ブラックドラゴン
だんだんだん!
ボス部屋の扉をたたく音がする。「さっきの化け物かしら」、と身構えるアリス達。
「大丈夫だろ、この部屋はボスが倒さなければ開くことはない。今はボスがいないが、宝箱とかに手をつけなければ開くことはない」
ゴブリンは、そういって玉座の裏側にあいた宝箱を指さす。
そう『あいた』宝箱である。
ゴブリンは驚きを隠せないままアリスの方を向く。アリスは視線を逸らす。
「……おい」
「ごめんなさい、さっきあけちゃった」
はぁ、と額に手を当てて困ったような顔をするゴブリン。
「あー、ということはあれか、クリア扱いになったというわけで、あの扉も開くぞ。どうする、逃げ場なんか無いぞ」
「この部屋にトラップはないの?」
「ないな、魔王によってはそういうトラップをつける所もあるが、うちはそんな予算がないし、うちの魔王様はあんまり乗り気じゃなかったからなつけてないぞ」
そんなやりとりをしていると、扉がゆっくりと開いていく。
身構えるアリスたち。
扉の奥の方からのは、黒いドラゴンがあらわれた。
所々薄汚れているが、黒々とした堅そうな鱗、立派な牙、大きな翼はどれを見てもドラゴンのようだった。
「あれ? おまえはブラックドラゴンじゃないか!」
ゴブリンが叫ぶ。
「あー、はい。ここの派遣ボスをしているブラックドラゴンです、はい」
ちょっとばつの悪そうに、頭をかきながらブラックドラゴンが答える。
◆ ◆ ◆
どうやらさっきまでアリスたちを追いかけていたのはブラックドラゴンだったらようだ。ずっとワンオペ(1人でオペレーション)で作業をしていて、ストレスと酒で太ってしまったようで、だるまみたいな体型になったらしい。風呂にも入らずにいたらあんな風になってしまったようだ。またストレスからか肌荒れがひどくて、がびがびの醜い皮膚になっていたようだ。
アリスが投げつけた、さっきの試験管の中身をあびたら貯めこんだ脂肪や皮脂が解けて、元の姿に戻ったみたい。
でも派遣ドラゴン、ブラックドラゴンはまだあまり体調がよくなくってふらふらしていた。なので丁度都合よく光ったアリスの試験管を飲ませたら元気になった。状態異常は回復したようだ。あと48時間くらいは働けそうである。
「ところで、何でそんなに忙しいの?」と回復したブラックドラゴンに対して質問を投げかけるアリス。
「新しいダンジョンだとやることがいっぱいなんですよ、設備のチェックやトラップの状態確認、カメラのチェックとか色々と作業が必要なのですよ。ああ、ホント忙しくて困っちゃうよ。毎日、残業なんだ」
ちょっと誇らしげに答えるドラゴン。どうやら忙しく働いていることを自慢に思ってる様子。多分、社畜と言えそうだね。まるで、仕事に命をささげるのが生きがいのような人。いや人ではなくドラゴンです。きっと死にかけになるまで働くことで達成感を感じるのかな。
社畜の人は、会社に奉仕することを喜びとして感じているらしいね。社畜は、働き過ぎでも苦には感じないようだ。会社や上司に服従していいなりに仕事をこなす。
「そんなに忙しいなら、手伝ってもらったらダメなの?」とアリスは正論を投げかける。
「今はどこも人手不足なんですよ。それになれている人じゃないと、かえって時間がかかるんです。やっぱ、私じゃなきゃダメだなんです」
どうやら、自分がいないと仕事が進まないように感じているようだ。仕事をする自分に酔っている人にありがちかな、自意識過剰ともいえそう。責任感が強く仕事のためならサービス残業もいとわない。正直なところ、その人がいなければ立ち行かない会社だと、どのみちすぐ立ち行かないだろうね。
「うーん、部下はどうしたの、なんだか宴会していたみたいだけど」
「部下、あぁ、あの使えない人たちですか、あんなのに任せていたらぜんぜん作業が進まないので私がやっていた方がましなんですよ」
その仕事が自分にしかできないと強く思い込んでいる社畜はやっかいです。仕事をする上で自分がオンリーワンの存在であることは、ほぼありえません。本当に特殊な仕事以外は大体の場合代替可能なのです。
「えー、それだとあなたがいないと、だめなの? 風邪を引いたり体調不良になったらどうするのよ?」
「それでも仕事しなきゃいけないですね。なにせ私しかできないのですから」
「えー、それで大丈夫なの? あなた最後に休んだのはいつ?」
「いつでしたっけ、一ヶ月前くらいですかね? まぁ作業が気になって途中から出てきましたが」
「信じらんない? 何を楽しみに生きてるの? 仕事が生き甲斐なの?」
ちなみに有給休暇なんて取ったことがないとドヤ顔で高らかに語る人がいますが、まさに社畜を象徴する顔といえます。
日本の労働基準法では、6ヵ月以上継続勤務した労働者に対して、一定の年次休暇が与えられるのです。有給休暇を取得しない社員に対して、人事部から注意されることもありますよ。
有給休暇を取得しないことは効率が悪くなることもあるのです。しっかり休もうね!
1日業務をしなかっただけで会社が倒産するようなことはないですよ。あなたが休んでもそんなに変わることもないでしょう。あなたの代わりはいくらでもいるのです。むしろ代わりがたくさんある方が健全だと思いますけどね。オンリーワンの会社はその時はいいけど、時間が立つときっと衰退するね。
「む、ところであなたさっきから色々といってますが、働いた経験はありますか、えーっと名前は……」
「アリスよ、ないわ。小学生をしているのまだ働いたらだめな年齢なの」
それを聞きドラゴンは鼻で笑い飛ばします。
「働いたことのない子供にいわれても説得力ないですよ。まったく、色々というもんだからどんなに経験があるのかと思えば。とんだ時間の無駄でしたね」
アリスはその言葉にかちんときて。
「じゃぁ、働けばいいんでしょ、あなたの会社で働いてみるわ、ちょっと紹介して」
「「えっ?」」
ゴブリンとブラックドラゴンの声が重なる。どうやら次はお仕事をするようだね。




