05 想望
彼が去って三十年。
僕は老いた。
彼の子孫のために書物を作り、星船の記録も参照したものは紙に残した。
ウェスペルに書物を献上し、僕は次代へ侯爵位を譲渡した。
大神殿からハルトのダミーアンドロイドが迎えに来た。
フローレスへ出向いて欲しいと。
理由を聞くが「回答不能」と言われた。
しかし僕はもう行けない。
ずっと床に伏している。
ダミーアンドロイドはしばらく中空を見つめ、
「では、また伺います」
そう言って去って行った。
「やあ、ミシェール」
聞き覚えのある声。
「ああ、すっかり爺さんだねぇ」
闇の広がる私の部屋、ランタンの灯りに透ける金の髪。
「君かい? 王子様」
「ハハッ。いつの話だよぉ」
下卑た笑みはそのままだ。
「たまたま交易船に乗ってきたら、あんたが息子に書物をくれたっていうからさぁ。懐かしいねぇって」
「ウェスペル国王陛下と話したのかい?」
「いいや、頭を覗いてるんだよ。王城の『禁足地』を経由してねぇ。イヤーカフ、着けさせたろぉ?」
聞けば王族だけ、とは言うが、ただの戸籍管理ではなかったのか。
⋯⋯ああ、本当に彼にとって僕たちは、好き勝手できるただの情報なんだな。
「あんたに会って結構楽しかったよぉ。最後に言っておこうと思ってねぇ」
「もう、ここに戻るつもりはないんだね?」
「ああ、ないねぇ。しばらく冷凍睡眠するつもりだよ。六十四人目までは生きてないとならないからさぁ」
六十四人目?
何の話だ?
「誰にも言うなよ。邪魔したら許さないよぉ」
ソフィアのクローンが六十四体。
王妃はクローン、生体コンピュータだった。
その後は王が即位する度にハルトが一体ずつ引き渡す。
「なんてことを⋯⋯」
「ステファンは科学が嫌いだろぉ? どう考えてもコンピュータなしでやっていける訳ないよなぁ?」
ああ、王妃が静かだった訳だ。
でも、何故?
「何故わざわざ最後まで見届けるんだい?」
「決まってるだろぉ? ハルトとソフィアが最後に何かやらかすに違いないからだよぉ」
⋯⋯そんな事のために?
「ハルトとルースがソフィアを隠してるなんてのは、決まりきった事だ。だったら、最後に手に入れたいよねぇ」
⋯⋯ああ、ジェームズ。
君はどうしても、愛されたいんだね。
青紫の瞳の女性に。
だからクローンを捨てて出ていったんだ。
「ああ、わかった。あのお人形の事は内緒にしておこう。歴史書にも書かずにおくよ」
「頼むよぉ」
彼は満足げな顔で笑って、暗闇に消えて行った。
最後に見る彼の笑顔がこれなら、僕は僥倖だ。
美しく、そして醜い、我がRefuge(心の拠り所)。
「王よ。あなたに幸あらんことを」




