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小屋の陰から顔だけ出し、戦闘を見守る。スカイリザードが二十体、牛喰いセンティピードが十五体それぞれ暴れている。
それに応戦する市役所職員が五人、セオドアを含む神官が六人いる。
魔物は空と地上の両方から攻撃し、人間を翻弄しているように見える。
「空を一掃しましょう。スカイリザードの多くは火魔法を使うので、水魔法が有効ですよ」
「水? 水をぶつければ良いの?」
「ついでに風魔法も使いましょうか。勢いがついて攻撃力が上がります」
「複合魔法は難しいんでしょ? 初めてでできるものなの?」
「パトリツィアさんならいける、いける!」
レイラは軽い調子で右こぶしを顔の横で振り、やっちゃえ!と笑っている。
煽るレイラを横目にスカイリザードを確認する。百メートル以上離れている。
個体をそれなりに識別できるけれど、魔法が当たるかしら。人間に当たったら嫌だわ。
「ここから魔法は届くかしら。結構距離があるわよ」
「命中力を上げましょうか。必ず当たるぜって気持ちで魔法を使います」
「当てる、じゃなくて?」
「当たる、です。パトリツィアさんならきっと桁違いの命中率になりますよ。私が合図したら攻撃してください」
ウキウキしたレイラが小屋の陰から飛び出した。
「おとうさーーーん!」
呼び声はまっすぐにセオドアへ向かった。
セオドアだけがわたくし達の方へ振り向き、驚いた顔をする。それほど大声を出した様子はないのに、確かに届いた。
これもきっと魔法ね。
驚くわたくしと目を合わせ、レイラはニイッと笑って右の拳を突き上げた。
合図だわ!
右手に魔法強化。必ず当たる。滝のような水。嵐よりも強い風。
イメージを魔力に込め、右腕を左から右へ大きく振った。
わたくしの手から大量の水が現れ、空を覆う。水はまたたく間に目で追えない勢いで空を駆け、スカイリザードを吹き飛ばした。
弾けるように飛散した水が雨となって降る。
滝のような水と思い描いたのに、あれは何なの? まるで空に池の水が浮かんでいるようだったわ。
自分のやったことが信じられなくて、恐る恐る右手を見る。関節の浮いた見慣れた手があった。
明るい声でレイラが駆け寄ってくる。
「おお! すっごいですね!!」
「なに、今の」
「パトリツィアさんが使った魔法ですよ。さあ、もっと近くまで行きましょう。牛喰いセンティピードだけならすぐに終わるはずです」
馬の手綱を引くレイラの後ろを歩く。
「すぐに近づいて大丈夫なのかしら」
「大丈夫です!」
不安を口にすると、レイラは笑って一蹴した。
レイラの言う通り、セオドアの元へ着く前に戦闘は終わっていた。
あたり一面が水浸しで、大きな水たまりも何ヶ所かある。
市役所職員と神官は皆びしょ濡れで、動かなくなった牛喰いセンティピードを確認したり、負傷者を介抱したりしている。
「お父さん、どうだった?」
レイラがセオドアに向かって手を振り、大きな声を上げた。
市役所職員と神官のほとんどが手を止め、わたくし達の方へ顔を向ける。その多くが値踏みするような目をしている。
レイラではなくわたくしを見ているわね。睨むように一瞥すると、皆が一斉に顔を背けた。
そんな中、びしょ濡れのセオドアがぬかるんだ地面に足を取られながら駆け寄ってきた。顔が紅潮し、興奮した様子でレイラに尋ねる。
「素晴らしいものを見た! あれは水と風だろう!」
「うん、当たり。それから命中率も上げてる。ね!」
「ええ」
レイラの問いかけに同意すると、セオドアは大きく頷いた。
「だから水が空中で分かれ、全てのスカイリザードに当たったのですね。三重の複合魔法とは、パトリツィア様は本当に素晴らしい」
「そうなの?」
「複合魔法は扱いが難しいのです。まず繊細な魔力操作が必要ですし、イメージも掴みにくいものです。それを練習もなく三重複合魔法を成功なさるとは、卓越した魔法センスです」
「普通はパトリツィアさんみたいに上手くいかないんですよ。ブレると言うか、魔力が安定しないんです」
「安定しないとどうなるの?」
「不発だったり、爆発したり」
「ちょっと、なんてことさせたのよ!」
あの水が目の前で爆発したらどうなっていたか。きっと生きてはいないわ。背筋がゾクリと寒くなった。
レイラはわたくしの不安に気付いたのか、わたくしの目をしっかりと見て笑った。とても良い笑顔だわ。そして笑顔のまま親指を立ててウインクをする。
「初めての魔法で息をするように複合魔法を使ったんですから大丈夫ですって。パトリツィアさんなら前人未到の五重複合魔法も夢じゃないですよ。今度試しましょうね!」
「ぜひ私も見学させてください。いつでもどこでも伺います」
「なんで試すことが決定してるのよ! しないわよ!!」
分かりやす肩を落としたブルック親子の向こうから、神官が一人走って来る。わたくしの目線に合わせて二人も振り返った。
「神官長、牛喰いセンティピードは十五体全て確認が終わりました。スカイリザードは十七体が確認済みで、残りの三体は役所と手分けして捜索中です」
息を切らせた神官がセオドアに説明する。話の途中でわたくしと目が合ったけれど、ビクリと体を震わせてすぐに逸らされた。
先ほどの値踏みするように見ていたうちの一人だわ。感じが悪いわね。
好奇の目にさらされることは慣れている。前の世界ではよくあったわ。けれど慣れていても気分は良くない。
「あとの三体は見つかりそうか」
「飛ばされた方角は分かっているので、日が沈み切る前には見つかると思います」
神官は意識してわたくしを視界から外し、セオドアと話している。
「逃げた可能性は?」
「見つかった十七体のうち五体は百メートつ近く離れた場所で見つかりました。ですので三体も遠くへ飛ばされたと考えられます」
神官はチラリとわたくしを見て、すぐに目をそらせた。
「確認したスカイリザード十七体全て、急所である首が折れていました。なのできっと、三体も……」
また神官がわたくしを見た。今度はすぐにそらさず、じっとして動かない。恐れの中に羨望が混じった目をしている。
それに合わせてセオドアもわたくしの方に顔を向けた。驚きと喜びの顔をしている。
「え、何? それはおかしいことなの?」
わたくしの問いかけにセオドアがゆっくりとうなずく。言葉はないけれど、表情で全て分かる。
次の実験を考えてそうだわ。とにかく嬉しそうで、嫌な予感しかしない。
「すっごい命中率!」
わたくしにとって重い空気の中、レイラの楽しそうな声が響き渡った。




