第8話:天才のシステム、令嬢のスパイス
恋はゆっくりすすんでいく…これは恋?
「……は? 毎日、貴方の口に、メシを突っ込む?」
エリオットに両手を握られたまま、エレノアは脳内の計算式をフル回転させていた。
元スーパー家政婦としての職人気質が、彼の言葉を「専属ケータリング契約の打診」として処理しようとする。しかし、目の前の銀髪の天才の顔は、研究のことしか考えていない普段のそれとは違い、耳まで真っ赤に染まっていた。
「そ、そうだよ! 僕は研究に集中すると、どうしても栄養管理という名の『リソース配分』を誤ってしまう。でも、君の作ったドリンクは完璧だった。成分、吸収速度、そして……君の放つ、あの圧倒的な生命の威圧感(熱量)! 僕には君という管理システム(伴侶)が必要なんだ!」
(な、なんなのかしら、この男……!)
いつもなら「食べ物を粗末にする奴は死ね!」と一刀両断するエレノアだったが、ここまで真っ直ぐに、しかも自分の「食への執念(と物理的な強さ)」を全肯定して求められたのは初めてだった。
カトリーヌ伯爵家の面々のように恐怖で震えるのではなく、むしろ嬉々として「管理してくれ」と差し出される従順な態度に、エレノアの胸が、ほんの少しだけトクンと跳ねる。
「……っ、調子の良いことをおっしゃらないで。わたくし、安売りはいたしませんのよ。それに、他人に食事を提供するからには、それ相応の『対価』を求めますわ」
エレノアはツンとそっぽを向き、握られた手をパッと離した。
だが、その頬が夕日のせいではなく、ほんのりピンク色に染まっているのを、観察力に優れた天才魔導具師が見逃すはずもなかった。
「対価! もちろん払うよ! 預金口座の全額でも、僕の特許権でも――」
「そんなものいりませんわ! わたくしが欲しいのは、食材を一粒も無駄にしないための『技術(仕組み)』です!」
エレノアはエリオットの白衣の胸ぐらを指差し、ふんす、と鼻を鳴らした。
「エリオット、貴方、天才魔導具師なのでしょう? ならば、わたくしのカトリーヌ伯爵邸の厨房にある『魔力冷却箱(冷蔵庫)』の魔力効率を3倍にし、食材の酸化を完全に止める術式を組み込みなさい。それができたら……今日の夜食、貴方の分も作って差し上げてもよくてよ?」
「……! 食材の完全保存回路……! 面白い、1時間で組み上げてみせるよ、僕の女神!」
エリオットは満面の笑みを浮かべ、まるで大型犬のように嬉しそうに飛び跳ねた。
◇◇◇
その日の夜。カトリーヌ伯爵邸の厨房は、いつもと違う奇妙な熱気に包まれていた。
「お、お嬢様、この銀髪の不審者は一体……?」
料理長が怯えながら見守る中、エリオットは白衣の袖をまくり、エレノアの指示通りに冷却箱の魔導回路を凄まじい速度で書き換えていく。
「そこ、魔力の流れが滞っていますわ。余剰魔力は熱に変わってしまうでしょう? その熱を、こちらの『乾燥・発酵スペース』へ流すようにシステムを最適化しなさい!」
「なるほど……! 排熱を再利用してドライトマトや熟成肉を作るのか! 君の家事理論は、王立魔導アカデミーの教授陣より遥かに合理的だよ、エレノア!」
「当然ですわ。一滴の魔力も、一筋の熱も、無駄にしてはリボ払いの地獄が待っていますもの(※前世のトラウマ)」
息ぴったりに作業を進める二人。
いつもは「魔王」として恐れられているエレノアが、エリオットの天才的な作業効率を目の当たりにして、少しだけ尊敬の眼差しを向けている。そしてエリオットもまた、エレノアの鋭い指摘に「さすが僕の奥さん(予定)だ!」とデレデレしながら作業していた。
「よし、完成だ!」
エリオットがパチンと指を鳴らすと、冷却箱から心地よい微弱な魔力音が響き、庫内の食材が完璧な状態で固定された。
「素晴らしいわ……! これで夏場の葉物野菜も3週間は鮮度を保てますわね!」
エレノアは感動のあまり、エリオットの手を自らギュッと握りしめた。
「あ……」
至近距離で見つめ合う二人。
エリオットの端正な顔が再び真っ赤になり、エレノアも自分が大胆な行動を取ってしまったことに気づいて、慌てて手を引いた。
「コホン。……約束ですからね。お礼に、夜食を振る舞って差し上げますわ」
エレノアが作ったのは、昼間に学園のテラスで回収した「友人たちの残した硬いスコーン」のリメイク料理。
細かく砕いたスコーンに、料理長が捨てようとしたカブの葉、そして魔獣の挽き肉を合わせ、極上のスープで煮込んだ『ブレッド&ミート・プディング(塩味)』だ。
「さあ、召し上がれ。一粒でも残したら……分かっていますわね?」
エレノアはいつものように、少しだけドスの利いた声を出す。
だが、エリオットは怖がるどころか、嬉しそうにスプーンですくい、口に運んだ。
「……っ! 美味しい……! 身体の芯から温まるよ。君の料理には、命が詰まっているね」
幸せそうに、そして本当に愛おしそうに皿を空にしていくエリオットを見て、エレノアは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(前世では、一人で雑草をかじって、誰とも食卓を囲めずに死んだのに。……私の作った料理を、こんなに嬉しそうに、綺麗に食べてくれる人がいるなんて)
「エリオット」
「ん?」
口の周りに少しスープをつけたエリオットに、エレノアはハンカチを差し出しながら、いたずらっぽく微笑んだ。
「明日も学園の裏で、行き倒れていないかチェックしに行って差し上げますわ。……だから、ちゃんと生きて待っていなさい?」
「うん! 明日はもっとすごい調理魔導具を発明して待ってるよ!」
恐怖の食育令嬢と、胃袋を掴まれた天才魔導具師。
効率と執念で結ばれた二人の、一味違う(けれど最高に甘い)恋の歯車が、静かに回り始めるのだった。
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