私からの阿部君に対する事情聴取が終了したぞ
「阿部君、話が逸れてるぞ。それよりも悪徳政治家夫人を疑うたる根拠を教えてくれるかい?」
「勘ですよ、勘。私の勘は当たることも、しばしばあるんですからね」
「そ、そうか……。それで、そこからどうなったんだい?」
とりあえずは状況を聞くだけにした方がいいな。しかし勘って……。本当に勘だったとしても、普通は恥ずかしくてもう少し遠慮がちに言うものだろ。それをこんなに堂々としているなんて、なかなかの心臓をしているな。今さらながら、阿部君を見直したじゃないか。なにせ怪盗にとって必要な100大要素の一つに、度胸は含まれているのだから。一位ではないがな。
「そこからは早いですよ。悪徳政治家夫人から話を聞いていた警察官が、鬼の形相で私のところに戻ってきたんです。その警察官も悪徳政治家夫人が怪しいと思ったのか、それともよほど臭かったのかなと、私は思ったんですけどね。なのにそのままほとんど説明もなしに、警察署に私を連れていったんですよ。悪夢でしたね。まずは私が初めてのパトカーにはしゃいだだけで、これみよがしに咳払いをするんですよ。それで何か話したいのかと世間話をふると、無視を決め込む嫌な警察官とのドライブなんだから。すっかりふてくされて警察署に着いたところで、しばらく帰れないことが分かって、仕方なく役立たずのリーダーに電話したしだいです」
阿部君は私の悪口を言わないと気がすまないのか? 辛い経験をしたから八つ当たりでもしたいのだろうか。それともいつものように思った事が自然に出てくるだけなのか。流れるようにすらすらと出ていたし。いや、わざわざ最後に悪口を付け足していたのだから、自然にというよりはきっと故意だな。うん、阿部君の性格からして私に八つ当たりをして楽しんでいる。結論は出たが、はっきり言って正解が分からない。なにより、悪口を言われて腹立たしいだけだ。
でも、今は我慢だ。こんなくだらない事で言い争っている場合ではないからな。口ゲンカで勝てないからではないぞ。時間というとてつもなく貴重なものが惜しいだけだ。それに私は役立たずなんかではないから、阿部君の悪口なんて負け犬の遠吠えの足元にも及んでいないのだ。
「それは災難だったね」
「まあ、災難は災難でしたね。だけどこれがきっかけで『名探偵ひまわり』が誕生したのだから、良しとしておきましょう。でも、警察官ではない私たちが、本当に捜査なんてしてもいいんですか?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。警視長から『捜査委任状』をもらったから。それも直筆のだよ」
「ええー! ちょっと見せてくださいよ」
「私も中身はまだ見てないから、一応一緒に確認するよ。ほら、これだよ」
字の上手い下手は、私には言う権利はない。だけど、これは下手というのも生易しいくらい汚い字だな。間違っても達筆ではないというのだけは、断言できるが。しかし、こんな読むのに疲れるような字を書いて、あの若さでよく警視長にまで出世できたものだな。警視長人生で、手書きの試験はなかったのだろうか。
「え? 本当にこれが警視長直筆の『捜査委任状』とかいうやつですか?」
「ま、まあ。実際に書いているところは見てないけど。読んで読めなくもないでしょ?」
初めて見る高級なお菓子に夢中だったなんて言えないぞ。そんなことを言ったものなら、阿部君は張り切って私を罵倒するだろう。そしてその後ろで明智君が腹を抱えて笑っているのが、目に浮かんでしまったじゃないか。
「うーん……。明智君、これは本当に警視長が書いてくれたの? まさか明智君が書いたとかじゃ?」
「ワン? ワンワンワーンワワワンワンワンワンワーンワワン」
「明智君は何と?」
「リーダーがダラダラとお菓子を食べてる間に、確かに警視長が書いてくれた、と。ほんとリーダーはどうしようもないですね。私が留置所で苦しんでるというのに、自分はお菓子に夢中ですか。覚えておきましょう」
明智君のお菓子の食べる速度が速すぎるだけじゃないか。まるで私が悪いみたいな言い方というか、いちいちお菓子の件を持ち出さなくてもいいのに。きっと、わざとだな。私が阿部君に罵倒されるのを期待しているのが見え見えだぞ。
よし、先手必勝だ。本格的に罵倒される前に切れ味鋭い言い訳をしてやろうじゃないか。
「そ、それは、せっかく出されたのに、手を付けないで警視長の機嫌を損ねてはいけないだろ? さらにゆっくり味わって私が幸せそうにすれば、出した警視長も嬉しくなるものじゃないか。そこまで考えていたんだぞ。なにせお願いしている身なんだし、そのお願いを意地でも聞き入れてもらわないといけなかったのだから。それもこれも、誰かさんを一刻も早く救出するためにだからね」
「屁理屈に聞こえなくもないけど。一応本物の委任状のようなので、許してあげますよ」
ふうー、命拾いしたぞ。さすが、私。
明智君、なにゆえ悔しそうにしてるんだ? と思ったら、面白そうな映画を見逃したような悲しい顔になってきているな。そんなあからさまに表情を出していたら、私をはめようとしていたのが丸わかりだぞ。
怪盗は時にはポーカーフェイスを使いこなさないといけないんだからな。明智君は、まだまだだな。まあ、それだけ私が阿部君に小バカにされるのを楽しみにしていたのだろう。その陰湿さは誰に似たんだ?
「リーダー、大丈夫ですか? バカ面がさらにバカ面になって、何を考えてるんですか? リーダーは考えるよりも体を使うタイプなんだから、無駄なことはしないでくださいね。それじゃ、話はこれで終わりなので、明日からの捜査に備えて今日は早く休みましょう。宴会は事件解決まで我慢してください。あっ、朝一番で捜査に向かうんだから、寝坊だけはしないでくださいね」
寝坊の可能性が一番高いのは阿部君じゃないかと、決して口に出してはいけない。冗談でもだ。しかし朝一番とは、阿部君張り切っているな。それとも一週間で解決しないといけないということで、実は切羽詰まっているのだろうか。
まずは病院に行って被害者の身元が判明したのか、判明していないのなら可能性は限りなく低いけれども明智君の鼻に賭けてみようかと考えていたのに。あまり早く行くと迷惑だな。捜査とはいえ、病院関係者への負担は必要最小限にしたいところだ。私自身がいつお世話になるかもしれないのだから、病院関係者の人には体力を少しでも温存しておいてほしい。
え? 怪盗のミッション中に不慮の事故でケガをするかもしれないのだからって? 違う違う。阿部君や明智君が意表を突いて突如裏切ったり、ちょっとしたことで凶器を投げ飛ばすからだ。
しばらくは『名探偵リーダー』の仕事に集中だから、凶器にだけ気をつけていればいいがな。
というわけで、明日はまず事件現場に行くとするか。鑑識が見逃している何かがあるかもしれない。ドラマや映画なら、必ずそういうものが残されているのだから。でも本物の警察は優秀だから、あまり期待しないでおこう。ほんの顔見せのつもりで行くとするか。一人くらいは現場を警備している警察官がいるだろう。
「あっ。阿部君、一つ忘れてたことが……」
「何ですか、もおー」
「い、いや、現場に行くと必ず警官なり関係者がいるだろ? 私たちは何者だと言おうか? まさか正直に、普段は怪盗をやってます、なんて言えないだろ?」
「ああー、そうでしたね。私が『ひまわり探偵社』の社長で、リーダーがお手伝いさんで、明智君がマスコットということでいいんじゃないですか。事件が解決するまでは、それを徹底してくださいね。間違ってリーダーがマスコットだなんて名乗らないでくださいよ。こんな気持ち悪いマスコットなんてあってはならないんだから、簡単に嘘だと分かってしまうので」
我慢だ。我慢はするが、なにゆえここまで言われないといけないんだ。私がいったい何をしたっていうんだ。私は、世界中のちびっ子たちが憧れてやまない世界を股にかけかけている世紀の大怪盗になる予定の名探偵もどきだというのに。
「おやすみー」「ワワワワー」
私の返事や口答えを待とうともせず、阿部君はこのアジトで一番良い部屋に音も立てずに引っ込んだ。自分の家がありながらも、このアジト兼我が家に阿部君が部屋をそれもよりによって一番良い部屋を持っていることを、いちいち説明するまでもないだろう。阿部君への借金をそれも理不尽な過程で発生した借金を返したあかつきには……いや、どう考えても阿部君を追い出すのは不可能だな。せめて家賃を取れないか、考えるだけ考えてみるか。
今はそんな事よりも、明日からの捜査のために、私も早く休むとしよう。捜査のイメージトレーニングは、夢の中で十分だ。




