1-1 蔑まれた少年
息抜きで投稿しました
かなりはっちゃける予定です
その日はとてもいい日だった。雲一つない晴天。夏ということもあり、気温は三十五度を上回っていた。こういう日は海や川などの水辺で過ごせば、とても気持ちがいいだろう。
事実、その日は休日だったこともあり、全国の海や川では多くの人間で賑わっていた。海の家やホテルも繁盛し、屋台などが出ているところもあった。
その一方で、快晴でありながらほとんど人気のない川辺があった。それ自体は珍しいことではない。いくら数多くの人間が水辺に出かけようと、全ての水辺が人で埋め尽くされるわけではない。だから、この光景自体はありふれた光景のはずなのだ。しかし、この川辺に一人を除いて誰もいない理由を聞けば誰もがその奇特さに眉をひそめることだろう。
それから、数分後。二人の釣り人と思しき人間が現れる。実はこの川は珍しい魚が釣れるということで釣り人からはそこそこ人気があるのだ。その恩恵に与ろうとこの二人も川辺に来たのだろう。
だが、持ってきた荷物を地面に置こうとしたところで二人の内の片割れが露骨に顔をしかめる。
「げっ……!」
「どうした? ……うわっ!」
先に到着した連れがおかしな声を上げたのを見て、もう一人が怪訝そうに眉をひそめるがその理由をすぐに察して、同じように声を上げる。
「ちっ。あんな奴がいたんじゃ、釣りなんざできやしねー。行くぞ」
「ああ。……ったく、何でここに来てんだよ。あのゴミ……」
釣り人たちは恨み言を吐きながら、その場を去っていく。彼らの行動を見て、川辺に体操座りをしていた少年は小さくため息をつく。
――どうして……。どうして、ぼくはみんなからきらわれるんだろう……。どうして、ぼくはこんなにダメなんだろう……。
少年はそう独りごちた。そこそこ小綺麗な格好をしていたが、少年の目に生気はない。まるで、母親に置いていかれた子供のように川辺で丸まっていた。
少年の名はワーナー・カルドザス。今年でちょうど齢七つになるのだが、ワーナーに年頃の腕白さは欠片もなかった。あるはずもない。何せ、彼には同年代の遊び相手など一人もいなかったのだから。
誰も見ない。誰も見てくれない。それがワーナーの日常だった。
いや、正確にはワーナーを見ている者たちはいた。けれど、それも時間が経つにつれて徐々にいなくなってしまった。
最初はこうではなかったのだ。少なくとも物心ついてすぐの頃は普通に過ごせていたのだ。しかし、時間が経つにつれて徐々におかしくなっていった。
異様に彼だけが排斥されはじめたのだ。それは年々ひどくなり、七歳になった今ではたった一人を除いて、彼にまともに接する人間などいなくなってしまった。そんな日常を過ごしていれば、少年から笑顔が奪われるのは仕方のないことだった。
そんなワーナーの数少ない心のよりどころは二つあった。一つは自分をただ一人見てくれる人物。そして、もう一つが……。
「……おいで」
ワーナーが小さく呟く。すると、ワーナーの右側から複数の激しい音が近付いてくる。ワーナーはそれに怯えた表情を見せることなく、むしろ両手を広げて高速接近してくる物体を受け入れる準備をする。それを見て、彼らはワーナーの方へと飛びかかる。ワーナーは彼らをその小さな体をめいっぱい使って受け止める。
「もう。あぶないよ」
ワーナーに飛びついたのは無数の犬や猫だった。彼らはワーナーの顔や手を舐めたりしており、嬉しそうにワーナーにじゃれついてくる。それにワーナーは苦笑いをしながらも、彼らの頭を優しく撫でてやる。
そう。ワーナーは人から好かれない代わりに人以外から好かれるようになったのだ。どんな凶暴な犬であろうと、それこそライオンやトラといった猛獣であろうと関係無しに手なずけることができる。それ以外でも人でさえなければ、彼はどんな相手とでも友達になれた。
これがあったからこそ、まだ幼いワーナーは何とか生きてこれたのだ。もし、世界の全てから嫌われていたら、彼はとっくに壊れていたかもしれない。
多くの動物とじゃれ合ううちにワーナーはようやく笑顔を見せる。彼が心を開ける相手はとても少ない。だからこそ、彼は動物をとても大切にしているのだ。
「こんなところにいたのね」
そこで一人の女性に話しかけられる。犬や猫たちと遊んでいたワーナーは彼女を見て、まるで迷子のように目を潤ませる。
「……お母さん……」
「帰りましょう」
「うん……。ごめんね、そろそろ帰るよ」
ワーナーは自分の手を舐めてくる犬の頭を撫でながら言う。彼の言葉に犬たちは名残惜しそうに小さな声で鳴く。その様子を見てワーナーは後ろ髪が引かれる思いに駆られたが、自分を唯一愛してくれる母の言葉を無視することもできず、犬たちに謝りながら去っていく。
帰り道。母はワーナーの方を見て、
「ちょっと元気がないわね。さっきまであの子たちと楽しそうに遊んでたみたいだけど……何かあった?」
「……何もない。いつもどおりだよ」
その言葉で母は大体のことを察したらしく、微笑みながら先ほどワーナーが犬たちにやっていたように優しく頭を撫でる。
「ワーナー。いつも言ってるけど、たとえ、誰に何と言われようとあなたが気にする必要はいいのよ。あなたは立派な男の子なんだから」
「うん……」
齢六つとは思えないほど聡明だったワーナーは母の言いたいことが分かった。けれど、聡明だったからこそ母の言うことが容易ではないことも理解していた。そもそも、あまりにもおかしいのだ。自分が何か悪いことをしてしまったのであれば嫌われるのも分かる。だけど、ワーナーにその覚えはない。
仮に無自覚の内にやってしまったとしても最近では見知らぬ人にすら初見でいきなり嫌われてしまうのだ。先ほどの釣り人たちとてワーナーとは初対面のはずだった。にもかかわらず、あの態度。どう考えても普通ではない。
聡いワーナーは大体分かっていた。自分は普通ではないことを。普通ではないからこそ、周りの人間から嫌われることを。
ワーナーは怖かった。自分に無償の愛情を注いでくれる母がいつか他の人間のように自分を嫌ってしまうのではないかと。年々周りの態度はひどくなっている。この状況を見れば、母がいつまでも自分に愛情を与えてくれると考えると楽観的に考えることはできなかった。
考えれば考えるほど気分が沈む。それは彼の視野を著しく狭めていった。それこそ自分たちに近付く脅威に到底気付くことができないほどに……。
「よー。忌み子ちゃん。元気そうで何よりだなぁ」
柱の陰から出てきたのは複数の男たちだった。人数は五人。彼らは醜悪な笑みを浮かべながらも、それぞれ金属バットや金棒などの武器を持っていた。
「あなたたちは……!」
彼らを見て母がとっさにワーナーの前に出て庇おうとしたときだった。男たちの一人が何のためらいもなく母に金属バットを振り下ろす。
それは母の頭に直撃し、そのまま母はその場にくずおれる。
「おかあ……さん……?」
何が起こったのか理解できずにワーナーは呆然と呟く。そんな彼に母を殴った男とは違う男が笑いながら近づく。男はワーナーを見下ろすと金棒を振りかぶる。
「死ね! クソガキ!」
振り下ろされた金棒を避けることもできずに脳天に食らってしまう。あまりの衝撃と鈍痛にワーナーは顔を歪める。為す術なくその場に倒れるワーナーを男たちは嘲笑する。
「ははははははは! ざまあみろ!! これで俺たちは一気に有名人だ!!」
下卑た笑いを浮かべながら男たちは去っていく。薄れゆく意識の中でワーナーはその騒音を聞いていた。
そして、世界は急速に動く――。




