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扉を叩く音で目が覚めた。
窓の外は明るく、街の賑わいが聞こえてくる。
昨夜は夕食のあと客間に案内され、すぐベッドへ横になった。
久しぶりのベッドは記憶にある物よりもふかふかで、シーツの手触りも素晴らしく心地良かった。目を閉じ、次に開けた時には明るくなっていた。
「パトリツィアさーん! あーそーびーまーしょー!」
ノック音のあと、扉の向こうで誰かが叫ぶ。
この声はレイラだわ。
「今起きた所よ。少し待って」
「はーい」
クローゼットを開けると服が三着並んでいる。
わたくしは水色のワンピースに着替え、鏡で問題ないか確認する。
簡易的な服だから一人でも着替えられたけれど、髪や化粧は無理だわ。髪をとかすくらいはやろうかしら。
ヘアブラシで髪をひと撫ですると、ふわりと揺れ艶が出た。
あら、さすがわたくしの髪は綺麗ね。
鏡の中のわたくしに満足していると、再び扉が叩かれた。
「パトリツィアさーん、準備は終わりました? 開けても良いですか」
「良いわよ」
部屋に入って来たレイラは、わたくしの顔を見て笑顔を深める。白い襟付きのワンピースの下に濃いベージュのズボンを履いている。
「こんにちは、もうお昼ですよ。フレイアさんが昼食を用意してます」
「思ったより眠っていたようだわ」
「たくさん眠れるのは良いことですー。目の下のクマ、少し薄くなりましたね」
わたくしは鏡で目の周りを確認した。確かに昨日の浴室で見た時より薄くなっている。
「レイラはよく見てるのね」
レイラは誇らしげに胸を張り、ニッと笑った。
昨夜と同じ食堂で、昨夜と同じ席に着いた。向かいには昨夜と違いレイラが座っている。
「本日の昼食はレイラ様のお好きなグラタンでございます」
「わーい! ルイさんのグラタン大好き!!」
レイラはフレイアと少し話し、当たり前のように食べ始めた。
すごいわ。フレイアとの会話を自然に終わらせて食事してるわ。
「パトリツィアさん、グラタン美味しいですよ。鶏肉だけじゃなくて、なんとエビもイカも入ってるんです!」
「レイラもここで食べるの?」
「パトリツィアさんと一緒にお昼御飯食べてねってマチルダさんに言われたんです。人のご好意は全力で受け止める主義なので、二つ返事で快諾しました。あっ、パトリツィアさん、このオニオンスープも美味しいですよ」
「今日は何しに来たの?」
「お、質問が直球ですね。分かりやすくてとても良いです。今日はパトリツィアさんの付き添いに来ました。食べ終わったら神殿へ行きましょう。プチパンはグラタンのソースを付けても、スープに浸しても美味しいですよ」
「神殿へはステータス?って言うのを調べるのよね。国民でないと駄目ではなかったかしら」
「パトリツィアさんは国民になりましたよ」
わたくしはサラダのレタスをフォークに刺したまま止まった。エイラはパンをちぎり、グラタンのソースを付けて食べている。
わたくしがこの国の民になる話が出たのは、昨日の夕方近くの話よ。あれから丸一日も経っていないのに、いくらなんでも早すぎるわ。
もぐもぐと口を動かすレイラと目が合う。
「早いなって思いました? マチルダさんがすぐに手筈を整えて、実行したんですよ。パトリツィアさんは母国を脱出した難民で、高度な魔法が使えるからこの国の財産となり得る。悪用される可能性がある為、早急に保護する必要があるとか何とか」
「間違ってはいないわね」
「嘘は良くないですからねー」
わたくしは改めてレタスを刺し直し、口に運ぶ。レタスの瑞々しさも、ドレッシングの爽やかな柑橘の香りも、とても美味しい。
ああ、食事だけでこの世界に来た価値があるわ。
「パトリツィアさん、サラダばっかり食べてますね。グラタンは嫌いですか」
「もう少ししたら食べるわ」
「早くしないと冷めちゃいますよ。チーズが固まって伸びませんよ」
「……猫舌なのよ」
レイラは残念そうな顔をして、それなら仕方ないですねと引き下がった。
馬車を降りて見上げると、周りよりも一回り高い建物があった。雰囲気から神殿だと分かる。太い柱は高く、屋根の下に細かな彫刻が彫られている。
「パトリツィアさん、こっちですよー」
「勝手に入っても良いの?」
「誰でもご自由に、が神殿のモットーです」
レイラについて神殿に入ると、数人が椅子に座って手を組んでいた。
祈っているのかしら。神官らしき人はいないわね。
前にいたレイラもキョロキョロと室内を見渡す。そして入り口近くのカウンターへ小走りで向かい、カウンターに置いてあるベルを振った。ベルはリーンと高い音を響かせる。
バタバタと足音が聞こえ、すぐにカウンター後ろの扉が開いた。老齢な神官らしき人が快活な笑顔で向かってくる。
豪奢なローブを着ているから、ただの神官ではなさそうね。
「おお、来たか! 待ってたぞ」
「待ってたなら出て来ててよ」
「まあ、そう言うな。それで? この方か」
「うん、パトリツィアさん」
神官はわたくしと目を合わせ、微笑んだ。
「初めまして。レイラから伺っております。セオドア・ブルックです」
「初めまして。パトリツィアです」
「さあさあ、こちらへ」
セオドアに促されるまま、カウンター後ろの扉を通る。左へ廊下が続き、一番奥の部屋の前で止まった。
「こちらです」
通された部屋は思ったよりも広く、高級そうなな調度品が並んでいる。一歩足を踏み入れると、ふんわりとした絨毯に足が沈んだ。
「うわっ、この部屋にしたの?」
「レイラが、飛び切りすごい人に呼ばれた確実にすごい人って言っただろう。失礼がないようにしないとな」
「んー確かに、権力と財力には巻かれた方が良いかあ」
「わたくしにはどちらもないわよ」
「今のパトリツィアさんになくても、これからは分からないですよ」
「さあ、こちらへお座りください」
わたくしはセオドアが勧めたベルベッドのソファに座る。その横にレイラも座った。
セオドアはいそいそと何か用意している。
「レイラとセオドアはどう言う関係?」
「養父と養女の関係です。八歳の時に親子になりました」
「あら、そうなの」
顔が似ていないのに、親しそうなのはそう言うことね。
二人を交互に見比べていると、気付いた二人がニッと笑った。よく似た親子だわ。




