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「これは…父さんの仕事用具か。しっかり手入れされた、綺麗なナイフだ…」
壁に掛けられたホルスターから隠しナイフを取り出し、それを眺めては思い出に浸り。
「あぁ、こんなこともあったな」
唯人の残した写真を見ては、その懐かしい声を思い出す。
風は、自分のお腹がすくことも、のどが渇くこともいとわずに、つらい現実から目を背けるように整理を続けた。
手紙を見つけてからどのくらいの時間がたっただろうか。
風が夢の中でも遺品整理を続けているとき、現実世界で部屋のドアが開け放たれる。
「風! 一体何日学校を無断欠勤するつもり?」
「むぁ…? はっ、梨奈姉ぇ…? どうしてここにいるの?」
口の端によだれの跡を、目の下に涙の痕を残した風は、梨奈に気が付いて目を覚ました。
風の本分は学生だ。いくら「万年欠席児」と言い張るにも、限度がある。
今日で葬式が終わってから三日目。その前の戦闘で風が休んでいたことを踏まえると、一週間は無断欠席してしまったことになる。
…というのは建前で、梨奈としては風を何とかして部屋から連れ出すことが目的だ。
さすがに、”弟”が三日も、亡き父の部屋に閉じこもり一歩も外に出てこなかったら心配もしようというもの。今日にいたっては朝から物音の一つもしないため、また葬式が執り行われる未来を幻視しながら生存確認に来たのだった。
そんな梨奈が見た物は、衰弱した風だった。
唯人の訃報を聞いてから食事はおろか水すら取っていなかったのだから当たり前だ。しかも包帯も変えておらず、所々に血がにじんでいる。
風の姉と自負している梨奈としては、風のそんな姿を放っておくことなどできなかった。
ため息をつきそうになるのをこらえて、腰に手を当てて、一喝。
「風…。まずは顔を洗って、包帯を取り換えてもらってきなさい!」
「え、あ はい」
頭が回っていなかった風は、梨奈の勢いに押されるようにして洗面台へ。
そして水を出そうと手を動かすが、体が違和感を感じ取る。
――こんなに体が動かないのも久しぶりだ。
それこそ父さんが生きていたころのスパルタ特訓の後くらい動かしにくい。
…あれ? 前が見にくくなってきたなぁ…。
思うように体が動かず、それどころか立っているうちに眩暈がしてきた風。動くこともかなわず、体が真綿に包まれたような感覚。意識をつなぎとめることに必死だ。
持ち前の体幹で何とか立っていたものの、それすら難しくなってきた。洗面台に手をつき、倒れないように体を支える。
「風!? 大丈夫?」
顔を洗うにしては時間がかかりすぎていることに不信感を抱いた梨奈。
洗面台に体をあずけるようにして動かなくなっている風を見つけると、すぐさま医療班の人を呼ぶ。そして自分は風の診察を始めた。
梨奈も一応防衛課に所属している身だ、一通りの応急処置は心得ている。
故にわかる。今の風は、一刻を争うほどの脱水状態になっていると。
「輸液輸液…あったこれか。よい子はマネしないようにね、っと」
唯人の部屋に常備されていたメディカルキットを開くと、輸液製剤を手に取り、風の腕にためらいなく注射する。
そして到着した医療班の担当者に風を引き渡す。安堵したようなため息と心配を含んだ目線で風を見送った梨奈は、その足でもう一人の”弟”のもとへ向かった。
「まったく、私の弟たちは、私がいなきゃダメなんだから…。私がいなくなったら、いくつ命があっても足りないわよ」
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そして次に風が目覚めたのは、ベッドの上。
先程よりもはっきりとした意識の中で、風は考える。
――なんか最近、よくぶっ倒れるな。不思議だ。デジャヴだ。…呪いかな?
それにしても少し暑いなぁ、エアコンの温度下げよう。
そして横に置いてあるリモコンへと手を伸ばす。
だが、否。一ミリたりとも動く気がしない。主に首から下が。不思議に思って下を見ると、バンドで固定された自分の体が目に入る。これは何だ? という文字が、風の顔に現れる。
それに気が付いたのか、茂がどこからともなく表れて一言。
「お前さん、一日で戻るって話だったのに四日も…いや、今日で五日か。その間脱走したろ?」
「……。」
無言の時間。心当たりがある風は、言い返せない。
それが、仕方のないことだったと知っている茂は、それ以上何も言わない。
その沈黙を破ったのは、梨奈だった。
遅れてやってきた彼女は、風の寝るベッドの横に立つ。
「肉親の死を悲しむなとは言わない。けどせめて、自分の体のことも考えなさい、風」
強気な梨奈にしては珍しく、眉尻を下げた表情。本当に、心から風を心配していることが、梨奈との付き合いの浅い茂にも分かった。
言いたいことは彼女が言ってくれるだろうと、彼は静かに退散する。
風も梨奈のその感情に気が付き、何となく姿勢を正そうとしたものの、身動きが取れないことを思い出す。諦めて首を梨奈の方に向け、小さな声で「ごめんなさい」。
「ホントに、皆に心配かけさせて。死んだ人にばっかりかまってると、私たちが…」
そういって梨奈は、一度口をつぐんだ。
風は次の言葉を、黙って待つ。
「いや、やっぱり何でもないわ。まあ今はしっかり休みなさい」
「うん、わかった」
風は梨奈が病室から去ったことを見届けて、ため息を吐く。言葉にならずとも、その気持ちは痛いほど伝わってきた。
そして目に涙を、口の端にかすかな笑いを浮かべながら、風は呟いた。
「『私の死をいつまでも引きずっていてほしくはない』か…」
ふと、風は天井に目を向け。
涙でゆがんだ視界の端で、唯人が笑ったように思った。
本編中で梨奈が、風に輸液を行うシーンがありました。
※輸液のことを筆者は、即効性のある水分補給の手段、程度の理解で書いていました…違ったらすみません。
梨奈は、あくまで「専門知識がある一般人」という設定です。
あの人、本気になったら戦場の最前線で、医療班の即戦力として働けるレベルだそうです。(茂爺さん談)
また筆者が「にわか知識の一般人」なため、本職の方々から見ると不自然な点が多々あるかと思います。
おかしなところを発見したよ! ここ違うだろ!? などありましたらお手数ですがコメント等頂ければと存じます…(-_-;)
何卒よろしくお願いします。




