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「見つけたんだな櫻、急ぎな!!」と真梨の叫びが後頭部からしたので顔を前に戻すと、黒い木々が丁度両側で伸びてくれている中、その最奥に、左から射す外灯の光に当たる真梨がいた。
「早く!!」と櫻は、顔をそのままにして藤谷に呼びかけながら、真梨へ全力疾走し始めた。
そして後は戻るだけだと思った。急いだ方がいいに越したことはないとも思った。
「まっ、真梨っ!? そんなに急ぐほどなの!?」と背後で叫んだ藤谷の声の奥で、草が激しく擦れる音がさらに激しくなったのも聞こえたから、櫻は藤谷も速度を上げたのが分かった。
同時に櫻は木々を抜けた。そして真梨の左肩側へ速度を落としながら、後ろへ身を翻した。
丁度藤谷も出てきそうなところだった。そしてそのすぐ先の両側の木の間を通り過ぎた。
と、その二本の木に隠れていた東堂と、シルキィを頭に乗せる高菜が、藤谷の背中を押した。
わっ!? と目を見開いて、まさに心底から驚愕する藤谷が、真梨に受け止められた。
紺のダウンコートと白いツィードスカートにニーソックス、ショートブーツの藤谷。
真梨は俯くように藤谷を見下ろしながら、大事そうに抱き締めている。
遠くで飛行機の、金属が擦れ合っているような風切り音が遠くけたたましいことに櫻は、今気づいた。藤谷の呆然と息を切らしている声より、自分の息を切らした息遣いの方が聞こえる。
「……すまない。ホントは百合奈のことが大変なのさ」と漏れ出たような、真梨の声も聞いた。
「……わた……し……?」
「そうさ。……櫻が一番心配しててね、櫻に頼まれたのさ。……東堂と高菜のケンカってさ、櫻に頼まれる前に、わたしと櫻が百合奈のことでちょっと話してたって意味で……まぁ順番が逆だから、代わりでな。……それに、百合奈がきてくれないと解決できないから、ってことさ」
「……櫻……が、……櫻……」
「そうさ。……やっぱりだったんだよ。あの時、こうしようとしててよかったんだ。そうしてやれるほど、わたしには余裕があったんだよ。それを分けてあげようとして、よかったんだ」
「……そ、そんな……こ、……こんなこと……み、みっともないよ、私……そ、そうでしょ?」
「なにがみっともないだ。……わたしたちよりすごい頑張ってきたんじゃないかっ」
「そうだぞ! 俺たちのような脱走者でもないのに、――そもそもいきなり藤谷の家にいった蓮司にそそのかされたってのに、俺たち以上に頑張って! みんなもう分かってんだぞっ」
東堂も必死に叫んで、真梨に続いた。
「だ、だけど……、ってかそもそも私、真梨より歳上だよ?」
「そんな……謙遜なんてさ。今じゃどこでも年齢より、行動が、先輩の基準じゃないか。年齢関係なく誰もが、考え方だって違うんだからってさ。……けどわたしは百合奈が、本当の先輩だって思ってるよ。ボロボロでも、それに打ち克って立ち居振舞って、全く甘えを見せないで優しくて、……あまりに一途なんだよっ。わたしだって少しはしてやりたい、今だからこそっ。辛い時の一人はもっと辛いんだろっ!? させなさいよっ!!」
その時しゃっくりしたように呼吸が止まったかのような声が、藤谷か(ふじたに)ら聞こえた。んく、と息を詰まらせた声も聞こえるが、途端、息遣いがまるで聞こえない。――控え(ひか)めに泣いている。
藤谷の両手が、肘が曲がるだけ上がった。そして真梨の腰の上の服を掴んで、握り(にぎ)締める。
そして次第に声が叫ぶように激しくなった。嗚咽を漏らすほど、精一杯泣いている。




