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――ぇ?
父さんが、死んだ?
心が揺れる。めまいがする。立っていられなくなり、風は床にへたり込んだ。
なんで? この前まで元気だったよね? どうして父さんが? いつ? なんで? どうして?
たくさんの考えが頭に浮かんでは消えていく。現実味がなく、どこかフワフワしているようにも思える。廊下の白い壁がずっと遠くの方にあるように感じ、自分の体が落ちていく錯覚にとらわれる。
心が、『こんなの嘘だ』と叫んでいる。
だが、目の前の老人の悲痛な顔が、震えた手が。
これは現実だと、唯人の死は本当のことなのだと風に訴えかけてくる。
「これは、本当のことじゃ。信じられんかもしれんが、本当の出来事なんじゃ」
へたり込んだ風に、茂がそう声をかける。その足元にしずくが落ち、風は彼が泣いていることに気が付いた。
それでも、どうしても現実とは思えない。悪い夢であってほしい。
風の頭の中はそんな考えで埋め尽くされ。言葉を発しようとするたびにその口は乾いていく。
「見せて」
どれくらい時間がたっただろうか。
言った自覚のないまま、風はそう言葉を紡いでいた。
「父さんが死んだというなら、その証拠をみせて。
茂爺さん。
ねぇ、……お願い。できないと、言って」
――信じられない。認められるわけがない。
実は父は生きているのだと、これはたちの悪い嘘なんだと。茂爺さん。お願い、そう言って……。
だが、風のその想いは、願いは。
叶うことなく虚空に溶ける。
・
・
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『医療棟』地下。
そこには、火葬場が用意されている。
だがそれは、弔いを主目的としていない。…もちろん葬儀が行われることはある。
ここで弔われるのは主に、死因が明らかに外傷である死体。時には拷問の後さえ垣間見えるそれらを、敵味方問わず処理するために造られた場所である。
そして今、その一室に風はいた。
風の眼前には、体中に傷を負い、土気色と紫色の混ざったような、血色の悪い肌をした男。
顔には打ち覆いがかけられていた。風はおもむろに、その布を外す。
心の内は、人違いであってくれと、その一念だ。
だが、しかし。その下の顔は、確かに唯人の物であった。
最早何の表情も浮かべることのないその顔が、風の呆けた顔をからかうことのないその口が、何よりも如実に彼の死を物語り。
感覚が麻痺したのか、風は泣くこともできずただそこに立っていた。
不意に味覚が塩味を感じ取り、風は我に返った。
ひた、と自分の頬に掌を当てる。指先に、濡れた感触が伝わってくる。
あぁ、今俺、泣いてるんだ。妙に冷えた頭の中で、その一言が反響する。
驚いた。まさか父さんが死んだなんて。
認められなかった。今見ている光景が現実だなんて。
知らなかった。人が死ぬとは、どういうことか。
そして、気が付いた。伝え損ねた気持ちが、言うことができなかった言葉が、こんなにもたくさんあったのだと。
唯人の死は、その瞬間、風にとっての現実のものになった。
目の前の肉塊が、確かに唯人だったのだと、風の心が理解した。
「う…父さぁん……」
後ろに茂爺さんがいることなど忘れさり、人目をはばからずに声をあげて泣く。
次の日。
唯人の葬儀が執り行われた。
風が泣いている間に、もう葬式の段取りは決まっていたらしく、何もできない自分に風は唇をかむ。
葬儀中の記憶は、風にはほとんどない。
虎や虎の父がいなかったことに不信感を覚える余裕もなく、ただ流されるままに葬儀を済ませ。
気が付いたときには遺体が燃えていくさまを見つめていた。
防衛課式の葬式では、火葬が主流だ。万一にもそんな部署が表ざたになるわけにもいかないため、灰も残さぬよう高温で荼毘に付す。
そのため風のもとには、唯人の遺品の他に返ってくるものはなく。
心に穴が開いたような気持ちのまま遺品整理に勤しむ日々が続いた。
そんな中風の目に留まったのは、一枚の手紙だった。
古いアルバムの中から出てきたそれは封筒の中に入っており、表には『風へ』と書かれていた。
『風へ。
この手紙をお前が読んでいるということは、私はもうこの世にいないんだね。
まあ、これが私に下った天命だと思って納得してほしい。
つぎに私たちが会えるのは、風が死んだときになるんだろうね。その時が、できる限り遠い未来であることを私は祈ってるよ。
ただお前のことだから、私の死に無気力になっていないかが心配でならない。でもね、風。人はいつか死ぬんだ、私の死をいつまでも引きずっていてほしくはないかな。
らしくないことを書いてしまってちょっと後悔してる自分がいるけど、これは本心だ。風には私のせいで不幸になってほしくはないし、もっとたくさんの友達を、仲間を作ってほしいと思ってる。
拠りどころが父しかいない人生だった、なんて報告、私は天国で聞きたいとは思わない。だからね、風。本当に、私のことは気にしないでほしい。お前には、お前の人生を生きてほしい。
点を打ってここで書き終えることも考えたんだけど、やっぱり風には、もうひとつだけ伝えたい。
下手をすればもう見つかってるかもしれないけど、ベッドの下の薄い本は速やかに処分してほしいかな。あ、風が気に入ったら取っておいてもいいよ。
PS.風の成長が見られないことに対する心残りだけが私の未練です。風、生まれてきてくれて、ありがとう』
アルバムを開いたときに落ちてきたそれを拾い、床に座って封を開け――。
読み終わった風は、頬に伝う涙をぬぐいもせず、笑っていた。
「ははっ……父さんも男だったんだなぁ。死んで真っ先に気にすることがそれとはね…
まったく、他に書くことなかったのかよ……。」
ひとしきり笑った後。
風はベッドの下に手を入れ、まさぐった。父がデジタル派ではなかったことに少し驚きつつ、気に入ったらどこに隠そうか、と考える風。
その顔には、先程よりも余裕があるように見えた。
風の本の趣味が、父と合わなかったことを追記しておこう。




