偽りの王女
「そろそろ次の村に着くはずじゃ」
山道を歩きながら、イデアールが呟く。
「やはり山道は疲れるのぅ」
「まあ、いいじゃないか。たまにはこういう道も」
ティヒカイトが笑う。
「しかし、この辺りまで道は整備しなかったのか?」
「この辺りは確か……小さな村しかなかったからのぅ。街道整備も後回しになってしまったな」
「なるほどな」
「おっ! 見えて来たぞ!」
山道の先に、小さな村が見えてきた。
◇
「こじんまりしてるが、村人の顔色も悪くねぇな」
「じゃなぁ」
畑もあり、店もいくつか並んでいる。
「しかし、宿場なんてあるのか?」
「どうじゃろうな?」
その時だった。
ざわざわざわ……
「ん?」
ティヒカイトが足を止める。
「何だ?」
「どうしたんじゃ?」
村の中心から、人の怒鳴り声が聞こえてくる。
「貴様! この金利は違法だぞ!」
「はっ! こんな小さな村まで法律は届かねぇ!」
人垣の中を見ると、商人らしき男と、一人の少女が言い争っていた。
「貸した時にも話しているはずだ! 払えねぇなら土地でも家でも売って返してもらうぞ!」
「ふざけるな!」
少女が怒鳴る。
「この金利は明らかに違法だ!」
「小娘が法律を語るんじゃねぇ!」
「何だ、あの娘は?」
「どうやら高利貸しの取り立てを止めているようじゃ」
少女は一歩も引かない。
「貴様のやっていることを私は見過ごせない!」
「なら、どうする?」
男が少女を睨みつける。
「お前に何ができる!」
少女は懐から何かを取り出した。
「これを見ろ!」
王家の紋章。
「な!?」
男の顔色が変わる。
少女は堂々と言い放つ。
「私は第一王女である!」
「第一王女だと!?」
「ここの警備兵!」
「はっ!」
「こ奴らを縛り上げろ!」
「承知しました!」
警備兵が高利貸しとその取り巻きを取り押さえる。
「な、何だこりゃ……」
ティヒカイトが呆然とする。
「おい、ジジイ!」
「何じゃ?」
「第一王女って何だ!」
ティヒカイトがイデアールの肩を掴む。
「苦しい……ティヒカイト、首を絞めるな!」
「歳の頃は十六前後か?」
「そうじゃな」
「十六年前を思い出せ!」
「……」
イデアールは考え込む。
「心当たりがあるような、ないような……」
「おい」
シュングがじっとイデアールを見る。
その目は、まるでゴミを見るような目だった。
「シュングよ。そんな目でわしを見るな」
「では、魔法を向ける必要はありませんね?」
「何故わしに魔法を向けておる!?」
「念のためです」
「念のためって何じゃ!」
「まあ、さておいて……」
イデアールは少女へ視線を向ける。
「王女殿下に話を聞いてみるとするか」
◇
「いやいや、王女様がお忍びで旅とはのぅ」
三人は少女と一緒に食事をしていた。
「奢ってもらって悪いな、爺さん!」
少女は遠慮なく料理を口へ運ぶ。
「成長盛りじゃろ。たんと食べなさい」
「うん!」
ティヒカイトが苦笑する。
「随分と遠慮がないな」
「旅先で遠慮していたら腹が減るだろ」
「王女様らしからぬ発言じゃな」
「私は王女じゃない」
少女が突然真顔になった。
「……え?」
三人が顔を見合わせる。
「私は本物の王女じゃない」
少女は料理を見つめながら話し始めた。
「私は、この近くにある小さな村の出身なんだ」
「村の出身?」
「そう。村では昔から生活が苦しくてな。税もそうだが、何より高利貸しが酷かった」
「それで王都へ?」
「そうだ。村の現状を王都へ伝えようと思った」
「なるほど」
「でも、王都へ着いた時には王が息子に代わっていた」
少女は苦笑する。
「新しい王に直接会うことなんて、私にはできなかった」
「それは……そうじゃな」
「母親は、昔から王様と面識があるって言っていた」
「「なっ!?」」
ティヒカイトとシュングが同時にイデアールを見る。
「……何じゃ?」
イデアールは目を逸らす。
少女は続ける。
「まあ、多分嘘だ」
「嘘?」
「私を落ち着かせようとして、母が適当に言ったんだと思う」
「そうか……」
「それで村へ帰る途中、噂を聞いたんだ」
「噂?」
「引退した元王が、国内を旅しているって」
「……」
「しかも、旅先で悪い奴らを退治しているらしい」
少女は拳を握る。
「なら、私たちも偽物でいいから王族を名乗って、悪い奴を懲らしめてやろうと思った」
ティヒカイトが頭を抱える。
「お前なぁ……」
「何だよ」
「王族を偽って名乗るのが、どれだけ危険か分かってるのか?」
少女は頷く。
「分かってる」
「バレれば死刑になる可能性だってあるぞ」
「それでもいい」
少女は真っ直ぐに答えた。
「嘘でも、人を助けることができるなら」
イデアールは黙って少女を見つめていた。
「今日の高利貸しもそうだ」
少女は悔しそうに拳を握る。
「何度も何度も、この村へ来やがった。村の人たちから金を巻き上げて……」
「なるほどのぅ」
イデアールは静かに頷いた。
「それで王女を名乗ったのじゃな」
「そうだ」
「ならば、わしらもお主を助けよう」
「え?」
少女が顔を上げる。
「いいのか?」
「なーに」
イデアールは笑った。
「放浪の旅じゃ。それくらい、お安いことじゃ」
「ありがとう!」
少女は嬉しそうに笑った。
◇
翌朝。
村の入り口から怒鳴り声が聞こえてきた。
「この小娘!」
少女が外へ出る。
「よくも騙しやがったな!」
昨日の高利貸しだった。
その隣には、数人の男と文官らしき人物がいる。
「王都まで行って確認した!」
男が叫ぶ。
「第一王女なんぞ、どこにもいねぇ!」
少女の顔から血の気が引く。
「偽りの王族を名乗った罪は重いぞ!」
「……」
「お前は捕まるんだよ!」
ティヒカイトが前へ出る。
「そうはさせねぇよ」
「何だ、貴様は!」
「旅人だ」
「なら、お前らも同罪だ!」
男が叫ぶ。
「偽りの王族を名乗る者を助けたんだ。お前らも死刑だ!」
「ディフィカルト!」
「おうよ!」
「シュリンク!」
シュリンクも前へ出る。
「助けるぞ!」
「大丈夫か?」
ティヒカイトが少女を見る。
「ああ。どうにか……」
「なら下がってろ」
男たちが一斉に襲い掛かってきた。
「またこの流れかよ!」
ティヒカイトが剣を抜く。
「お前ら、怪我したくなければ帰れ!」
「うるせぇ!」
男が剣を振り下ろす。
ガキン!
ティヒカイトが受け止める。
そのまま剣を弾き飛ばした。
「なっ!?」
別の男が横から襲い掛かる。
「ファイヤーボール!」
シュングの魔法が男の足元を吹き飛ばす。
「うわっ!二人とも、強すぎだろ!」
あっという間に男たちが倒れていく。
「くそっ!」
高利貸しが後ろへ下がる。
「お前ら、一体何者なんだ!」
イデアールが静かに前へ出る。
「もうよいじゃろ」
「何だ爺様!」
「わしらは旅人じゃ」
「だったら関係ねぇ!」
「そうもいかん」
イデアールは静かに懐へ手を入れた。
一本の短剣を取り出す。
柄には王家の紋章が刻まれている。
文官の顔色が変わった。
「ま、まさか……その短剣は……」
イデアールは静かに告げる。
「元ルーエ国王、イデアールである」
その場の空気が凍りついた。
「もちろん、本物じゃ」
文官は震えながら膝をつく。
「建国王陛下……!」
高利貸しも顔面蒼白になった。
「そ、そんな……」
イデアールは少女を見る。
「この娘が王女を名乗ったことについては、わしも責任を持とう」
そして高利貸しへ視線を戻す。
「じゃが、お主の悪質な金利と取り立てについては、別の話じゃ」
「……」
「村人から不当に取り立てた金は全て調べよ」
イデアールは文官へ命じる。
「違法な金利についても調査し、正しい額を算出するのじゃ」
「はっ!」
「そして、この村の者が安心して暮らせるよう、必要な対策を取れ」
「承知いたしました!」
高利貸しはその場で連行されていった。
少女はイデアールを見つめていた。
「本当に……本物だったんだな」
「まあのう」
「じゃあ、私が王女だって言った時……」
「本気で信じておったわけではない」
「……だよな」
少女は苦笑する。
「でも、助けてくれてありがとう」
「礼を言うのはまだ早い」
イデアールは笑う。
「これからも村の者を守るのじゃろう?」
「……うん!」
少女は力強く頷いた。
イデアールたちは、また街道へ向かって歩き始める。
その後ろから、少女の声が響いた。
「爺さん!」
「何じゃ?」
「また会おうな!」
イデアールは振り返り、手を上げる。
「その時まで、王女らしく精進するのじゃぞ」
「私は王女じゃないって!」
三人の笑い声が、山道に響いた。




