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 今、わたくしの目の前にはハンバーガーに少し似た食べ物が置かれている。

 野菜やハムなどが薄いパンに挟まれたソレは、ハンバーガーより小さく、種類が五つもある。

 

「温かいスープもどうぞ」

 

 フレイアはハンバーガーもどきの皿の隣にスープを置いた。赤いスープは温かな湯気を上げ、美味しそうな香りをわたくしに届ける。

 

「苦手な物がございましたか。そう思いサンドイッチを数種類用意させましたが、他の物をお持ちしましょうか。それともトマトのスープはお嫌いですか。うちの料理長のコンソメは大変評判の良い物なので、きっとパトリツィア様のお口にも合うと思います。しかし苦手ならばご無理は」

 

 わたくしは右の手のひらをフレイアに向け微笑んだ。

 フレイアはぴたりと話を止める。

 

「いいえ、どれも美味しそうだわ。手で食べて良いのかしら」

「もちろんでございます。パトリツィア様の宜しいようになさってくださいまし。私などは忙しい時に立ちながら食べてしまうこともあるくらいで」

 

 フレイアは再びとめどなく話し始めた。

 短時間ではあるけれど、フレイアと過ごして分かったことがある。

 それは身振り手振りでどうにかなると言うこと。

 フレイアは話し始めると耳が使い物にならない。けれど目はきちんと開き、見えている。

 まあ、あとは晩餐会の音楽のように聞き流せば良いわ。

 わたくしはサンドイッチを手に取りかぶりつく。マスタードの香りとハムの塩味、レタスのシャキリとした歯応え、どれもが美味しい。

 本当にこの世界は素晴らしいわ!

 ここへ来る前に連れて行かれた浴室には、湯がいくらでも出てくるシャワーと言う道具があった。浴槽は清潔でなみなみと湯が張られ、浸かると足先まで疲れが取れるようだった。

 用意された服は平民のように質素な形だけれど、生地の質が良い。体にぴたりと合うタイプの服ではなく、少しゆとりがある所が着やすい。

 二つ目のサンドイッチを手に取った時、部屋の扉が開いた。

 

「パティ、俺たちも一緒に良いか」


 エドガーとマチルダが並んで部屋に入ってくる。エドガーは先ほどの服から着替えて身綺麗になっている。

 

「良いも何も、あなたたちの家じゃない。好きにしたら良いわ」

 

 あてがわれるであろう客間ではなく、食堂に通された時から、一緒に食事をすると分かっていた。

 わたくしも話したいことがあるから丁度良いわ。

 エドガーとマチルダはわたくしの向かいに座る。

 にこりとマチルダが微笑んだ。

 

「ありがとう。パトリツィア、そのブラウスよく似合っているね」

「パティって綺麗だったんだな。薄汚れてて気付かなかった」

「ありがとう、マチルダ。エドガーも、まあ、ありがとう」

 

 本来のわたくしはもっと美しい。

 それは誇張ではない。

 先ほど浴室にあった鏡を見て愕然とした。

 頬がこけ、目の下には寝不足ではないのにクマができ、青白く、神経質そうな女がそこにいた。

 ひと月の間ろくな食事が取れず、痩せた手は関節が浮き出てゴツゴツしている。

 これではまともに歩けないのも頷けるわ。

 わたくしは三つ目のサンドイッチに手を伸ばす。

 

「パティはサンドイッチか。それじゃあ足んねえだろ」

「パトリツィア、追加で何か作ってもらおうか」

 

 エドガーとマチルダはわたくしにもっと食べろと促す。

 有り難い申し出だけれど、お腹に入りそうにない。

 牢生活のおかげで食が細くなったのよね。昼間もハンバーガー一つでお腹いっぱいだったわ。

 

「サンドイッチとスープで充分よ」

「それなら部屋に茶菓子を用意しよう。お腹が空いたら食べると良い」

 

 マチルダは幼子を相手するように優しく言った。

 汚れを洗い落としたから、顔色の悪さが今はよく分かるものね。

 急に優しくされて戸惑いつつも、悪い気はしない。

 

「色々とお世話になって、感謝してるわ」

「どうしたんだ、急に」

 

 エドガーは心底驚いた顔をした。フォークに刺さったレタスが皿の上に落ちる。

 失礼ね。お礼を言ったくらいで驚すぎじゃないかしら。

 

「これ」

 

 わたくしはテーブルに透明な石を置く。小指の爪に満たないほどの小さな石は、シャンデリアの光を反射してキラキラ光った。

 

「パトリツィア、これは?」

「ダイヤモンドよ。ドレスの中に隠していたの。受け取って」

「受け取れねえよ。知ってるか、ダイヤモンドってのはこっちの世界では高えんだ」

「元の世界でもそれなりの値段よ。命の代償にしては安いくらいだわ。大きさも輝きも結構良いものよ」

「良い物なのは分かる。だからこそ受け取れない。エドガーは報酬を受け取るために助けた訳じゃない。そうだろう」

「その通りだ」

 

 二人は頑なに受け取ろうとしない。

 もう、頑固ね! 恩を受けたままだと気になるのよ。

 

「それなら今日お世話になった分と、これからお世話になる分の料金にして!」

「と言うと?」


 マチルダは話の内容に興味を持ったのか、体を少し前に傾ける。エドガーは、そんなもんいらねえと目で訴えたままだ。

 

「わたくしは行く当てがないの。だからここにお世話になるつもりよ」

「私たちもそのつもりだ」

「けれどタダで泊まるなんて、借りを作るみたいで嫌だわ。そのダイヤモンド分だけ部屋を借して。もちろん食事付きで」

「なるほど。それなら一年ほどここにいてもらおう」

「冗談を言わないで。そのダイヤモンドにそれほどの価値はないわ。二ヶ月、長くても三ヶ月くらいよ」

 

 マチルダはふふっと笑う。

 

「こちらの世界のダイヤモンドの価値は、もっとあるんだけどね。まあ、ひとまず交渉成立としよう。エドガーもそれで良いかな」

「分かった」

 

 エドガーは頭を掻きながらうなずいた。

 それを見てマチルダはニコリと微笑み、わたくしに向き直った。

 

「ここで部屋を借りると二つの特典が付いてくる。一つ、勉強ができる。二つ、挑戦できる。この特典の援助は惜しまない。いくらでも相談してくれ」

「ありがとう。助かるわ」

 

 この世界で生きるなら、働かなければならない。一人で生活する為の知識が必要だわ。

 わたくしはスプーンで赤いスープをすくう。

 名前しか知らなかったトマトは、少し酸っぱかった。

 

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