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そして風が教室に滑り込むと同時に、チャイムが鳴る。
風には、真凛が遅刻せずに来れたのかはわからない。あの後、信号のせいで、彼女を完全に見失ったからだ。
「草薙風…遅刻、ですね」
先生のじとっとした視線と、クラスメートの、勇者を見る哀れみの目線にさらされながら、風は言い返す。
「先生、よく考えてください。
俺の足のほうが、チャイムより先に教室に入ってました。何なら監視カメラの映像があれば…」
そして、にらみ合い。HRの終了時刻が、どんどんと近づいてくる。
先におれたのは、先生。
「はぁ……。もういいです。分かりました、今日は見逃します。次からこんなぎりぎりに登校をした時には、遅刻扱いにしますからそのつもりで」
そういうと、「日直さん、お願いします」と言って立ち上がる。
日直の号令に合わせて礼をした風は、退出する先生が「草薙一家はどうしてこうも遅刻好きなのか…」とつぶやいたのを聞き逃さなかった。
「遅刻が好きなわけじゃないんだけど」
そうぼやき返しつつ、ぶぜんとした表情で先生の背中を見送る風。
その言葉はおそらく、先生の背中に届く前に失速し、虎の机に突き刺さった(ようにとあるクラスメイトの目には映った)。
風は、どうせなら虎の背中に突き刺さって改心するきっかけにでもなればいいのにと思った。
結局、虎が来たのは三時間目。授業を受け持っているのは、担任。
チャイムと同時に教室に入ってきた虎と先生の間で、火花が飛ぶ。そしてその火花は、先生の堪忍袋に着火した。
「三時間目に遅刻してくるとはいい度胸ですね、草薙虎君」
先生の恨みと怒りのこもった視線と、クラスメートの、(物理という退屈な)授業を中断させてくれた英雄に対する目線にさらされながら、虎は教室内へと入ってくる。
ちなみに( )の中は学年のほぼ全員の総意だが、間違っても先生の耳に入れてはいけない事実である。いくらみんなの態度からバレバレだとしても、だ。
「先生、よく考えてください。
俺の足のほうが、チャイムより先に教室に――(以下略)。
今朝の風とまったく同じことをもちだして反論するのは、教科書を持ちあげた状態で先生とにらみ合っている虎。
自分とまったく同じ言い訳を聞いて、風は、思い出す。
――次からは遅刻扱いにしますからそのつもりで。
虎が先生に許してもらえる可能性が万に一つもないことを察した風。故に、笑いをこらえるのに必死になる。いや、腹を抱えて机に突っ伏しているあたり、こらえ切れてはいない。
だから虎が、先生に「風にも今朝、同じ手を使われて見逃してやったから、お前はアウト」と言われたことに気が付かなかった。虎は、風に恨みがましい視線を向けて、そして恨みの対象が笑っていることに気が付いた。
その日虎の教科書の角が、石頭に激突してへこんだ。一方風は、頭に巨大なたんこぶをこしらえた。
二人とも、一日中不機嫌だった。
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放課後。
仲直りは、さっきした。その結果、風の頭のたんこぶが二つに増えた。虎の弁慶の泣き所も、痛みに泣く羽目になった。
よって、授業から解放されたというのに、風と虎の周りの空気は異常に重たいままである。
仲直りの結果:収支、マイナス。
「「この野郎…」」
二人は今、仲直り前よりもぎすぎすした雰囲気の中、うだるような暑さを歩いている。
その雰囲気は、何かを忘れるために必死になっているようにも見える。いやなことを忘れたいがために、リソースを喧嘩に割いているのだろうか。事情を知っている人ならば、そう思うだろう。
だが、実は。そんな空気の中であっても、二人を引き付けるものが、この世には存在しうるのだ。
「虎。俺は今、猛烈にアイスが食べたい」
「そうなんだね」
そっぽを向きつつ言った風に、虎は風と反対側にあるコンビニを見つつ答える。
その顔は、入り交じった複雑な感情のせいでかなり歪んでいる。
「……仕方ない。アイスのために一時停戦で?」
「異論なし」
話はまとまったので、二人はコンビニに寄る。
入店するとき、風は先日の襲撃事件を思い出して無意識に、肩をさすりつつ神経をとがらせていた。そして虎は、そんな風の様子に気が付かないほど鈍感ではない。
「風、どうした? 大丈夫?」
様子のおかしい風を心配して、虎が声をかける。
風は、この前襲撃されたから、と簡略的に説明しようとして、虎にはまだ話してすらいないことを思い出した。
「…黙ってたわけじゃなくて、単純に話す機会がなかっただけなんだ、ってことだけ先に伝えたい」
「何?」
口を開き何かを言おうとする風。が、虎は明後日の方向に視線を向けたまま、棚のアイスを漁っている。風は虎の肩を叩く。
「虎お前……。聞くつもりあるか? 俺の話」
「え? …あぁ、勿論」
一瞬何の話だっけと言う顔をしたのは、虎。
それを見て、風のたんこぶがうずきだす。だがそれが停戦終了という形で発現するより前に、虎は口を開いた。
「冗談だって。真に受けて怒るなよ」
そう言って肩に手を置くその行動に、風の堪忍袋にひびが入った。
だがそれが割れてはじけ飛ぶ前に、虎は続ける。
「あいつ、左から二番目の店員、こっちに聞き耳立てている感じがする。
俺の気のせいだといいんだけど…」
それだけ言って、虎は、空いたレジへと進んでいった。
レジ待ちの列に取り残された風は、無言でそれとなく、その店員を注視する。
――熱くなりすぎて、周囲の警戒がおろそかになってたな…。見たところあの店員は俺たちが万引きでもしないか見張ってる感じだけど、その視線にすら気が付かなかった。
風はその時初めて、自分に、思っていたよりも余裕がないことを自覚した。
そして今まで気が付かず、気が付いてからショックを受けている自分にも、強い衝撃を受けた。
――防衛課のやつが俺に牙をむいた程度で、なんでこんなに動揺している?
誰かと敵対関係に陥るなんて、いつものことじゃないか。
そう思い込もうと考えてみるも、どうしても異様な焦燥感と現実逃避が募る。
――そんなこと、事実として認めたくない。
その考えは耳の奥で鳴り続ける曲の幻想のように、風の頭を埋めつくしていく。
風は、服の内側を一筋の汗が流れるのを感じた。心拍数が、上昇している。




