきた何かと地面の焼け焦げた後だけが残った。



 ◆◆◆



「よろしかったのですか? あっさりと殺してしまって」


 影から一部始終を見守っていたヴェロニカが、地面から生えるように姿を現す。

 その側を無視するように通り過ぎた。


「魂もろとも砕いた。砕けた破片もあいつの炎で焼き尽くした。俺からの報復は十分だろう」

「そんなものですかね。折角の大罪人を処断する機会なんですから、もっと好き勝手しても罰は当たらないと思いますけど」


 ヴェロニカの言葉にゼインは歩みを止めた。


「……別に俺は正義の執行者って訳じゃない。単にムカついただけで、それはやりすぎだろ」


 ぶっきらぼうに告げてゼインは再び歩き出す。


「……十分正義のヒーローですよ、貴方は」


 ヴェロニカの呟きは風と共に消え去った。



 ◆◆◆



「そういえば、()()の目的はあなたみたいでしたよ」


 ヴェロニカは一枚の紙を取り出してゼインに手渡す。


「……」


 手渡された紙に目を落とすと、それは賢人会の第一三八回「十傑」公表用紙だった。

 ご丁寧に名前の一番下、ゼインのところだけ黒い斜線で塗りつぶされており、ロベリアの言葉通り、取って代わる気満々のようだった。

 確認したゼインは無造作に紙を投げ捨てる。

 紙は風にのってゆらゆらと動き、未だに燃えている炎に入り、燃え尽きてしまう。

 その光景を眺めながらヴェロニカが口を開く。


「ここの後始末はどうされます?」

「……放置でいいだろう」

「分りました。あ、報告はこちらでしておくので結構ですよ」

「頼んだ」


 二人は後ろを振り返らず、来た道を引き返していった。


 未だに蒼く燃える森を残して――。


一言メモ

ゼインが手紙の違和感に気付いた理由は、書く直前でロベリアが子供を56したからです。

なぜそれで分かったのかは……後々出てくるかもしれません。

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