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虐げられた令嬢ラヴェンナは何も知らない  作者: あらいサラ


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7/7

7.ラヴェンナは幸せを知りたい(終)

よく晴れた日の、とある街の小さなお店にて。


ラヴェンナの目の前には、白くて丸い物がひとつ、白い皿の上に置かれていた。ほのかに湯気が立ち上るそれが、『食べ物』であることだけは理解できた。


「……ナカ、これ、なに?」


まだ目的地のラルフォーレには到着していないはずだ。なぜ道中の街の飲食店で、急に身体の主導権を渡されたのだろうかと首を傾げていると、頭の中に声が響いた。


『これは肉まんさ』

「にくまん?」

『パンみたいな生地の中に肉餡をたっぷり詰めた蒸し料理でね、あたしの好物なんだよ』


聞き馴染みのない名前だ。少なくとも、あの子爵家では見たこともない。


おそるおそる指先で触れてみると、ふんわりと温かい生地にラヴェンナの指がわずかに沈み込んだ。


『食べてごらん』

「……いいの?」

『体力もついてきたし、胃もちゃんと動き出してる。そろそろ食べられるものを増やしても良い頃だろう』


あの戴冠式の騒動以降、ラヴェンナは城でも子爵家でもずっと味のない病人食ばかりを食べさせられていた。ナカによって子爵家を抜け出したあとも、基本的には薄味で胃腸に優しい料理を中心とした食生活が続いていたのだ。


思ったよりもずっしりと重たい肉まんを持ち上げ、すんと匂いを嗅いでみる。それほど強い匂いはしない。これも『びょうにんしょく』なのだろうか。


口を小さく開けて、そっと生地に齧りついてみる。

ほんのり甘くて、想像よりも遥かに柔らかい。子爵家で長年ラヴェンナの主食だったカビの生えた硬い黒パンとは雲泥の差だった。


ラヴェンナは目を丸くさせ、ルビーのような輝く瞳を輝かせながら、もう一口大きく齧りつく。

今度は、中に詰まったジューシーな肉餡が口いっぱいに転がり込んできた。


「――――!!」

『どうだい?』

「ナカ…すごい、これ……ほっぺのおくが、ぎゅーってなる」

『ははっ!それはね、食べ物に反応して唾液腺が刺激されて……あー、つまり、あまりの美味さに頬が落ちそうになってるってことさ』

「おいしい……?ほっぺ、おちるの?」


本当に落ちてしまっては困ると、少しだけ肉付きの良くなってきた自分の頬をあわてて両手で押さえるラヴェンナ。


そんな愛らしい姿に、『本当に落ちたりはしないよ』とナカの温かな笑い声が頭の中に響いた。


『――いいかい、ラビ。それが“美味しい”っていう気持ちだよ』

「ほっぺが、いたいのが?」

『頬が痛くなるのは身体の反応だからねぇ。それを食べて、ラビ自身はどう感じたんだい?』


ナカに問われ、ラヴェンナは胸の奥にある自分の感情をそっと探る。


「やわらかくて、ちょっとあまくて、おにくがいろんなあじして……なんだか、うれしかった……?」

『そう。それが、美味しいってことさ』


まるで祖母が孫を優しく褒めるような声色。同じ身体を共有しているはずなのに、ラヴェンナはまるでナカに頭を優しく撫でられているような気持ちになった。


「これが、おいしい……」

『美味しいは、幸せのひとつの形だよ』

「しあわせ?」

『幸せっていうのはね、いろんな形があるんだ。食べ物を食べて美味しい、柔らかい布団に包まれて気持ち良い、誰かに褒められて嬉しい……その全部が幸せさ。これからあんたは、その幸せをたくさん集めていくんだよ』


――幸せを集める。

心が幼いラヴェンナにはまだ理解できなかったけれど、ナカに褒められると心が何かに満たされて、じんわりと温かくなる感覚ならよく知っている。


「しあわせ……。ナカと、いると、しあわせ」

『ハハハッ、それは有難いねぇ。あたしもラビといると幸せだよ』


ナカも自分と同じ気持ちでいてくれた。その事を心の中で噛みしめるとピョンと跳ねたくなる。これが『嬉しい』という感覚なのだと知った。


「しあわせだと、こころがあったかくなるね」

『そうだね。これからもっとたくさんの幸せを、二人で探しに行こう』


小さく頷き、ラヴェンナは残りの肉まんを大切そうに口へと運んだ。


――かつて暗く汚い物置小屋で虐げられていた少女は今、青空の下で小さな幸せを噛みしめている。


世界の広さも、これから出会う人々の温もりも、まだ何も知らない。

けれど、自分を包み込んでくれる彼女がいれば、きっとどこまでだって歩いていけるだろう。


『さあ、お腹が膨らんだら出発しよう。馬車乗り場まで歩いていけるね?』

「…うん!」


二つの魂をひとつの身体に宿した少女は、まだ弱々しい足取りながらも、未来へとその一歩を踏み出したのだった。


◇おしまい◇

ナカは『中の人』という意味で『ナカ』なので、生前の名前は別物です。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

また、明日からは【断罪されたくないので遊び人の『日替り彼女』になります! 】全6話、1日2回更新が始まります。こちらも併せてごらんください。


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― 新着の感想 ―
えっ!もっと読みたーい(*´ω`*)です! ラビがもっと幸せになっなり、ナカさんとの日常や弟子さんとの出会いも気になるー! 新しいのも読みに行きまーす!
完結おめでとうございます。ラヴェンナに幸あれ。 加害者家族が罰された後も誰も保護者がいなかったのがモヤモヤですが、最強の保護者ナカと幸せになれたら良いなぁ。 それにラヴェンナが将来凄腕薬師になって…
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