07 :日常1
風達が唯人に話を聞いた、その日の午後。
『草薙風、虎両名は、至急会議室に集合してください』
午前中いっぱい昼寝していた風は、自身を呼び出す放送にたたき起こされた。風は、また新たな要求か、とげんなりしながら会議室に向かう。
虎も同じことを思っているのだろうか。そんなことを考えつつ、風は会議室に到着した。そこに、虎はまだいない。
室内の会議机には梨奈が座っており、目の前のノートパソコンに厳しい視線を向けている。
遅れてきた虎が入室した時点で、梨奈は顔を上げた。
「質問です。あなたたちは、確かにこのディスクを奪還してきたのですね?」
緊張感をはらんだ声で、梨奈が口火を切る。
普段と違う梨奈の雰囲気に、ただならぬものを感じた二人。風は身を固くしながらも、頷いた。
「確かに、風はそれを持ってきたはずです」
虎も同意する。
その様子を、険しい目で見つめる梨奈。そして彼女は、大きなため息を一つ吐き、首を振る。
「ありがとう二人とも。もう帰りなさい」
一応は、この人が風達の上司という扱いなのだ、梨奈にこう言われては二人も従わざるを得ない。
まったく納得できず、なぜ自分たちが呼び出されたのかもわからないまま退室する二人。
ちなみに梨奈と唯人は立場的に対等だったりするのだが、唯人が何故か皆から軽んじられる傾向にあることだけは追記しておこう。
「なんだったんだ?」
「さあ…?」
会議室を出た二人。自室に戻りながら、顔を見合わせて首を傾げた。すごく思わせぶりな招集があって、あんな威圧を掛けられたのだ。もっと何かがあると思ったのに拍子抜けしてしまった。
周りの景色は相変わらず、コンクリート造りの武骨な通路である。近くの壁に設置された電灯が、ちかちかと瞬いている。寿命が近そうだ。
会議室からは風の部屋の方が近い。二人はその扉の前に立ち、しばらくの間雑談に興じる。
「明日から学校かぁ」
伸びをしつつ呟く風に、虎はじっとりとした視線を向けた。
「せっかく一日中ネトゲするいい機会だったのに、昨日は風のお守りで潰れたよ。せっかくの土曜日だったのに…。残るは今日の午後のみだ。今月は祝日もないし、貴重な休日だったんだよ?」
実はゲーマー気質なところがある虎。週末の過ごし方は基本、パソコンにかじりついてのゲームである。おかげで、月曜日には寝坊することが多い。
「明日は遅刻すんなよ?」
母心をだした風に、無言で返す虎。これ以上何か言われる前にと足早に去っていった。それを見て、風はため息をつく。
「……ったく、虎ったら」
そして部屋に戻ろうとドアノブを掴み、扉に貼られたメモ用紙を見てガッツポーズを一つ。
そこには、『風へ。今夜、風所望のフレンチを食べに行くかい? 唯人』と書かれていた。
◇
部屋に戻った虎は、愛用のパソコンを立ち上げる。
そして目についたオンラインゲームを立ち上げ、ソースコードの解析を始めた。
「おぉ、ここ弄れば、いいチートができそうだ」
ここには、草薙虎という名のリアルの住人はもういない。
代わりに、あらゆるオンラインゲームに出没し、BANされることもない無敵のチーターの姿があった。
最早、公式側にも公認となり、ゲーマーたちの間でラスボスとまでささやかれるチーター。アカウント名は、「Mr.HACKER」である。
◇
風と虎を会議室から追い出した梨奈。
彼女はしばらくパソコンの画面を睨みつけた後、掛けていた眼鏡を外した。フレームに埋め込まれたカメラのレンズが、きらりと光を反射する。
「この眼鏡を使っても、心拍数の変化は見られず、か。」
安心したようにつぶやき、そして椅子にもたれて天井を見る。そして、しばらくその体制に甘んじる。
パソコンの画面に表示された二人の生体反応を示すグラフ。もう一度それに目を落とした梨奈は、
「HDDデータがことごとくデリートされてるのは、少なくともあの二人とは関係なさそうね…」
ほんの微かな小声で呟き、「じゃああの人の仕業かしら」と続けた。
その独り言に呼応するように、廊下の電灯が一つ、音もなく消えた。
一章完結です!
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