表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私(初老新米大怪盗)と阿部君(見習い怪盗)と明智君(ゴールデンレトリバー)の探偵物語  作者: バスバスキヨキヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/61

普通の犬に何ができる? 明智君じゃあるまいし

 この家の犬は、明智君が欲望むき出しに根こそぎ強奪した本当に数が限られている限定発売の高級ドッグフードの件で、あんなに鳴き喚いているに違いない。きっと、そうだ。普通の犬にしたら、美術品や現金などよりも、遥かに価値のあるものなのだから。そしてそれに主に関わったのは、明智君。次に関わったのは、阿部君。私は雀の涙程度しか、ドッグフードに関しては関わっていない……としておくか。いざとなれば、そう言い訳をしよう。少なくとも、食べているのは明智君だけだからな。

 明智君と阿部君と、ついでに私が、侵入した形跡がなかったのか、警察が見つけられなかったのかは分からない。我々怪盗団が泥棒した件については、まともに捜査すらされていないのだから。警視長の鶴の一声で。

 人間に対して警視長の鶴の一声は絶大だったが、犬には通用しなかった。いや、犬を相手にもしてなかったのだろう。犬も分かっている。自分が何を言っても何をしても、人間は信じてくれない。そもそも言葉が通じない。諦めるしかないのか。他の物なら、諦められたのだろう。だけどあのドッグフードだけは、無理だったのだ。

 それから毎日のように、あのドッグフードが返ってくることを夢見て過ごしていた。でも戻ってくることはなかった。だって、私たちのアジトにあるのだから。念の為に明智君は、阿部君の実家にも分散させているが。リスクヘッジらしい。そして明智君は気が向いた時に、気楽に好きなだけ食べている。このペースなら10年は持ちそうだ。それだけ大量の量だからな。おかげで食費が随分助かっている。

 犬よ聞け。返すつもりはない。またいつの日にか同じものが限定発売されるまで待つのだな。何の根拠もないが、おそらく10年以内には発売されるだろう。そうでないと明智君がかわいそうだ。だけど私たちは買えない。お前の飼い主のような金持ちや成金たちが買い占めるだろうからな。だから盗むしかないじゃないか。悪どい方法でお金を稼ぎ、裏ルートで買い占める悪者たちから。だから今のうちに明智君と仲良くするのを勧めるぞ。そんな吠えていないで。

 しかし、ここの犬はどうして阿部君と明智君が犯人だと、見抜いたのだろうか。形跡があったのだろうか。あったのだ。どんな優秀な鑑識でも見つけられないが、犬なら見つけられる痕跡があるじゃないか。そう、匂いだ。犬なら個までも判別できるだろう。ここの犬は、それを覚えていた。そして今日、犯人がやってきた。

 まずは驚いた。次に疑った。そんな奇跡が起こるはずがないと。でもすぐに確信した。奴らだと。神様に感謝した。生まれて初めて。それから恨んだ。手の出せない自分を。何らかの理由で部屋から出られないのだ。できる事といえば、数々の暴言や罵詈雑言、そして脅し文句を浴びせるだけだ。阿部君と明智君には十分だった。

 幸い、私だけ、あの犬の言っている事が、さっぱり分からない。恐いもの見たさで知りたい気持ちもなくはないので、ほんの少しだけ残念だけど。まあいい。めったに見られない楽しいものを見られているのだ。

 ほらほら、肝を冷やしやがれ、阿部君明智君。

 私は長らく妄想していたが、夫人が実際に私の質問に応えてくれたのは、阿部君と明智君の攻撃が私のスネにはいるのと同時だった。

「いえ、美術品や現金の盗難被害が原因ではないんです。実は、限定発売で世間にはほとんど出回っていないこの世のものとは思えないくらい美味しいと犬界で囁かれている、ドッグフードまでが盗まれたんです。特別な時に少しずつ食べようと楽しみにしていたので、まだ一粒も食べてなかったのに。だけど、ドロボー自体を信用してくれていない警察に、ドッグフードもだなんて言えないですよね? ふざけていると疑われるだけですから。なので諦めるしかなかったんです。でもどうしてドッグフードなんて……。私がドロボーだとしても、他に金目の物がいくらでもあるのだから、ドッグフードになんて目もくれないですよ。それに盗まれたドッグフードは密度も濃いので、すごく重いんですよ」

 そうなのだ。その重いドッグフード10袋のために、本来もっと盗れるはずだった美術品や現金を盗れなくなっただけでなく、探す時間さえ無駄にしてしまった。損害はそれだけではない。明智君が何度も往復して車に運んだドッグフードをパンパンに詰めて大きくなったバックパックを、私は背負わされ、車から当時のアジトまでほんの10数メートルとはいえ10数分かけて運んだのだ。あのバックパックに10袋すべてを詰め込んだ明智君には感嘆するが、そのドッグフードの有り難みが分からない私には、拷問にしか感じなかった。

 だけど涼しい顔で夫人に応える。

「へえー、そんなドッグフードが、目に見えて重いとか軽いとかあるんですね?」

 またもや、私のスネがダメージを。いつまで下らない話をしているんだという視線とともに。しかし私は別に二人が肝を冷やしているのを楽しんでいるだけではない。当初言ってたように、世間話でもして夫人と打ち解けるための取っ掛かりが、たまたま二人がさっさと流してほしいと切に願っている内容の話だった。と、私はアイコンタクトで二人に説明したのに分かってくれない。私たちにアイコンタクトができないのかもしれないが。

 しかし私には、二人が何を言いたいか雰囲気で分かってしまった。この家の犬がどういう風な状況にあるのか知らないが、せめてその犬がいる部屋のドアを閉めてくれと、それとなく穏便に言ってくれと。脅すような目でお願いしている。

 仕方がない。万が一、ここの犬がこの客間に来たら、私にも被害が及ぶというか私一人が犠牲になるだろう。そうなるように、こいつらはここの犬と交渉するに決まっている。ここの犬の脅し文句が理解できるのは確かに悲惨だ。だけど確実に意思疎通できるのは、こいつらにとっては有利で、私には不利しかないな。こいつらの怯える顔を見られただけで、今日のところは良しとしよう。

「そうみたいですわね。私が実際に持ったわけでは……」

「ああ、すいません。少し話しづらいので、あのかわいいワンちゃんの声が聞こえないように、ドアを閉めてもらってもいいですか?」

「ああー、そうですわね。両手がふさがってたので、閉めてくるのを忘れてたみたいですわね。はしたなかったけど、足で犬用の柵だけは立てかけてきたんですけど。でもなんだか飛び越えてきそうな勢いですね。あの子の飛び越える成功率は、今日の降水確率よりも低いんですのよ」

 あれ? 天気予報をじっくり見なかったぞ。少なくとも今は良い天気だけど。でもわざわざ成功率だなんて言うということは、飛び越えたことがあるからだ。そう考えるのが妥当だな。うん。……。落ち着いている場合かー。

「す、すいません、急ぎでお願いします」

「はい。でも、あの子があんなに興奮してるのは、初めてなのよね。もしかしたらそちらのワンちゃんと遊びたいのかもしれないわね。あなたも一緒に行く?」

「ワ……ン? ワワーワンワンワワンワワワンワワーワーン、ワワンワン」

「すいません。この子も警視長期待の捜査官なので、遊んでる場合ではないんですよ。賢そうな顔をしてるでしょ?」

「それじゃ、すぐに閉めてくるわね」

 夫人、さすがだな。下手なお世辞は言えないと判断して、答えるのに困る質問は聞こえなかったふりをしたな。あからさまだったけど、恐怖でそれどころではない明智君は気にもしていない。

 ここまで明智君を怯えさせるとは、ここの犬は何と言ってるのだろうか。気になってきたな。ワインを手に持っている阿部君と相対している時と同等か、それ以上だ。その阿部君までもが負けず劣らず怯えているし。

「阿部君、ここの犬は何と言ってるか、聞き取れたのかい?」

「聞き取りたくなかったんですけど。興奮してるくせに、はっきりくっきり話すので、大体は。目の前でジェスチャーを混じえて話してたら完璧でしたよ。ただ、目の前にいたなら、話すよりも行動に移してたでしょうけど」

「そうなのかい? 一体、何と?」

「私と明智君の顔を、リーダーそっくりに整形してやるからな、と」

 え? 私はどこから突っ込むのがベストなんだ? 

 犬が整形手術なんてできないだろと、当たり前の事か。しかしこんな当たり前の事に気づかずに本気で怯えているようだし。できないと誰がきめたんですかと、私の方が怒られる。

 それでは、私そっくりのどこが嫌なんだと……聞くべきではないな。待ってましたとばかりに、私の悪口を言うに決まっている。

 はたまた、そんな冗談を言うなんて、二人ともまだまだ余裕があるじゃないかと、話を少し逸らすのもありか。いや、冗談を言ってるのではないと、二人の真剣な顔からも伝わっている。冗談ではないと、私が叱られるだけだ。

 だめだ。何をどう言っても、上手く解決しない。忘れるのが一番だな。

 しかし、ここの犬もなかなかやるな。私たち3人をここまで追い詰めるなんて。早いうちにボコボコにするか。または接点を持たないように、必死に頑張るか。もしくは思い切って我々怪盗団にスカウトするかだな。案外それが一番の解決方法かもしれないが、どうやって説得すれば仲間になってくれるのか、今のところは答えが思い浮かばない。

 あっ、鳴き声が聞こえなくなった。夫人がドアを閉めてくれたようだ。当然だけど、夫人の方が強いのか。うーん、そんなのではないな。敵対関係ではないし、ごはんをくれる人だから抵抗しないだけなのだろう。私と明智君のようなものだ……いや、違う違う。

 私と明智君は心からの親友だし、そして何よりも、明智君は私に反抗する。それでも私は幸せだ。夫人が幸せではないと言っているのではない。人間と犬の関係に決まりなんてないのだから。

 人間と犬の理想の関係論は、また時間がある時に考えよう。考えない方が幸せか? まあいい。夫人が戻ってきた。世間話をして随分打ち解けたし、事件の話でも聞いてみるか。いや、急に話を切り替えると、身構えて無口になるかもしれない。もう少しだけ世間話をして警戒を解いてからの方がいいだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ