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 通された広い部屋はかなり変わっていた。神殿の中とは思えない重厚な扉と白い壁、床に土が敷き詰められている。


「この部屋、不思議な感じがするわ」

「さすがパトリツィアさん! 気づいちゃいましたか。壁も扉も魔法を吸収し阻害するようできてるんですー」

「魔法の練習に便利な部屋ね」

「そうです。その為の部屋なんです。だからバンバン試しちゃいましょう!」

 

 レイラは満面の笑顔で拳を高く上げた。

 試すと言われても、何をしたら良いのかしら。魔法も魔力も自覚がない。

 ウキウキと楽しそうなレイラをセオドアがたしなめる。


「パトリツィア様が困っておられる。まずは基本からだろう」

「だって! パトリツィアさん無自覚で魔法を垂れ流すくらいすごいんだよ! わっっっくわく、するじゃん!!」


 垂れ流すって失礼ね。もっと良い言い方はないの?

 わたくしのため息とセオドアのため息が重なる。

 

「レイラ、心が躍るのは分かる。だがパトリツィア様は今まで魔法のない世界で過ごされていたのだ。ことは慎重に進めねばならない」

 

 セオドアは丁寧に教えてくれそうね。安心したわ。

 レイラに言い聞かせるようにセオドアは続ける。

 

「魔法はおろか魔力に対しての感覚も希薄なのだ。まずは基本をご理解いただいた後、一つずつお試しいただこう。パトリツィア様、本日は基礎からお教えいたします。時間が足りない場合は明日またお越しいただいてもよろしいでしょうか」

「明日も予定はないから構わないけれど……」

「えー! 明日は仕事だよー。今日全部しようよー」

「今日一日で終わるステータスではなかっただろう。残念だったな、レイラ」

「二人とも、わたくしを実験対象とでも思ってない?」

「いやー、そんなことないですよ。あはは」

「いやいや、そのようなことはございません。ははは」

 

 この似たもの親子は誤魔化し方までそっくりだわ。レイラは天井へ、セオドアは床へ目を泳がせている。

 

「まあ、いいわ。魔法を教えて」

「はい!」

「お任せください!」


 二人は大きな声で返事をした。

 

 セオドアの指からキラキラとした光が落ちる。光はわたくしの手のひらで小さく跳ね、膜のように広かった。優しい温もりが指先まで広がり、溶けて消える。

 

「これが魔力です」

「魔力って綺麗なのね。それに温かい」

「私の魔力がそうだと言うだけです。魔力は人によって違いますし、感じ方も違います」

「光の色も人によって変わるし、冷たく感じる人やピリッとする人もいるんですよ」

「面白いわね。レイラの魔力は?」

「私のは言葉にするのが難しいんですけど、そうですね。かげろう……陽炎みたいな、ぼやーっとした感じです」

「へえ、本当に人それぞれなのね」

「それではパトリツィア様の魔力を感じていただきましょう。魔力は体をめぐっています。感覚を研ぎ澄まし、体の中の光の流れを見つけてください」

 

 わたくしは右手を胸に当て、体の中の光を探す。温かくて、冷たくて、ピリッとして、ぼやーっとした光がないか、頭からつま先までくまなく意識を集中させる。

 これ、かしら。違う? 人によって違うなら、正解が分からないわね。温かいような、違うような。冷たい?ような気もするわ。ピリッとした感じ、はないわね。それならぼやーかしら。

 

「パトリツィアさん、顔、顔」

「えっ、何?」

「眉間に皺がぐわっと増えて、恐い顔になってました。難しいですか」

「そうね。分かるような、違うような気がするわ」

「あー、なら違います。魔力ははっきり分かるので」

 

 はっきり分かるなら、先ほどの感覚はやっぱり違うのね。難しいわ。

 

「わたくしには魔力がないのかしら」

「そんなことありえません! 自動魔法を使ってるんですよ!?」

「ああ、そう言えばそうね」

 

 レイラの言葉に納得する。

 無意識に使っているから、全く実感がなくて忘れてしまうわ。

 

「温かくて、冷たくて、ピリッとして、ぼやーっとした光はどこにあるのかしら」

 

 わたくしは自分の体を見る。どこにも光は見えないし、変わった所もない。

 

「パトリツィア様はこの部屋に入った時、どのように感じましたか。その時の感覚が一番パトリツィア様の魔力に近いと思います」

 

 セオドアに言われ、この部屋に入った時の感覚を思い返す。

 あの不思議な感覚は確か、春の日向の中を歩くような、夏の夜会でバルコニーへ出た時のような、そう言うものだったわ。まろく、柔らかで、ほのかな風。

 目を閉じ、自分の体に集中する。

 胸の奥に光の風が吹いた。風は足先へめぐり、首筋を撫で、指の先へ流れる。

 

「あったわ」


 わたくしは、わたくしの中に流れる光を見つけた。


 

 レイラの手から溢れる光はすぐに水に変わり足元の土に染み込む。水はどんどん量を増し、レイラが手首を返すと一塊の球体となって壁にぶつかり飛散した。水の粒は土に落ち、水跡は壁に吸い込まれて消えた。

 

「えーっと、こんな感じです。イメージを元に魔力を水へ変えます」

 

 濡れた手を振って水滴を飛ばし、レイラはハンカチで手を拭く。

 

「簡単でしょ?」

「少し、理解できなかったわ」

 

 わたくしは嘘をついた。全く理解できなかった。

 

「んー、魔法は感覚ですからねー」

「パトリツィア様、とりあえずやってみましょう。手を前へお出しください」

 

 笑顔のセオドアに背中を押され、わたくしは右手を上げる。

 

「魔力の流れは感じられますか」

「ええ」

「その流れを右手に集めてください」

 

 言われた通りに意識をすると、光の風が右手に集まってくる。すぐに収まり切らなくなり、光の粒がキラキラとこぼれ落ちる。

 

「これがわたくしの魔力?」

「そうです。水のイメージはできますか」

「水……」

 

 雨? 川? いいえ、もっと身近で最近触れた水が良いわ。

 わたくしは昨日のことを思い浮かべ、光にイメージを重ねる。光の粒は一つ、また一つと徐々に水滴へ姿を変え、一筋の流れとなった。

 

「できたわ!」

「できましたね! パトリツィアさん!」

「素晴らしいです」

 

 わたくしの手のひらから溢れる水はとめどなく流れ、床の土に湯気を上げて染み込む。

 笑顔だったレイラとセオドアの顔が曇った。

 

「パトリツィアさん、これ水じゃないです」

「これは……お湯、ですね」

「ええ、昨日のシャワーをイメージしたから」

 

 イメージは身近な経験からの方が良い。そう思ってシャワーをイメージした。イメージはすぐに形になったから成功だわ。

 けれどわたくしの思いとは反対に、二人の顔色がどんどん悪くなる。

 

「どうしたの? 何かいけなかった?」

「ここここれ! 複合魔法です!」

「パトリツィア様、水魔法と火魔法の複合はとても高度な魔法です! それをいとも簡単になさるなんて!」

 

 顔色を失った二人は、驚きの表情のまま固まっている。けれどお互いに顔を見合わせ深くうなづくと、今度は頬を紅潮させ言葉にならない叫び声を上げた。

 わたくしは、実験対象だと思っているのかと指摘した時の二人を思い出す。あの時の二人の目は魚のように泳いでいた。

 とても嫌な予感がするわ。

 右手から出ていた魔法のお湯は止まり、床の土は濡れた痕跡すら消えていた。

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