エピソード39、沈黙の運び屋
それから数ヶ月が過ぎた。
木星圏の酒場では、ある噂がまことしやかに囁かれていた。
決して捕まらない、謎の輸送船の話だ。
「聞いたか? ガニメデの開拓村、食料危機で全滅しかけてたらしいけど、一夜にして倉庫が一杯になったってよ」
「GAの封鎖線をどうやって抜けたんだか」
「幽霊船じゃないのか?」
「いや、見た奴がいる。白地に青いラインの、古い民間船だってさ」
小惑星帯の影に隠れた、名もなきコロニー。
そこに一隻の船が静かに接舷していた。
〈ホシノナギサ〉だ。
ハッチが開き、物資の搬出が行われる。
海斗は一回り逞しくなった腕で、重いコンテナを軽々と運んでいた。
以前のような頼りなさは消え、プロの機関士としての自信が顔つきに表れている。
ココはタブレットを片手に、次の航路計算をしていた。
その表情は穏やかだ。過去の亡霊に怯える様子はない。
彼女はもう、自分が「疫病神」だなんて思っていない。このチームに欠かせない「羅針盤」だと知っているからだ。
戸来は、コロニーの代表者と握手を交わしていた。
老人は涙ぐみながら感謝の言葉を繰り返す。
「本当に助かった。あんたたちのおかげで、孫たちも冬を越せる。……礼は何でもする。GAに通報もしない」
「礼は正規の料金だけでいい。それに、通報したところで俺たちは捕まらないよ」
戸来はニカっと笑った。
その笑顔には、宇宙の荒波を越えてきた者特有の太々しさがあった。
搬出が終わり、三人が船に戻る。
《出港準備完了。次の目的地はカリスト周辺、依頼品は医療用ナノマシンです》
スピーカーからミナトの声がする。
以前よりも口調が滑らかになり、どこか人間臭い抑揚がついている。
「へいへい。人使いが荒いこって」
海斗がぼやく。
《私の計算では、海斗さんの疲労度はまだ限界の四割です。サボる口実としては不十分です》
「うっさいわ! そういうとこだぞAI!」
「はいはい、喧嘩しない。さっさと行くわよ」
ココが操縦席に座り、慣れた手つきでシステムを起動する。
戸来はキャプテンシートに座り、二人と一台を見渡した。
恐怖で結ばれた関係は、いつしか揺るぎない信頼で結ばれた家族になっていた。
「よし。野郎ども、稼ぐぞ」
「アイアイサー!」
〈ホシノナギサ〉がスラスターを吹かす。
GAの警備艇が嗅ぎつけるよりも早く、彼らは星の海へと溶け込んでいった。
誰も知らない「近道」の予兆を読み、誰よりも巧みにそれを回避し、時に利用して。
沈黙の運び屋は、今日も木星の空を翔ける。




