エピソード40、いつか、火星の空の下で
火星、アウロラ・プレート。
路地裏にある居酒屋〈ホタル〉は、今日も変わらぬ賑わいを見せていた。
カウンターの中で鍋を振る佐渡銀造は、ふと手を止めて窓の外を見た。
赤い空。
相変わらずの砂嵐。
だが、彼の目にはその向こうにある星が見えているようだった。
「おい、銀造」
奥の個室から、嘉瀬航平が出てきた。
手にはタブレットを持っている。
「届いたぞ。あいつらからだ」
佐渡はエプロンで手を拭き、画面を覗き込んだ。
そこには、一通のメッセージと画像が表示されていた。
画像は、木星の大赤斑をバックに撮られたものだ。
傷だらけで、継ぎ接ぎだらけだが、どこか誇らしげな〈ホシノナギサ〉。
そしてその前で、満面の笑みを浮かべる三人。
戸来、海斗、そしてココ。
メッセージは短かった。
『木星は広い。まだしばらく、帰れそうにない。ツケは払った。利子は、土産話で』
添付されていた入金データは、〈メンバメイ〉で借りた支援物資の代金を十分に上回る額だった。
「……あいつら、やりおったわ」
佐渡は目を細め、口元を緩めた。
鼻の奥がツンとするのを、咳払いで誤魔化す。
「どうやら、立派な運び屋になったみたいやな」
「ああ。火星に収まる器じゃなかったってことや」
嘉瀬も満足そうに笑った。
佐渡は店の奥へ声をかけた。
「春海ー! ちょっと来てみ」
春海が、腕の中に小さな赤ん坊を抱いて出てきた。
娘の遥香だ。
佐渡は彼女にタブレットを見せる。
「見てみ。戸来たちや」
春海は画面を見て、くすりと笑った。
「本当。……無茶ばっかりして。顔見ればわかるわ。ココちゃんも笑ってる。……もう大丈夫そうね」
「せやな。みんな、ええ顔してる」
春海は遥香の頬を指でつつきながら言った。
「いつか、この子が大きくなったら、会いに行きましょうか。木星へ」
「そらええな。ナギサに乗せてもらわんとな」
佐渡は再び窓の外を見上げた。
火星の空の向こう、遥か彼方の木星圏。
そこには、彼が愛した船と、彼が信じた仲間たちがいる。
木星の影。
静寂の宇宙を、白地に青いラインの船が進んでいく。
戸来は前方を見据え、小さく号令をかけた。
「準備よし。──行くぞ」
スラスターが光を放つ。
〈ホシノナギサ〉は、終わりのない、けれど自由な航路へと加速していった。
星々の記憶を乗せて、彼らの旅は続いていく。




