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警視庁までの道のりは……

 というわけで、私は何の心配も……いや、よく考えたら、私のアジトから警視庁まで歩いて3日くらいかかるじゃないか。例え走ったとしても、すぐにバテて、そこからは疲れた状態で歩くので5日かかってしまう。

 私は、行き先も誰に会いに行くのかも知らずに猪突猛進で歩いている明智君に、今さらながら話しかけた。

「明智君、ひとまず阿部君の家に行こう。そして阿部君パパに事情を話して、警視庁まで送ってもらおう」

 しかし明智君は無我夢中なので、歩みを止めようともしない。かわいそうだけど仕方なく私は明智君の尻尾を渾身の力を込めて握り、力づくで明智君を止めた。繰り返すが、仕方なくだぞ。なのに明智君は怒ってしまったのだ。悪いのは、私なのか?

 明智君は己の怒りを抑える気なんてなく、私に牙を剥いてきた。文字通りだ。明智君の動物としての条件反射なので責めてはいけない。私の右手が、独立した何らかの生き物に見えただけなのだろう。私は明智君が襲いかかってくるだなんて……計算していた。

 なので走馬灯は幼少期で断ち切る。噛まれる寸前……いや、正確には噛まれてはいるが、明智君がぎりぎりフルパワーを発揮する前に、私はすかさず「明智君、どこに行くか知ってるのか?」と叫んだ。明智君の耳というよりは心に届けと、気持ちを込めて。

 奇跡的に明智君は我に返ってくれた。そして何をすべきかすっかり分かってましたとばかりに返事をする。顔を真っ赤にしながら。

 明智君の気持ちは分からなくもないので、バカにしたり笑い者なんかにしない。いや、仕返しが恐いからとかではないからな。なので何事もなかったかのように振る舞うだけだ。出血はしていないが歯型のついている右手首から目を逸らし、私は落ち着いた明智君に事情を話しながら、阿部君の家に向かった。

 阿部君パパは、私のお願いを二つ返事で承諾するだろう。私と明智君を車で数時間の距離を送るだけなのだから、暇な阿部君パパなら喜んで協力するに違いない。暇と言っても、無職というわけではない。どうでもいいし、私は全く知らないし疑ってもいるのだけれど、阿部君パパは俳優らしい。ちなみに阿部君ママも。暇な阿部君パパと違って、阿部君ママは仕事が尽きないので、日々忙しくしているようだ。

 それはさておき、阿部君パパには、私がちょっと買い物に連れていってくれと言っただけでも聞いてくれるに違いない理由がある。なんと、阿部君パパの車は新車なのだけれど、我々怪盗団が全額出して買ってあげたのだ。ほんの一千万円ちょっとだったかな。これだけでも、私のお願いを断らないのは目に見えている。さらに今回は、阿部家の一人娘である、阿部ひまわりを窮地から救うためなのだから、阿部君パパが手伝わせてくれと懇願しても驚かない。

 私がこんなに長々と説明しているということは、阿部君パパが素直に承諾しなかったと分かっている人が大方だろう。そう、阿部君パパはいっちょ前に、この私の足元を見てきやがったのだ。信じられるか? よりによって、この怪盗団のリーダーである私の……あっ、これも後々説明するが、事情があって阿部君パパママを怪盗団の二軍に入れてやったのだ。二軍は今のところ二人しか所属してないし何の活動記録もないが。

 いやいや、そんな事よりも、娘が心配じゃないのか? しかしここで争っている場合ではないので、私は阿部君パパの言い値の100万円を後日払う約束をせざるを得なかった。100円ではないからな。100万円だ。

 そんな口約束なんて破っても問題ないだろと思った奴に、一つ忠告を。約束を守れない人は孤独になるぞ。ちなみに100万円を明智君と折半で払うつもりで、明智君に同意を求めると目を逸らされた事は、付け加えなくてもよかったかな。私は決して孤独ではない。明智君が強欲なだけなのだ。

 公道とサーキットの区別を知らない阿部君パパの運転で、私と明智君は命からがらでもようやく警視庁にたどり着けた。まあ今回に限っては時間が惜しいので、阿部君パパの運転を褒めちぎってあげよう。送迎代を少しでも安くあわよくばタダにしてもらおうだなんて魂胆は、これっぽっちもないからな。なので去り際に阿部君パパが100万円を念押ししても、快く返事をしてあげた。阿部君パパの車がバックミラーから私が見えなくなったであろう場所まで行ったところで、近くにあった石ころをおもいっきり電柱にぶつけただけだ。たわいないな。ただ、場所が場所なだけに、危うく警察に捕まりそうになったが。

 阿部君パパ、私は覚えておくからな。何もかも。ヒヒッ。冷静な明智君にお尻をかじられた私は、目的を思い出す。久しぶりに警視庁へと入るとするか。いや、久しぶりではないか。ここへは初めてかもしれない。どうやら刑事ドラマの観すぎで、何回か来たつもりになっていたようだ。

 興味本位で観たのではなく、立派な怪盗になるための勉強としてだからな。説明するまでもなかったか。うん? 別に興味本位で観てもいいのでは? 大丈夫だよな? 怪盗が刑事ドラマを観ても、コンプライアンス違反にはならないということにしておこうか。

 久しぶりだろうが初めてだろうが、警視長がどこにいるのか知らないことに変わりはない。ここで普通の人は、受付で聞くだろう。すると、約束の有無や要件を聞かれて、ジ・エンドだ。不憫な人を見るかのように上手くあしらわれて、気がつけば警察のマスコット人形を買わされ、笑顔で警視庁を後にしていることだろう。

 なのでここからは明智君に活躍してもらわなければならない。阿部君パパの車の中で洗濯機で洗われている気分に浸りながら考えた作戦に、穴はない、と期待しよう。

 少し前に私は警視長を危機から救ったと話したと思うが、明智君もいたのだ。怪盗のミッション中だったので、明智君がいたのは当然だな。断っておくと、警視長は、私たちのような怪盗を捕まえるために、そこにいたわけではない。

 我々怪盗団が大物だから警視長のような大物が陣頭指揮を執ったと勘違いしていた人に、少しだけ補足しておこう。私たちがターゲットにしていた大物悪徳政治家を、贈収賄などの多種多様な罪で逮捕するために、警視長は異例ながらも自ら先頭に立っていたのだ。その時にミッションついでにたまたま見つけた悪徳政治家の裏帳簿を警視長に渡したのが、明智君だった。

 そういうわけで明智君と警視長には面識がある。なので警視長の匂いを頼りに探せるだろう。といっても、警視庁の中でバカ犬の明智君を普通に歩かせていては、間違いなく叩き出されてしまう。だけど明智君を連れている私の見た目が警察官だったらどうだろうか?

 そう、私は警察を辞めるずっと前に、いつか使えると思い無くしたことにして、警察官の制服を一組失敬しておいたのだ。膨大な始末書を書かされただけでなく、年下の巡査部長をはじめ1年に1回くらいしか会わない管轄の警察署長に、これでもかというくらいに説教されたがな。おそらく、いや絶対に、ストレス発散も兼ねていただろう。そう思うくらいの史上稀に見る説教だったな。まあ私は根に持つタイプではないので、話を進めるとするか。

 アジトを出る時に紙袋に入れてあったこの制服を無意識に掴んでいたのに気づいたのは、阿部君パパの車に揺られること1時間が過ぎた頃だったとは、誰にも内緒だぞ。特に明智君には。それを見てすぐに作戦を閃き、私は阿部君パパの車が信号待ちなどで止まった短い時間で着替えておいたのだ。だから警視庁前で電柱に石をぶつけても捕まらなかったし、何よりも明智君を連れていても堂々と警視庁の地を踏みしめることができた。

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