16
そして教室に戻った二人を待っていたのは、クラスメイトの冷たい視線と、先生の「二人は放課後職員室にきてください」の一言。前途多難である。
遅刻の代償は、大きかった。
夜、何とか説教から解放された二人。
屋上という隠れ場所は鍵を掛けられ、もう手の届かないところになってしまった。
まあ風に言わせれば「あの程度の南京錠、ピッキングくらい目隠ししててもできるわ」だが、建前上は入れないことにしておくのが無難だ。
「はぁ、大分遅くなった」
帰り道。虎は、呟いた。
先を歩いていた風は、虎の方に振り返って、言った。
「でもおかげで、虎、お前の気も晴れただろ? 朝よりは格段にいい顔してるぜ」
「そりゃ復讐心を心の中の宝箱にしまい込んだからね」
ふと空を見上げた虎の視線の先には、明るい星が一つ、瞬いていた。
今夜は、晴れそうだ。
「ねえ風」
「ん?」
「…いや、何でもない」
虎の心の宝箱には、復讐心のほかにもう一つ、仕舞いこんだものがある。
今もれそうになったその本音を、もう一度宝箱に押し込み、大切にカギをかける。
しまい込まれたモノが何かを知っているのは、虎本人だけだ。
・
・
・
そして。
彼らは、”何気ない日”を演出する。ほとぼりが冷めるまでは、何も行動は起こさないと決めたのだ。
だが現実は、そううまくは運ばない。
屋上の一件から数日後、風と虎が教室で談笑していたその時だ。二人が草薙家から支給されている端末が、振動した。
――二回。ランク1の緊急招集か。
風と虎は視線を合わせると一つ頷き、一芝居を打った。
まず風がせき込み、同時に口の中を少し噛み切る。するとなんと、吐血する男に早変わり。
「先生! 風君が具合悪そうです!」
あとは虎が慌てたように言えば、先生は「病院行ってこい、早退届は書いといてやるから」と返すしかない。
何度も使える手ではないのが困りものだ。でも、今回はこれで乗り切れるのだから十分。
先生には心配を掛けさせたな、と思う風だったが、まあいいやの精神で忘れ去る。
会議室に二人が駆けこむと、そこで待っていたのは阿鼻叫喚の地獄絵図。
普段は最低限の物しか置かれていない会議室内だが、今日は足の踏み場もないほど大量のコード類が落ちている。そしてそれがつながっているのは、正面に用意された巨大モニターと無数のパソコン。
パソコンの前にはそれぞれ防衛課のメンバーが座っている。
普段電子関係の仕事を行うのは技術部サイバー班。虎の所属する班だ。だが今は明らかに、他の班からも応援がきている。その分野のスペシャリストであるサイバー班総出ですら人手が足りていない状況。それほどの非常事態。
つまりそれが意味することは。
――防衛課の存続さえ危ぶまれるような危機が迫っている。
直観的に判断した虎は、空いている席を見つけると、そこに座って状況の把握に努める。
「…<グリモワール>?」
一方、モニターを見ていた風は、そこに表示されている見慣れない組織の名前を呟いた。
◇
今何が起こっているのか。
その全容を正確に理解している者は、誰一人としていないだろう。
虎はそう思った。
そう思うしかないほど、混沌とした状況だった。
――察するに、AICTのメインサーバに<グリモワール>とかいう組織からハッキングを受けた。
でもセキュリティの管理をしてたお父さんが死んでて、その穴も埋まってない状況だったから初動が遅れて、今必死こいて<グリモワール>をサーバから締め出そうとしてる、ってとこかな。
とりあえず目についたログを読みつつ、虎は考える。
その思考は加速し、高速で流れるログは『盤面』として虎の頭で再構成される。
複雑なハッキングは、単純なゲームに置き換えて考えるのが虎の癖だった。
――ここからはRPG風味でお伝えします――
魔王 が あらわれた!
魔王:「ここが人間の宝物庫か…何を持っていこうか…」
騎士:「待て! それ以上の侵入は許さない!」
魔王:「その程度の力で、我を止められると思うか?」
騎士:「ぐわーッ!! だが…すぐにでも応援が来るだろう、魔王よ」
騎士 は 警報 を鳴らした!
魔王:「それにしてもここには頑丈な扉が付いているようだな…まあこの我にしてみれば、そんなものなど紙に同じ…」
??? :「させん! 【サイバーキック】!」
??? の サイバーキック が クリティカルヒット をした!
魔王 の 体力 が 330 削れた!
魔王 の 体力 が 0 になった時、魔王 はこの城から 雲散霧消 するだろう!
魔王:「お前は…! 誰だ? これからこの扉を破るところだというのに、邪魔をするでない!」
??? :「私は、勇者だ!」
魔王:「小賢しい…出でよ、我が忠実なる下僕よ! 【転移門出現】!」
魔王 は 転移門 を 出 現 させた!
転移門 からは 悪魔 が湧き出てくる!
魔王 は扉に 拳を叩きつけた !
扉 の 体力 が 430 削れた!
勇者:「なにっ!? …くっ、こうなってはこちらが不利だ……。【緊急招集】!」
勇者 は 緊急招集 を 発令 した!
勇者 は 緊急招集 を 発令 した後、しばらくの間 行動不能 になる!
勇者 の 応援 が ぞくぞくと駆けつけてきた!
魔法使い:「【フレイムバースト】っ!」
魔法使い は 悪魔 をやっつけた!
転移門 の 体力 が 30 削れた!
僧侶:「【ヒール】!」
聖騎士:「【カバーガード】!」
僧侶 は ヒール を使った!
扉 の 体力 が 250 回復した!
聖騎士 は カバーガード を使った!
魔王 の 扉 への攻撃が 聖騎士 に吸収された!
聖騎士 の 体力 が 530 削れた!
魔王 は 聖騎士 をやっつけた!
魔王:「フハハハハ、これでお前だけだな、僧侶! 【ダークラッシュ】!」
魔王 は ダークラッシュ を使った!
僧侶 の 体力 が 320 削れた!
魔王 は 僧侶 をやっつけた!
扉 の 体力 が 600 削れた!
扉 が壊された!
賢者&魔法使い:「「【フレイムバースト】ぉ!」」
賢者 は フレイムバースト を使った!
魔法使い は フレイムバースト を使った!
転移門 が壊された!
勇者 が動けるようになった!
勇者:「魔王よ、覚悟するがいい! 【マルテアソード】!」
勇者 は マルテアソード を使った!
勇者 は 魔王 をやっつけた!
you win!
虎は、キーボードをたたくのをやめた。
――この後の処理は、きっとほかの人たちがやってくれるだろう。
そう考えて、虎は、目を閉じた。目が潤むのは、きっと、集中し過ぎてドライアイになっていたからだ。決して、この攻防に、父のいないが故の穴を感じてしまったわけじゃない。
自分の心にそう言い聞かせて。虎は、袖で目頭をぬぐった。
『緊急招集(ランク1)の発令時においては、それに優先される任務を遂行中の構成員を除き、即時帰還を命じる』(出典:防衛課における任務遂行に関するマニュアル)




