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14. 交差する影 <レザト> ②

「あらぁ、レザト様自らワタクシに会いに来て下さるなんて、光栄でございます!」


ギルドの一室。カイは手元の小さな短剣から目を上げ、磨きを止めると、それをそっと机上に置いた。

夕陽が窓から斜めに差し込み、細工道具が散らばる机の上の金属に血のような朱色を映し出している。


「ああ、これですか? 単なる手慰みですよ」


カイは薄い笑みを浮かべた。


「昔から手先だけは器用でしてねェ。商人になる前は自分でこうやって指輪やら装飾品やら作って売ってたんです。まあ、作るよりただ売る方が性に合ってたみたいですけど」


言葉は軽やかに舞うが、その瞳の奥には鋭さが潜んでいる。私はカイの表情から何かを読み取ろうとするが、いつものように彼の本心は巧みに隠されていた。獣人同士ならではの緊張感が、静かな部屋に満ちていく。


「カイ、最近の魔獣の出現について、お前は何か知っているだろう」


遠回りは無用と判断し、私は単刀直入に切り出した。カイは優雅に肩をすくめ、まるで長年の友との他愛もない会話でもするかのように微笑んだ。


「いやぁ、商人ギルドの書類仕事に埋もれていて、外の騒動にはあまり詳しくないんですよォ」

「本当にそうか?」


私の視線が鋭く彼を捉える。その一瞬、カイの瞳に何かが揺れたように見えた。


「最近設置された秘石ランプ、特に商人ギルドが提供したものの周辺で魔獣の出現が増加している。これは偶然とは思えない」


カイは微笑みを絶やさないまま、椅子に腰を下ろした。


「そうですか、それは確かに興味深い観察ですねェ。でも、偶然の一致かもしれないですよねェ」

「新しい秘石ランプについて、何か知っていることはないか?」


カイは小さく溜息をつき、肩をすくめた。


「あぁ、あの秘石ランプですか。確かに最近、新しいデザインのものが入荷しました。ノーマン殿の商会から提供されたものですね」

「ノーマン……」


その名前を聞いた瞬間、全身に緊張が走った。脳裏にはルチカを泣かせたあの男の姿が蘇る。いつかの舞踏会での彼の不敵な笑み、ルチカへの執着心を隠そうともしない冷たい眼差し。


そして今、彼の名がここリタクロスの異変と結びついた。彼がルチカを婚約者にしようとした理由。突如この街に現れた真意。そして魔獣の増加……。


「やはり、あの男は何かを企んでいる……」


思わず呟いた言葉に、カイは微笑みを浮かべた。


「商人は常に多角的に動くものです。表向きの行動の裏には、別の意図が隠されているかもしれない。それが商売というものですよ」


カイの言葉は一見軽いようでいて、どこか重みを感じさせた。


「レザト様、それと……」


カイの表情が一転、真剣さを増した。


「リタルク・ルミナリアの目玉として、商人ギルドの最上部に巨大な秘石ランプを設置する予定でしてね。ノーマン殿の特注品です。まだ制作が間に合っていないのですが……祭りまでに間に合うでしょうか」

「巨大な秘石ランプ……」


私は眉をひそめた。もしこれまでの小型ランプでさえ魔獣を引き寄せる可能性があるのなら、巨大なランプはどれほどの影響を及ぼすのか。想像するだけで背筋が凍りつくような感覚に襲われた。


祭りの最中に数十、いや数百もの魔獣が街に現れたら——。

胸の奥で獣人としての本能が警鐘を鳴らす。

私の守るべき街、人々の笑顔、そしてルチカ。

それらすべてが危険にさらされる光景が、閃光のように脳裏を駆け抜けた。

無意識に獣の低い唸り声が喉から漏れる。


「なんとしても、その設置を阻止しなければ……」

「阻止、ですって?」


カイは驚いたような表情を見せた。


「それは難しいでしょうねェ。すでにギルドマスターを含む幹部たちの承認を得ていますし、ノーマン殿も多額の資金を投じています。それに、あのランプは祭りの象徴として市民たちも心待ちにしているのです」

「カイ、この状況が異常だということが分からないのか?」


私の声は、思ったよりも低く、硬く響いた。


「魔獣の出現、秘石ランプとの関連性、そしてノーマンの不自然な行動……」

「レザト様」


彼の声は静かだったが、芯のある力を宿していた。


「確かに状況は不穏かもしれません。ですが、証拠なき疑念だけで街の祝祭を止めることはできません。それこそ、街全体の混乱を招くでしょう」


たしなめるような物言いに、私は思わず奥歯を噛みしめる。彼は何も間違ったことを言っていない。

しかし、その冷静さが、どこか私の中の焦燥を刺激した。

沈黙が落ちる。その刹那、私は意識せず口を開いていた。


「……昔は弓を使っていたな」

「あら、覚えてらっしゃったんですか」


カイの手が一瞬止まり、耳がピクリと動いた。その動きは獣人の私にしか感じ取れないほどの微細な反応だ。彼は表情を崩さず、刃に夕陽の光を当てながら言葉を紡いだ。


「昔の記憶など……どうでも良いと思っていたのですが、レザト様の記憶力には感服しますよ」


その声は軽やかでありながら、どこか奥底に沈んだ重みを滲ませていた。


「レザト様はやはり、抜かりがない」

「森の中では、風を読み、一瞬の隙を狙う。遠くから獲物を仕留めるのが得意だった」

「ええ。まるで運命を操っているような気分でしたよ」


彼は立ち上がり、刃を鞘に収める。その音がやけに鋭く響く。


「でも、人生は皮肉なもので。遠くから狙っているだけじゃ、本当に欲しいものは手に入らない。今では、懐に飛び込んで喉元に刃を突きつける方がずっと効率的だと知りました」


カイは窓辺に向かい、夕陽に照らされた街を見下ろす。


「危険は増します。でも、それも……慣れるものです」


その背中には、あの頃の少年の影はなかった。


「近くで見る獲物の目は、遠くから見るよりずっと興味深い。恐怖に震える瞳、最後の希望が消える瞬間……まるで、人生の真実を覗き見るようです」


振り返ったカイが、一歩、こちらに近づいた。


「レザト様はどうです? 昔と比べて、獲物との距離感に変化はありましたか?」


私は目を逸らさずに、彼を見返す。


「カイ」


己の声に、鋼のような強さが宿るのを感じた。


「必要とあらば、俺は躊躇わない。獲物の懐に飛び込み、この手で掴み取る。それが……領主としての、そして」


一瞬だけ、言葉を探す。


「そして、かつてお前の親友だった男としての、責任だからな」


言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が静かに凍りついた。

カイの瞳孔が一瞬だけ開き、彼の尾が不自然に硬直した。

表情は柔和なままだが、その体の隅々が緊張に満ちている。


幼い頃の私たちが交わした約束の記憶が、目には見えぬ糸となって二人を繋ぎ、同時に引き裂いているかのようだった。


「……親友ですか」


カイの声は囁くように小さくなった。


「懐かしい言葉ですねェ……レザト様」


カイの目がわずかに揺れる。その瞳の奥に、読み取れぬ感情が一瞬だけ浮かんでは消えた。


あの日のことは、決して忘れられない。私が森を追われたあの日、ヤツが何をしたのか、本当は分かっている。だが今はまだ、それを口にする時ではない。


ただ、そこにあるのは断絶だけだ。


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