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それから、しばらくの時が経った。
ここ数週間、二人はできるだけ一緒にいるように心がけていた。『草薙家はまだ敵じゃない』、虎はそう言っていたけれど、二人とも心の何処かでは警戒心がぬぐい切れていなかった。
梨奈もあの日からは何も言ってこない。二人が学校から帰って真っ先に話を聞きに行った時も、「虎、良かったね。もう大丈夫?」としか言わなかった。
風は、少なくとも朝の時点では、何かを伝えようとしてたのは間違いないのに。そう、釈然としない気持ちを抱えていた。
そして学校の方も、定期テストの後には夏休みが始まってしまった為に、真凛と話す機会を十分にとることができなかった。
そんなある日。
風に、召集がかかった。会議室に呼び出された風は、虎の部屋に入ってくるなり机に突っ伏して、言う。
「めんどくさい…」
今まで「いやだ」「怖い」というたぐいの弱音は聞き飽きるほどに聞いてきた虎だが、その『風の吐いた弱音辞典』の中にも、「めんどくさい」という言葉はなかった。
そもそも風は、なんだかんだ言いつつ、指令には従うものだ、と思っていたのだから当然だ。やって当たり前のことに、めんどくさいという感情は沸かない。
だが、今は違う。草薙家は、もう風の中の絶対的なものじゃない。故の、『面倒くさい』なのである。
「虎ぁ。ついてきて」
いやなものは友と共有するに限るとばかりに虎の腕を引いて会議室へと連れていく。
虎は、知っている。風のめんどくさい気持ちは本心かもしれないが、自分を連れていく口実としてそれを使ったのだということが。危険にさらすまいとする風の気遣いに、虎は嫌そうな表情を作りつつも素直に立ち上がってついていく。
会議室内では、梨奈が二人を待ち構えていた。
呼んだのは風だけであるはずなのに、虎も一緒に入室したことには触れず、二人に着席を促す梨奈。ちゃんと、お茶が二つ、用意されていた。
二人が着席したのを確認したうえで、梨奈は厳しい表情で口を開く。
それを横目に虎は、お茶を一口すすった。
「草薙風。あなたに、新たな指令です――」
梨奈の指令を簡単に言うと、こうだ。
新興麻薬、バエル。これは草薙家の調合する、秘伝の毒薬と構造が酷似していた。
その毒薬は「腐枢」と呼ばれ、中枢神経に作用することで心臓を止める、現代のあらゆる検査法にひっからない、自然死擬装用の毒薬だ。
が、しかし。<バエル>が広まり、新たな検出法が確立されてしまうと、同じ手で毒殺をした際に、他殺だとバレてしまう。
それを防ぐために、今のうちに製造元を叩け、との指令。
「は? なんで俺がやんなきゃならないんだよ」
イライラしたように文句を垂れる風。当たり前だ、誰も、実の父の敵の命令など聞きたくない。
対して梨奈は、いたって冷たく言い放つ。
「前回、あなたは私たちの指令を無視しました。次はありません。
…先日の刺客を、あなたは難なく切り抜けられたようですね。それで自信をつけたのかもしれませんが、次は甘くはありません。全力をもって、処分します」
梨奈の、温度のない視線にさらされ、一瞬ひるみかける風。その脳裏に、真凛と共闘したあのカフェでの出来事が思い起こされる。
だが、毅然とした態度で口を開き…
「それdむぐっ」
虎に口を押さえられ、言い切ることができなかった。
代わりに、虎が言う。
「仰せのままに」
そして、退出後。口をふさがれていた風は非難するような視線を、虎に向ける。
小声で、叫ぶ。
「何で口をふさいだ! だって梨奈姉ぇ! あれ、俺を襲ったのがやっぱり防衛課のだれかだったって言ってるようなものじゃないか」
「でもそれでも、死んでは敵討ちもくそもない」
虎が、即座に返し、風は口をつぐむ。
風の警戒心が上がり、ピリピリした殺気が伝わってくる。
「……」
虎は、無言で考える。
――それにしても、なぜ梨奈さんはあそこまで神経質になっていた? この程度の命令違反、風は手を出していない以上見逃されてもおかしくない。しかも、あの言葉を信じるならなおさらだ。それなのに処分警告は、度を越している?
あのお茶を飲んでも何もなかった、つまり毒は入っていなかったことから考えても、やっぱり梨奈さんに俺たちを殺す気はなさそうだし…。いや、でもそれはすべて、俺らを油断させるための罠…?
そう、虎は考えた。でも、話がややこしくなるので、風には言わなかった。
◇
「はぁ…。虎なら、気づくよね」
風の服に仕込んだ盗聴器で、二人の会話を聞いていた梨奈は、つぶやいた。




