1.それぞれのリタルク・ルミナリア <ジョシュア>
七章第3話はジョシュア視点。
華やかなリタルク・ルミナリアの中、
想いを伝えることもできず、ただ見つめるしかなかった男の“心の在処”を書きます。
人の波に紛れて、俺は広場の片隅に立っていた。
夕陽に染まるリタクロスの空は、無駄に美しかった。
赤と橙が溶け合い、地平線に沈む太陽はまるで燃え盛る炎のようだ。
誰かとこの美しさを共有していれば、きっと違った感慨があるのだろう。だが今の俺にとって、それはただの舞台装置にすぎなかった。
広場には、色とりどりの衣装をまとった市民たちが溢れていた。
笑顔、期待、興奮。子供たちは秘石ランプで作られた風車を手に駆け回り、恋人たちは肩を寄せ合い、家族連れは屋台の食べ物に舌鼓を打っている。
まるでこの街に不穏な空気など一片もないかのような光景だった。
「みんな、馬鹿みたいに浮かれてやがる……」
呟いた言葉と裏腹に、どこか羨ましくもあった。
こいつらのように、ただ祭りを楽しむことができたらどれほど楽だろうか。
商人ギルドのてっぺんに据えられた巨大な秘石ランプは、いまだ沈黙を保ったままだ。
点灯の予定とされた夕刻を過ぎても、あの赤いガラスの中に光は灯らない。その赤みはまるで染料のようで、不自然に見える。
あれを選んだのは、ノーマンか、それともあの商会の誰かか……。
「……派手な色に仕上げたもんだな」
苦笑まじりに呟いて、ポケットの中のブレスレットにそっと指を伸ばした。
細い金属の輪に、少しだけ体温が移る。繊細な細工が施されたそれは、ルチカの細い手首にぴったりと合うはずだった。
ルチカに渡すはずだったもの。タイミングを逃したまま、ずっと持ち歩いている。
「お前は何を考えている……」
自分自身に問いかける。コートの内ポケットには、クラリッサのペンダントもある。
オーラム・マギカについての真実は、今この瞬間も俺の頭の中を占めている。
それなのに、この祭りの中で俺の心を乱すのは、一人の女の存在だった。
ルチカに会いたい。
それ以上でも以下でもない。
街のざわめきに紛れながら、その想いが胸の奥にふわりと湧いた。
あの傷ついた頬と、それでも諦めない強さを持った眼差し。俺を照らしてくれた、あの笑顔が恋しい。
初めてアレンと出会った日。
あの時、自分の立場が少しずつ変わっていく気がした。
けれどそれでも、変えられないこともある。
……今日の祭りが終わったら、アレンに会いに行く予定だった。
あの工房には、彼女――エリザベスもいる。今まで死んだと思われていた女性。オーラム・マギカの秘密を知る鍵となる人物。
ルチカにどう伝えるべきか。
そもそも伝える必要があるのか。
今の彼女は、レザトの隣にいる。公の場では、彼の"妻"として立っている。俺の気持ちなど、もはやあいつにとって邪魔でしかないかもしれない。
それでも、言葉にできない感情が俺を駆り立てる。伝えたいことなんて、いくらでもある。
――もう、遅いかもしれないけど。
ふと、ステージ上に副領主のイリアナ・ヴァレンドールが現れた。紫紺の髪を風になびかせ、その姿は夕暮れの中で一層威厳を放っている。
どこか母上と似ているその雰囲気に、俺はわずかに眉をひそめた。
「皆さま、本日はようこそお越しくださいました。リタルクルミナリアの開会を、ここに宣言いたします!」
拍手と歓声の中、続いてノーマンが登壇する。黒衣をまとったその姿は、夕日に照らされてなお暗く見えた。
「塔の上に設置された新型秘石ランプの点灯式ですが……皆様、明日をお楽しみに!」
その声に広場がさらに盛り上がる。
「リタルクルミナリア二日目の夜、こちらのランプが皆様の祝祭をさらに華やかに彩ります! 本日は前夜祭として、光と音楽のひとときを心ゆくまでお楽しみください!」
あの男は民衆の掌握術に長けている。その声色と表情の作り方は、まさに舞台俳優のようだ。どこまで計算づくなのかはわからない。
しかし俺にはわかる――あの男が何かを企んでいることを。
そして、その企みに巻き込まれるかもしれないルチカのことを思うと、胸が締め付けられる。
彼女は今、どこにいるのだろう。レザトと一緒にこの祭りを見ているのか。
それとも宿に残っているのか。
熱に浮かされたように、俺は人混みの中を見渡した。
何かに導かれるように、心は彼女を探していた。
やがて俺は人の流れに逆らい、祭りの喧騒から少し離れた小道へと足を向けた。今夜、自分が何を成すべきか、ようやく明確になってきた気がする。
「ルチカ……」
俺はただ、今日、どこかでルチカに会えるかもしれないという淡い希望を胸に、手の中の小さなブレスレットをそっと握りしめた。
それは過去への未練ではなく、未来への一歩を踏み出す決意の証だった。




