第1話:その一口を、残すなら死ね
リアルにリボ払いを利用して困っています…
リボ払いなんて利用するものじゃない!という思いをこめて…
「リボ払いなら、毎月の支払いが一律で安心!」
……あの甘いポップ広告を書いた広告デザイナーを、私は地獄の底から呪い続けている。
「手数料」という名の悪魔の利息。それが雪だるま式に膨らみ、気づけばカードが止まり、首が回らなくなり、藁にもすがる思いで手を出した闇金。そこから先は、転げ落ちるように地獄へ真っしぐらだった。
昼夜を問わない取り立て。鳴り止まないインターホン。
電気も、ガスも、水道も止まったワンルームの片隅で、私はただ、お腹を空かせて震えていた。
最後に口にしたのは、公園で見つけた名前も知らない雑草だ。
あれは、苦かった。泥の味がした。胃袋が自分の内臓を消化しようとしているんじゃないかと思うほどの、ねじ切れるような激痛。
(……お腹が、すいた……)
世の中には、食べきれないほどの御馳走をドブに捨てる奴らがいる。
食べ物に困ったことがないから、食べるものがない人間の、この、頭がおかしくなりそうな苦しみが分からないんだ。
食べ物を、粗末に、する奴は――全員、死んでしまえ。
凄まじい呪詛を脳裏に刻みつけながら、私の意識は完全に途絶えた。
◇◇◇
――そこから一度、私は執念で這い上がった。
奇跡的に一命を取り留めた私は、「二度と飢えない」と心に誓い、死に物狂いで働いた。ありとあらゆる家事、掃除、そして料理の技術を貪欲に吸収し、気づけば財界の大物やセレブから指名が殺到する「伝説のスーパー家政婦」にまで上り詰めたのだ。
なのに。
激務がたたって過労で倒れ、次に目を覚ました時……私は、見知らぬ豪華な天蓋付きベッドの上にいた。
「――お嬢様! エレノアお嬢様、お気が確かになられましたか!?」
鏡を見て絶句した。
そこに映っていたのは、透き通るような白肌に、夜空を溶かしたような漆黒の髪を持つ、絵画から抜け出してきたような美少女。
私の脳内に、この身体の持ち主の記憶が流れ込んでくる。
ここは、剣と魔法が存在する異世界。
そして私は、カトリーヌ伯爵家の令嬢、エレノア・フォン・カトリーヌ。
(……嘘でしょ。私、お貴族様になっちゃったの!?)
呆然としながらも、一歩動けば、前世で極めた「スーパー家政婦」としての身体のキレ、そしてこの世界独自の「生活魔法」の感覚が、まるで最初からそうであったかのように馴染んでいるのが分かった。
そして何より――。
ぐうぅぅぅぅ、と。
上品な部屋に、およそ公爵令嬢のものとは思えない、地響きのような腹の虫が鳴り響いた。
◇◇◇
「お目覚め早々恐れ入ります、エレノアお嬢様。朝食のご用意ができております」
案内された食堂に一歩足を踏み入れた瞬間、私は天を仰ぎ、神に感謝した。
長テーブルの上に並ぶ、目も眩むようなご馳走の数々。
ふっくらと焼き上がった、麦の香ばしい白パン。
じっくりと牛骨の旨味を抽出したであろう、琥珀色のコンソメスープ。
仕留めてすぐの魔獣の肉を使った、ジューシーなロースト。
「素晴らしい……なんて、なんて美味しそうなの……!」
前世の「極限の飢え」を知る私にとって、これは単なる食事ではない。奇跡だ。生命の輝きそのものだ。
私は淑女の礼儀を保ちつつも、内心では狂喜乱舞しながら席についた。
だが、その感動は、隣の席から聞こえた不愉快な声によって一瞬でぶち壊される。
「チッ、なんだこのスープは。コクが足りん。肉も焼きすぎだ。……おい、下げろ。今日の朝食はもういらん」
声の主は、私の兄であり、カトリーヌ伯爵家の跡取り息子、ジュリアン。
彼はスプーンを皿にカツンと投げ捨てると、まだ9割以上残っているスープと、一口しか手を植つけていないローストの皿を、傲慢な態度でメイドに押し付けた。
メイドは青ざめ、申し訳なさそうに皿を下げようとする。
その瞬間。
私の脳内で、パチン、と強烈な音を立てて何かが弾け飛んだ。
リボ払いの明細。闇金の怒号。
そして、あの公園で食べた、泥混じりの苦い雑草の味が、鮮烈に蘇る。
(……今、このクズ、なんつった?)
「お、お嬢様……?」
私の放つ、ただごとではない空気を察したメイドが、ガタガタと震え出した。
ゆっくりと、私は立ち上がる。
身にまとうのは、伯爵令嬢としての完璧な優雅さ。
しかし、その瞳の奥にあるのは、地獄の底から生還した「餓鬼」の眼光だ。
トン、と。
私は自分のフォークを、ジュリアンの目の前のテーブルへと突き立てた。
みしり、と大理石のテーブルにひびが入る。
「ひっ!?」
ジュリアンが短い悲鳴を上げてのけぞった。
私は極上の、ひまわりのような満面の笑みを浮かべ、声のトーンをワントーン落として、優しく、けれど絶対に逆らえない重圧を込めて囁いた。
「お兄様? 食べ物に困ったことがないから、食べるものがない人の苦しみが分からないのですね。……食べ物を粗末にする奴は、死んでしまえばいいと私は思いますの」
「え、エレノア……? お前、何を言って――」
「さあ、お兄様」
私はジュリアンの肩を、万力のような力でガシッと掴む。
生活魔法――否。前世の家事スキルと魔力が融合した、絶対的な威圧感が食堂を満たした。
「――残さず、骨の髄まで、全て召し上がれ? もし一粒でも残したら、次は貴方のお肉を私が美味しく調理して差し上げますわ」
ガチの、本物の「狂気」に触れた兄は、涙目になりながら、震える手でスプーンを握り直したのだった。
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