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それぞれの立場


「いいから、待て。――――ベル」

 ベルは、デリートの言葉をようやく受け止め、圧し掛かっていた体をしぶしぶ引いた。

 横たわりながらも四肢の状態をくまなく調べ、痛みなど問題ないことを確かめてゆっくりと身を起こしたデリートは、傷を負ったはずの左腕に手を置いた。二の腕に貫通し、挿したままだった矢は跡形もなく、傷の痕すら見当たらなかった。血濡れた袖がなければ夢としか思えないほど元通りだ。グッと腕に力を込めてみても、なんら異常は感じられず、ひとまず胸を撫で下ろした。

「ベルが治したのか」

 疑問ではなく、確定。デリートは隣に座る妖魔にそう聞くと、「そうだよっ!」と、満面の笑みで傷が癒えたデリートの腕にしがみつく。

「せっかく会えたのにデリートってば死にそうだし、あたしびっくりしちゃったよ! もー、初めて会った時も男前だって思ったけど、今はもっと好き! この腕の逞しさとか、厚みがあって引き締まった体とか、すっごいのね! 小さかったから腕回らないと思ったけど、成体になってもやっぱり届かないわ~。顔もさ、なんていうか渋みが足されていい~! すっごくいいよ! でもさ、無精髭っての? あたしさ、それ嫌いじゃないけど剃っちゃおうかなっ」

「……」

 不必要な会話をよしとしないデリートは、早朝囀る小鳥ように延々喋るベルに、若干の精神的疲労を感じた。ベラベラと語られる内容を、なんとか脳内で整理する。

 ベルは、この屋敷に連れきてすぐさまデリートの治療に当たったらしい。矢に貫かれた腕の傷もそうだが、それによる毒が全身に回って瀕死のデリートへ、すぐさま口付けをした。無理矢理舌をねじ込んで唾液を注ぐ。嚥下することにより、体内からベルの体液が全身に回り、毒素が抜けた……と。

 そこでデリートは思い出した。


 ――魔の卵を口にしたものは、魔の妖力を手に入れることができる。


 血肉は確実だが、体液でも構わない……そういうことなのか?

「つまり、助ける為に?」

「もちろん! 腕はちょっと大変だったけど、綺麗に治せてよかった……私のデリートだもん」

 ぎゅうと腕に抱き付いてくるが、ベルはの今の姿は、全裸だ。押し付けられた豊かな双丘が行き場をなくして上へ盛り上がる。

「ね、だから、しよ?」

「却下」

「えー! なんでー!」

「その意味が解らん」

「好きだからしたいの」

 直情的なベルは、はっきりと言い切った。物事は理由があって結果に辿り着くものだが、ベルの場合は最短距離で突き進むため、こちらがどんどん置いていかれる。本人は途中経過すら切って捨ててしまうので、話す内容でこちらが精査して流れを汲み取らなければならないようだ。

 好き、はデリートの事だろう。出会った当初も同じことを言っていた。

 したい、は……途中経過が抜けている為、やはりここを質さなければならない。

「なぜ」

「したいから」

「……服を着ろ」

 全く答えになっていない返事にデリートがそう言うと、ベルはしがみついた腕により一層力を込めた。そして、ふるふると首を振る。

「やだ。あたし、デリートとしたいの。……ううん、しないと、ダメなの」

 悲しげに声を震わせ、俯いたベル。

 関係を求めるにしては、どこか不自然な様子が気になったデリートは、とりあえず何か着せようと周囲に散らばる衣服を空いた反対の手で集め、それをベルの肩に掛けた。デリートの行動に気付いたベルは、肩に掛けられた中の一枚の布を、片手でそっと撫でる。

「ねえ……これ、覚えてる? デリートから貰ったやつだよ。あたしね、これいっつも首に巻いていたの。これ巻いてるとデリートが傍にいる気がして、ずっとずっと、ここにしてたの」

 ベルが愛おしげに撫でる生地を見れば、確かに当時デリートが首周りに巻いていたものと同じ……だった気がする。デリートは別段自分の物を分け与えるという意識はなく、ただ欲しいと言われたのであげた、というのが本当の所だ。

「あたしね……もう、妖魔の仲間の所に戻れないの」

 ポツリ、と唐突に語りだしたベル。デリートの肩にちょこんと頭が乗せられ、その拍子に緩く波打つ髪がひと房だけ背中から胸元へ零れた。

「なんかさ、卵のとき……あたしだけ助かっちゃったでしょ? 仲間の所まで行ったらすっごく怒られてね……十年は仲間の群に置いてくれたけど、それ以降は好きにしろって」

 デリートとベルの出会ったきっかけである、あの屋敷で数多くあった魔の卵。しかし、孵ったのはベルだけだった。魔がいたという証拠は、ベルの怒りによってすべてが無になり消え去ったが、ベルだけ唯一生き残ってしまったがゆえに、仲間からの非難が集中したという事らしい。

 デリートがあの場からベルを連れ出さなければ、ベルは自分ごとあの虚無へ取り込まれていただろう。魔の存在を世間に知られることなく、そして魔の卵を狙う蛮行を戒めるため、【無かったこと】になる。

 妖魔の厳格なまでの対処に、デリートは首に薄刃を背後から当てられたかのように戦慄した。

 三代前の救世主がいない今、その気になったら、妖魔は人間などあっという間に淘汰できるほどの力を持っているのは、当時生まれたばかりのベルを見ただけで確かだ。だが、何故それをしないかというと、その時の盟約を、妖魔の潔癖さにより保たれているから。長命である妖魔は、当時の事を覚えているだろうが、一方人間はというと……残念ながら、語り継がれる位しかなく、代を重ねるごとまるで夢物語のようにしか思えない。

 今この世の中は、妖魔の寛容さで成り立っているようなものだ。もしそれが――

 そこまで考え、デリートは止めた。いくら考えたところで自分一人で何かできるとは思いあがっていないし、今は目の前の問題を片付けるのが先決だ。

「好きにしろ、か」

「うん。だから、一人ぼっちになっちゃった……」

 どことなく寂しさが見えたのはそのせいか。デリートは一人得心がいった。しかし続けて語るベルの言葉に、デリートは息することを忘れるほど固まった。

「でもね、人間の精をもらえば、人間と一緒にいられるんだって!」

「…………は?」

 やっとのことで声が出たデリートだが、何とも間抜けな一言が漏れ出ただけだった。

「ほらー、あたしってさ、この尖った耳とか鉤爪ついた足? どうみても人間と違うよね。目とか髪は……まーこれは人間にだってなくもないからいいとして、このパッと見分かる所をどうしたらいかってことなの。こっそり調べたら、人間の精を私が受け取れたら、その精を体が吸収するから、体の造りをもっと人間に似せることできるっていうの。すごいでしょー! だから、ちょうだ――」

「断る」

「なんでよ!」

「むしろなんで俺になるんだ」

「あっ、冷たーい! デリートったら冷たーい! あたしこんなに好きだって言ってんのにそれ汲んでくれないの冷たーい!」

「妖魔だろお前」

「大丈夫だってばー。体はほとんど人間と一緒だから、デリートはいつも通り――」

「……いつも通り……なんだって?」 

「あっ……何でもない嘘ゴメンナサイ見てません私知りませんだから、ね?」

 語るに落ちるというか、ベルは会えなかったとは言ったものの、こっそりと覗き見だけはしていたらしい。いずれ自分の物にするからと、デリートの動きをよく観察し、来る日に備えていたと……いうのか。

 未だかつてないほど会話をした自覚のあるデリートは、その精神的疲れを上乗せされ、ガクリと肩を落とす。いまや怒鳴る気力すら湧いてこない。

 荒くれ者の盗賊を纏め上げ、近隣諸国まで名を轟かした〝しじま〟が、こんな小娘――に見える妖魔に振り回されているなど、誰が想像できようか。

 いずれにせよ、ベルは妖魔であり、一人だからといって魔力は存分にあるので困ることは一つもない。むしろ、デリートの方が不都合だらけで、一条の光も見いだせず、暗雲が胸の中に広がった。

 デリートは、すっくと立ち上がる。急に立ち上がったのに驚いて、ベルはぽかんとすぐ傍に立つ盗賊を見上げた。

「世話になった」

 一言だけそう漏らすと、デリートは部屋の窓から外へ飛び出す。もちろん衝動的ではあるが、見当を付けてあるので迷いはない。風が運ぶ空気は潮の香りが含まれ、星の位置からおおよその居所を知り、建物の構造の特異性から地域を計る。加えて、葉擦れの音から地上までの距離も大体掴んでいた。傷や疲労は回復しているので、走るのには何の問題もない。

 何も、問題はないのだ。

 何も……

「ちょっとぉ~! 待ってよー! なんで逃げるの!?」

 後ろから、声が着いてくる。嫌な予感しかしないが、ほんの僅かに視線を背後にやれば、そこには思った通りの姿があった。

 ベルは、まさに飛ぶように……ではなく、本当に体を宙に浮かせながらぴったりとデリートの後ろにいる。どう考えてもこの行動は、人間のすることではない。

「着いてくるな!」

「やだ! あたし、デリートと一緒がいいもん!」

「俺は嫌だ!」

「デリート好きっ!」

「聴かん!」

「大好きっ! だからしよ?」

「するか!」


 ベルと初めて会った時から、なぜか一生の付き合いになるんだ、と妙な予感が心の片隅にあった。

 名前をお互いに名付けたことも、もしかしたら無意識に行われた絆なのか。

 妖魔を否定するのにデリートが必死なのは、そうでもしないとあっという間に気持ちを占められるから……なのかもしれない。

 デリートはベルに断り文句を叩きつけているが、そもそも言葉にしている時点で自身がベルに対してかなり気を許しているのだ。それが明らかだというのに、本人には自覚がない。

「あたし淫魔属性もあるのよ~?」

「知るか!」

 二人のやり取りは徐々に激しくなりつつ、しかしその姿は傍から見ると、とても息がぴったりで、仲良さげに見えるのだった。




 その後――

 町外れの山の麓に一組の夫婦が暮らしている、との噂が、いつの頃からか囁かれるようになった。

 とても仲睦まじく、幸せそうに寄り添っていた、とも―― 





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