阿部君が話を進めたがらない理由
「そうなんだ。じゃあ、もし知り合いだとしても、阿部君が見極めるのは困難だったんだね? その時は」
「そうなんですよ。警察ですら、被害者が誰なのかまだ分かってないみたいですよ。身分証明書の類を一切持ってなかったんですって。それで、私にあれが誰かを聞くんですけど、私に分かるわけないじゃないですか」
「それは、また難しい展開だね。うーん、万が一もあるから、明日は被害者のいる病院に行って、着ていた衣服の匂いを明智君に嗅いでもらおうか。一度でも会ったことがあるなら、明智君は十中八九分かるはずだ。ねえ、明智君?」
「……」
「明智君?」
「ワ? ……。ワワンワワワオーンワンワンッ!」
このバカ犬、やはり話を真剣に聞いていなかったな。まあいい。私こと『名探偵リーダー』がしっかりしていて、その都度指示してあげれば問題ないだろう。
しかし、明智君は何と言い訳をしたのだろうか。阿部君なら分かるのだけれど……。癪だから、聞くのはやめておこう。おそらくだけど、阿部君は明智君の言い訳を聞いていなかったようだし。どう見ても何か悪巧みをしている顔をしているな。
「しかし、明智君が会ったことがある確率は極めて低いと考えておかないといけないね。だから、そこは警察の捜査に期待しておこうか。なんたって日本の警察は優秀だからな。明智君も警察も無理だった場合は、捜査に手こずることを覚悟しておこうか。阿部君、その被害者の身元が分からない限り、最悪の場合は真犯人にたどり着けないかもしれないよ」
「大丈夫ですよ。私と明智君にかかれば、容疑者にできる人材をいくらでも発掘してみますよ」
「阿部君っ!」
「じょ、冗談じゃないですか。私自身が濡れ衣の辛さを知ってるのに、それを他の誰かに味あわせるだなんて……。最後の手段にとっておきますよ、最後の最後のさい……」
なるほど。阿部君の気持ちも分からなくはないが、これ以上被害者を増やさないためにも、私は真犯人にたどり着かないといけなくなったな。どんどんプレッシャーが増してきているぞ。いや、阿部君が犯人にされるよりは……。
「あくまでも最後の手段だからな」
ひとまず、こう言っておくとするか。話を進めるためだからな。勘違いしないでおくれ。真犯人を見つける気は、ほとんど無くなっていないぞ。あっ、ほとんどではなく、全くと言わないとだめだったか。些細な言葉の選択ミスだ。いや、ほんと。元桜の代紋にかけて、努力は怠らない、と言っておこう。
「さっすが、腹黒いリーダー。リーダーがそこまで言うなら、私は止めません。でも、私の良心は一生痛むんでしょうね。私さえ……あと、濡れ衣を着せられるであろうかわいそうな人が我慢すればいいことです。なにせ、世の中は不公平にできてるんだから」
なんか私が一番悪いようになっていないか。今は、私だけが我慢するところか。本当に不公平な世の中だ。でもまあ、私なら真犯人にたどり着けるだろう。きっと。根拠を聞くんじゃないぞ。そんなことよりも情報集めだ。
「話を進めてくれるかい、阿部君?」
「はい。それにしても、リーダーは話の腰を折りすぎじゃないですか。落ち着きのない初老っていうのは、ちょっと……。そんなことは、どうでもいいですね。それで少し話が前後したかもですけど、横たわっている人が瀕死の重傷を負っているのに私が気づいたところから続けますね。本当ならすぐにでも救急車を呼ばないといけないですよね? 例え私がスーパードクターだったとしても、そんな道具も薬もない所で手当てなんてできないんだから。勘違いしないでくださいよ。私はスーパードクターではないので」
いろいろ突っ込みたいが、話が横道に逸れるのを私のせいにされたくないので、聞き流しておこう。いや一つだけ、心の中で突っ込んでおくか。阿部君には、スーパードクターになりうる細胞は一つもないぞ。へへっ、ざまあみろ。
「リーダーがやけに大人しいですね。ひねくれたリーダーのことだから、何かいちゃもんを付けてくるかもと思ってたんですけど。このまま続けてもいいですか?」
その手に乗るか。私は黙って優しく微笑んで、続きを促す意を示した。勝った感がすごくあるのは、なぜだろうか。阿部君はスーパードクターのくだりはなかったかのように続ける。
「倒れているのが道端だったなら当たり前に救急車を呼べるけど、現場は他人の家で私はそこに不法侵入している最中ですよね。なので、さっきも少しリーダーが口にしたように、そこにいる最もな言い訳を考えないといけなくなったんです」
ここは相槌を打つくらいなら問題はないだろう。問題どころか、一般常識のある大人なら当然の行動だな。阿部君がわざわざ私の考えと一致したような含みを持たせたのも、私の相槌を期待してのものだ。
「そうだね。でもそんな自然な言い訳というか、理由なんてあるかなあ?」
「まあ、リーダーの平凡未満の思考回路なら、思い浮かばないでしょうね。でもIQ100万の私なら、赤子の手をひねるようなものです」
やってしまった。ついつい色気を出して相槌で終わらせずに、自分の意見まで言ってしまった。そして待ってましたとばかりに話が逸れたぞ。仕方がない。まず有無を言わさず謝ってやるか。それが近道だろう。
「阿部君の話のじゃまをして申し訳ない。ここは私に構わず話を進めてくれるかい?」
「反省してますか?」
「ああ、もちろん。もう金輪際じゃまをしない」
「ラストチャンスですからね。時間だって、そんなにないんだから。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
悪いのは私なのか? 怪盗界一生真面目な私が。真面目な人間が損をする世の中ってどうなんだ? そういうものなのかもしれない。我慢だ。きっといつの日にか報われる時が来るさ。さり気なく明智君の尻尾を踏むのは自重しよう。想像だけで私は溜飲を下げられるのだ。よし、落ち着いたぞ。
「私は今からお口にチャックするよ」
「そんな幼稚な例えを使われると、なんか気持ち悪いですよ。ねえ、明智君?」「ウォエー!」
こいつら、私をいじめて楽しんでやがるな。これはおそらくだけど、この先の展開がものすごく恥ずかしいからだ。それを理解したら、阿部君が哀れに見えてきたぞ。
「阿部君、真面目に話そうか?」
「はい。それで救急車を呼んだんです」
なぜだか阿部君の顔が急に真っ赤になったぞ。一応羞恥心は持っていたようだな。それだけに、これは聞き流すのは惜しいぞ。
「あれ? そこにいる言い訳はどうしたんだい? 被害者との関係もしくは発見に至った経緯を、救急隊員に聞かれただろ?」
「そうですね。この傷害事件とは関係がないので、話す必要はないと思いますけど」
口調がやけに弱々しくなってきたぞ。これは、いよいよだな。どんな面白い言い訳をしたのかさらに興味が出てきたじゃないか。
「いやいや、そんなことはない。何が手がかりになるか分からないんだから」
ここまで言うと、正直者の阿部君はさすがに見栄を張らずに、ありのままに話すはずだ。阿部君の言い訳なんて確かに事件の解決には関係がないだろう。だけどこれはきっと、阿部君をバカにできるチャンスのような気がする。日頃の恨みだ。真面目な人間が報われる時が、想像以上に早く来たようだ。
「そうですかねえ。……。明智君も、そう思う?」
「ワンッ!」
明智君は阿部君を笑いたいというよりも、どんな面白い言い訳なのかが興味あるのだろう。だけど明智君は自分が大失敗をしてしまったことに全く気づいていない。気づくのは、阿部君がワインを飲んだ時だな。そして明智君史上最大の後悔と反省をすることだろう。
明智君、同情はするが、かばいはしないからな。私の事を阿部君と一緒になってバカにしたのもあるが、十中八九、私は明智君の横で明智君と同じ苦しみを味わっている。明智君、とりあえず時間を見て、正座の鍛錬でもしようか。
阿部君は観念したようだ。明智君を鋭い視線で一瞥してから、開き直って話しだした。
「下手にひねるよりもシンプルな言い訳にした方が、後々つじつまを合わせるのにもいいですよね。なので先の先まで考えた末に、ごくありふれた言い訳にしたんですよ。私は嘘だけは苦手なのもあるし」
一丁前に布石を打ってきたな。悪あがきもほどほどにした方がいいんじゃないか。開き直ったんだろ。
「それで、何と言ったんだい?」
「不審者に追われて後先考えずに入っていったとか、中で助けを求める声がしたとかは、普通の人なら考えるでしょうね。だけどそんなの後で監視カメラとか目撃者とかを探されたら、すぐにバレるじゃないですか。その時は監視カメラがダミーだなんて知らなかったんだから。あの短い時間で、そこまで考えてたんですよ。あらゆる可能性をしゅみれーとって言うんですか、それをして」
くだらない言い訳をいつまでもしてないで、早く言いやがれ。心の中で大爆笑してやるから。
「うん、それでそれで?」
「気がついたら、そこにいたんですって……」
幼児でも言わないような言い訳を。嘘だよな。確認のために、もう一度言わせてやれ。
「え? すまない阿部君、よく聞こえなかった」
「だからあ、『気がついたらそこにいたんです』と、正々堂々と言ってやったんです!」




