狐の沈黙 <カイ>
ギルドの塔の最上階。
祭り前夜のリタクロスは、まるで光に酔ったような街だった。
窓の外に広がるランプの海。
それを見下ろしながら、オレは一杯の赤ワインを傾けていた。
「綺麗だと思いません? あの赤い光……」
声をかけたのは、私設傭兵団の隊長を名乗る男。
ノーマンからの“使い”だろう。
「綺麗ですねェ。まるで街が、熱病に浮かされた少女の瞳のような煌めきを放ってて」
「例えが詩人ですね。ですが、私たちの目的は……もっと実務的です」
「分かってますとも。あなた方の仕事が、どれほど精密かも。——けれど、“詩”の中で動いているのは、あなたたちではない」
オレは笑った。男は眉をひそめるが、特に言い返すことはしない。
テーブルの上には、巨大な秘石ランプの設計図。
祭り当日、ギルドの塔に取り付けられる“象徴”。
「あなた方は、『光の中で、誰が踊るか』まで計算済みなんでしょうねェ」
「ええ。それが“計画”というものですから」
男はそう答えると、設計図に目を落としたまま言った。
「狐のカイさん。あなたの手腕には、我々も期待しています。ギルドマスターにはなれない立場とはいえ……影の功績は、大きく評価される。この結果次第では……」
「ありがたいお言葉ですねェ。でも、ワタシはただのサブマスター。光の下には出ませんよ」
——たとえ、血の雨が降ると分かっていても、ね。
使いの男が去ったあと、オレは手元の短剣を磨きながら、小さく呟いた。
「……ノーマン、あなたは“光”を制したつもりかもしれませんが……」
窓の外、どこかでレザトもまた夜を見つめているのだろう。子供の頃から、アイツは正面からしか物事を見られない男だった。今もその癖は変わっていないはずだ。
「ははっ、一つの所に長くいるのも考えもんですねェ。しがらみは嫌いなんですが」
森を出た日のことを思い出す。あの時も、こんな風に高いところから景色を眺めながら決断したっけ。
そう呟いたとき、背後の細長い影に気づく。
「……報告は?」
背後の男が、静かに耳打ちした。
「動きました。騎士団、北西の民家区に向けて警戒態勢を強化。ルミナリア前夜に、再度の魔獣襲撃があると踏んだようです」
「ふぅん……それじゃあ、ワタシも少し動きますかねェ」
短剣を鞘に戻す。
手が少し震えていることに気づき、思わず苦笑した。
「……これは風のせい、ってことにしておきましょうか」
恐れているのか、それとも期待しているのか。自分でも判断がつかない。
狐は、決して“正義の剣”ではない。だが時に、正義よりも早く走る。
「このゲーム、そろそろ“裏の山札”を使ってもいい頃ですし」
影の男と視線が交わる。言葉は要らない。互いに動機は違えど、今は同じ舞台で踊る役者だ。
塔の上から見下ろしたランプの光の海は、相変わらず幻想的だった。
だがその下で、何かが確かに燃えている。
誰もが気づかぬふりをしている火種に——きっちり目を光らせておかないといけない。
策を張る者の“震え”に、どこか人間味が滲むカイの夜でした。
彼は正義ではない。けれど、必要な役を演じる者です。
次回、ついにレザト視点です! 全員の前夜が揃います。




