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「……願って端折っちゃっていい?」と祐樹がまさに美喜へ聞いた。
「その願いは難しい願いなわけ?」
「いや簡単なわけ。下見の時自力で開けたんだけど、その記憶通りに動けーって願いなわけ」
「ルニにいる時間がそんなに減らなければいいってわけ」
「おけなわけ」祐樹がそう言いながら、てこの原理で扉を持ち上げる動作をした。
――絶対にゴングの鳴った音がした。同時に扉が上下へ、おかしな動きをした瞬間ピー、と認証が完了したような音がした。扉が一瞬でスライドし終えた。が、扉の向こうは暗すぎだ。
階段らしい。だが暗すぎる。――なのに祐樹は当然のように階段へ入っていった。
僕は一瞬躊躇ったが、今は祐樹が人間ルールブックなのを思い出した。
別に何とかなるって、と祐樹がよく言っている言葉を心中で繰り返して、入っていった。
振り返ると、美喜も藤谷も恐る恐るついてきている。
と、祐樹の方からライターをつけた音がした。――またゴングが鳴った。あり得ないくらい明るくなった。階段の電気が全てついたとしか思えないほど全く明るくなった。
「走れぇえええ!!」祐樹の叫び。駆け下りていく音。ハッとして、僕は螺旋階段を駆け下り始めた。後ろからも美喜と藤谷の駆け下りていく靴音。全く明るくなったのは祐樹のおかげだが、ちんたらしていると遊べる時間が減るのを思い出した。それは嫌だ。みんなもそのはずだ。
駆け下り切ると、祐樹の開けたドアを抜けた。左右へ伸びる、使われていなさそうな通路に出た。左へ駆け出した祐樹の後を追っていく。右折したり、少ない階段を下りたりして二階席の通路に入った。今度は下への非常階段を探す。と、見つけた。下りゆく祐樹を追って下りる。
そしてついに辿り着いた。夕色の光に照らされるリンク内。空気が今まで以上に寒くなった。
この上の二階席から大きく、便座のように湾曲して最奥の、防弾以上の強度があるドーム状の天井ガラスへまで伸びて、途中で終わっている。その下にはかつて広大なスケートリンクが最奥のガラス壁に至るまであった。今は、透明な仕切りの向こう側が巨大な穴だ。リンクの氷は撤去され終えている。暗闇の中に見える、ブツブツ蠢く光の粒々のような何かの向こう側に、床があるように見える。しかしかなりの落差だ。三階分の高さがあるのかもしれない。
「ととそーだ、」と祐樹が思いついたように言い出しながら振り向いてきた。
「ここからは願い通り、四人全員で一緒に願ったことが叶うようになってるはずだぜー」
「じゃあ、もうみんなで一分願えば再現化するんだね」と藤谷が少し息を切らしながら言った。
それを合図に、美喜たちと思い出そうとする。閉鎖される前のスケート場で遊んでいた時を思い出す。その時の状態に戻るよう念じる。スケート靴を履いた自分を思い出し続ける。
ゴングが鳴った。一瞬の目眩のような感覚に襲われた。
視界が元に戻った時、夕色に輝く広大な白い氷の床が目の前に広がっていた。
寒かった空気も、そこまで寒いと感じなくなっている。
よしっ! と美喜たちと手を握り締めながら、僕はみんなとスケートリンクに入っていった。