阿部君の話が逸れるのは、私のせい?
「それで、阿部君はどうしたんだい? まさか確実に監視カメラで撮影されている大きな正門から堂々と入っていったんじゃないだろうね? するわけないか。その時は、まだダミーって知らなかったもんね。疑ってごめん」
「ほんとですよ。まさか、そんな事をするわけないじゃないですか。コソコソと入っていったんですよ。堂々とじゃなくて」
「えっええー! そんなの普通に住居侵入で捕まっても、文句を言えないぞ」
「大丈夫ですよ。きちんと変装をしていたので。私だとは分からないです」
「え? ええー! 朝の明るい時間に、怪盗活動時の衣装のあのトラの覆面を被って歩いてたのかい? それは……」
「そんなわけないじゃないですか。コメディじゃあるまいし。私の変装の七つ道具の一つである伊達メガネを使ったに決まってるでしょ」
「そ、そうか。それなら完璧だね」
下手な粗探しというか、正論を言ってはいけない時が、人生には度々あるのだ。今が、その時だ。警察に勾留された時に、少なくとも住居侵入などの容疑はなかったようなのだから、わざわざ粒立てる必要はない。それよりも事件の話だ。
「でしょ? そして中に入ってまずは裏側というか屋敷から見たら表側に身を隠して、策を練ったんです。そこなら少なくとも通行人からは見られないので。家側からは丸見えじゃないかって、言わないでくださいね。どうせ入って時点でカメラで見られてると開き直ってたんだから。そしてそこでしばらく待機して何らかのアクションが、例えば警察を呼ばれるようなのがなければ、屋敷に近づこうと決心したんです」
「なるほど。さすが阿部君だね。それで、その何らかのアクションはあったのかい?」
「いえ、それどころではない案件が」
「ああ、そうか。そこで被害者を発見したんだね?」
「まあ、その……そうなりますね。塀に沿って少し移動した時に、何か大きな硬いものに躓いてしまったんですけど……」
「ああ、その何か大きな硬いものが、被害者だったと。それで阿部君が第一発見者となり、警察に通報を……」
「いや、まあ、その……」
「違うのかい? ……。ああ、そうか。そこにいる言い訳を考えないといけないもんね?」
「それも、そうですけど……」
「何か歯切れが悪いけど、何かあったのかい?」
「はい。その……躓いて、少しだけ頭にきたから。人として当然ですよね。なので、ろくに確かめもせず、その大きな硬いものを蹴飛ばしてしまったんです」
「ええー! もしかしたら……それが、致命傷に?」
「いえ、まさか。そんなおもいっきり蹴飛ばすと、私の足が痛いじゃないですか」
「なるほど。確かに阿部君は自分が一番かわいいから、そんな勢いで蹴るわけないか。じゃあ、続きを……」
私の嫌味ともとれる発言を、阿部君は流してくれたようだ。無神経だから気づかなかったとも言えるが。しかし明智君が目立たないように私の横腹をつつく。明智君なりにたしなめてくれているのだ。しらふなら阿部君が明智君に八つ当たりをすることはないだろうけど、今はまだ阿部君がワインを飲む危険がはらんでいるからだろう。
阿部君は私と明智君の葛藤には目もくれず続ける。
「はい。私が蹴飛ばしてしまったものが、必ずしもそれだとは断言できないと踏まえておいてくださいね。もしかしたら、大きな石ころがあって、蹴られた勢いで遥か彼方に飛んでいったのかもしれないので。ただ、そこには、人だけが倒れていたんです。まあまあ肝が座っている人でも大声で叫ぶような状況ですけど、私は冷静に受け止めました。全速力で10メートル、いや5メートル、いや1メートルほど逃げただけだったんです。私だから、この程度で済んだんですよ。これが明智君なら走るのが速いから100メートルで、リーダーは走るのは遅いけど脇目も振らず大騒ぎしながらおしっこも漏らしつつ息が切れるまで走り続けたでしょうね。ははっ」
「私や明智君のことはさておき、1メートルという名の10メートルを逃げた阿部君は、それからどうしたんだい?」
「怪盗界ナンバーワンの正義感の持ち主である私が、する事って決まりきってるじゃないですか。まずは10分、いや1分、いやほんの10秒で息を整え……あっ、別に動揺してパニックになんかなってなかったですよ」
「何も疑ってないから、気にせずに続きを話してくれるかい?」
「本当ですか? 疑わしいけど、リーダーにかまけてられないので、続けるとしましょう。まだ生きているのか確かめるために、そーっとその倒れてる人に近づいていったんです。そーっと行ったのは、考えてたからですよ。怖気づいてたわけではないですからね。もしかしたらマネキンかもしれないとか、はたまたただ寝ているだけかもしれないとか、いろいろ候補をあげていたらゆっくりになってしまったんです。住人が敷地内のどこで寝ようが、自分の土地なんだから自由だし、非常識な通行人が塀の向こうからマネキンを投げ入れることだって……。どういう状況であれ、勇気ある私は確かめるのに、一切の躊躇はありませんでしたよ」
正直者の阿部君の嘘というか強がりは分かりやすいぞ、と言いたい。続きを早く聞きたい。だけど私はそのような素振りを一切見せない。我慢強く頷くのみだ。いや、明智君になすりつけてしまおう。
「阿部君、明智君が早く続きをと訴えてるようだぞ」
明智君に後ろ足で蹴られたが、喧嘩両成敗なのだろう。これで阿部君の話すペースが速くなると思えば、ちっとも痛くない。ただ、明智君は手加減を覚えないといけないな。
「あっ、はいはい。私が軽く蹴飛ばしてしまったと思われる頭には、念のため焦点を合わせないようにして、手首の脈を見たんです。そしたら、しっかりと、力強くですよ、脈があるじゃないですか。これは少なくとも私のキックは致命傷にはなってないということですよね」
阿部君が必ずしも無罪だとは言い難いことになったが、ひとまず黙っていよう。阿部君の話は、まだまだ序の口だ。
「うんうん、それで?」
「ここでスヤスヤと寝ていただけなんだと思って、安心しましたよ。そこで初めて、その人の顔に目をやったんです。キャー!」
「いやいや、『キャー!』じゃなくて。まさかその人が『のっぺらぼう』だっただなんて、くだらない怪奇冗談を言うつもりじゃ……」
「のっぺらぼうって何ですか? いや、そんな事はどうでもいいですね。リーダーだったら、『キャー!』どころじゃなくて漏らしながら『ウォォォー!』って叫んでるところですよ。それくらい悲惨な状態だったんだから」
「どういうことかな? まさか100発くらい殴られたような無惨な姿になっていたとでも言うのかい?」
あれ? 阿部君の顔が険しいぞ。さすがに相槌だけでは素っ気ないからと、取るに足りない意見を言ったのが気に入らないのだろうか。いや、違うな。明智君が相槌どころか、話を聞いてすらいないからだな。明智君の馬耳東風はあからさま過ぎるのだ。
「あのー、リーダー? 話を楽しみたいなら、適当な数字を言うにしても控え目に言ってくださいね」
阿部君が言おうとしていたことを、私は的確に言ってしまったようだな。それで、あんな険しい顔でこんなきつい口調になっているのだな。明智君に濡れ衣を着せたことなんて、どうでもいいぞ。それどころじゃないし、明智君に聞かれたわけではないから、明智君はほっておこう。
しかし、まいったなあ。なんとか阿部君のご機嫌をとらないと、続きを話してくれないぞ。もう一度明智君の名前を無断で出して、もう一度明智君に蹴られると、私は気を失って探偵どころではなくなるし。
うーん、ダメ元で試してみるか。
「名探偵ひまわりさん、続きを……」
「はい。まあリーダーの言う通りの顔になっていて。どこの誰だかも分からないくらいの」