028 アズサ、三十四階層で食材集め、三十五階層の酒屋に行く
三十四階層では、食料の調達にいそしんだ。魔物化していない、鶏やら猪やら牛やらがいる。お一人様一羽、一頭までとかの立て札が立っていた。
魔人イグノは完全に無視して、獲れるだけ獲りまくっていた。魔人に注意する無謀な人なんていないもの。
私たちは、三十四階層には香草とか、葉物野菜が育っていたので、それらを収穫して、アリスが料理人スキルで保存できるように加工していた。
三十四階層は、ダンジョンの食糧倉庫とでもいうべき階層だった。三十五階層に移動すると普通に魔物が闊歩する世界になっていた。三十四階層だけが極めて特殊な階層だと思う。
エルダーリッチに言われたこともあってというか、どうしても、イグノが酒屋に行くというので、仕方なく、酒屋を探した。この階層には魔物しかいない。ゴブリンも人種もいない。どう考えても酒屋があるとは思えない。
周囲は鬱蒼とした森だ。
「エルダーリッチは、冗談を言っただけかもしれん。酒屋なんてどこにもないぞ」とイグノがボヤいている。私もこんなところでお店を出す酔狂な者はいないと思う。
「待て、酒の匂いがする。お前ら俺についてこい」
護衛が護衛対象に命令をする。イグノの後に私たちはついて行った。イグノによく似たトラが立っていた。一番驚いていたのはイグノだった。「まさか、オジキ?」
「オジキ、一体ここで何をしているんだ?」
「酒屋」
魔人が経営している酒屋とは思わなかった。「エルダーリッチ様から紹介されました」
「あっそ」
イグノの叔父さんは木の洞に入って行った。酒屋の入口らしい。イグノは中に入るのをなぜか躊躇っていたので、私が先頭になって入った。中はちゃんとした酒屋だった。
お店の陳列棚に見事な筆跡で、ただ今大特価ワインセールと書かれた紙が貼ってある。どうもこの店は、ワインの専門店ぽい。私にはお酒の知識がまったくないので、アリスとヒロシにどれが良いのか尋ねてみた。
「どのお酒が良いのかしら?」
「見たことがない品揃えで、まったくわかりません。そこの棚にさりげなく置いてあるワインってヴィンテージものです。一般庶民が飲めるワインではないことはわかります」
「そうなんだ」アリスが言うヴィンテージの意味が私にはわからない。
「あのう、お勧めってありますか?」
イグノの叔父さんは私を見つめて、「これ」って指をさした。「ではそれをいただきます」
「銀貨五枚」私はイグノの叔父さんに銀貨五枚を渡した。アリスが自分の荷物に入れた。弟子としての務めだとでも言うように。
イグノは叔父さんを見つめて、「なんで帰ってこないだよ」
「仕事」
「イグノ様、叔父様が、お屋敷に戻られなかったのですか?」
「三十年前に『酒』って一言、言って屋敷を出たきり戻って来なかった」
昔から単語だけしか言わなかったのか。
「オジキ、魔人の中でも超エリートの我がボードレル家の魔人が酒屋をやっていて、恥ずかしくないのか」
「ない」
「オジキ、父上に報告するからな」
「……」
「お前ら、このことは他言無用だからな」
「承知しました」
「お前ら出るぞ」というとドカドカと音をたてながら、イグノは店を出た。
イグノの叔父さんは「グダらん」と一言と言うと店の奥に引っ込んでしまった。
「魔人と言っても色々な魔人がいるんですね」とヒロシが言う。たぶん、イグノの叔父さんはワインが好きで、酒屋になってしまったのではないかと思う。趣味が高じてワイン専門店を開いたのかもしれない。エリート主義のイグノには理解できないのかもしれない。
私たちも酒屋を出た。次の階層はインフェルノだから、絶対に私のシールドから出ないようにね」
ヒューヒュー「了解です」と影の薄い戦士が答えた。相変わらずどこにいるのかわからない。
「あれ、魔人がいないです。お師匠様」
「イグノは、魔人だし、インフェルノのは体験済みだから良いんじゃないの」
「エルダーリッチ様が言うように、インフェルノで焼肉ができるのでしょうか? どう考えても一瞬で肉が黒焦げになると思いますけど」
「私のシールド内なら可能だと思います。それとおいちゃんが言っていたように、革袋にインフェルノの焼けた石は必ず入れること。氷雪地獄、コキュートスにはおそらく長期の滞在になると思いますから」
「了解です」影の薄い戦士の声も聞こえた気がする。




