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13. ジョシュアの疑問③ <ジョシュア>

街の喧騒が遠ざかるにつれ、空気が重さを増していく。

採掘場から響く男たちの掛け声と、リタルク石を削る音だけが、この場所が生きている証のように耳に届く。

その単調な音が、不思議と俺の緊張を掻き立てていた。


グラシア工房。

採掘場の傍らに佇むその建物は、一見すると質素な外観だった。

だが、店先に並ぶ秘石ランプの数々は、まるで生きているかのような輝きを放っている。

他の工房のものとは、明らかに次元の違う存在感だ。


「――ここか」


深く息を吐き、扉に手をかけた瞬間、直感が警告を発した。

工房に展示されたランプの台座。

その銘に刻まれた文字の癖が、どこか見覚えがある。

懐から取り出したクラリッサのペンダントと照らし合わせる。

間違いない。筆跡が、完全に一致している。


途端、様々な情報の断片が、まるで星座のように繋がっていく。

秘石ランプの交渉。それが当初の目的だったはずだ。

だが今、俺の目の前でエリザベスの足跡が姿を現そうとしている。


もしや彼女は、この工房に匿われているのではないか。

その可能性が、俺の心臓を早鐘のように打たせる。


しかし、慎重にならなければ。

この推測が外れた時、エリザベスの手がかりを失うどころか、秘石ランプの交渉すら水泡に帰すことになる。

今の俺に残された切り札は、たった一枚。


心の中でカードをめくる音が聞こえる。

……賭けに、出るしかない。


店内に足を踏み入れると、若い店員が迎えに出てきた。


「いらっしゃいませ。本日は……」

「このペンダントについて聞きたい」


躊躇なく、クラリッサのペンダントを差し出す。

この一手で、全てが決まる。


「こ、これは……!」


店員の声が震える。

手に取ったペンダントを、まるで幻を見るかのように覗き込んでいる。


「こんな純度のリタルク石、見たことがない……! でも、この銘は確かにうちの……。もしかして師匠が……師匠ーっ!」

「ああ゛⁉」


突如、地鳴りのような声が響き渡る。

工房の奥から、まるで暗闇そのものが這い出してくるような重苦しい気配が滲み出してきた。


「作業中に気安く呼びやがって……」


ずん。ずん。


一歩進むごとに大地が震えるような足音。

獣に追い詰められた時のような、本能的な危機感が背筋を走る。


そして――。


「誰だ、客は」


現れた存在に、思わず息を呑む。

中年女性という範疇を遥かに超えた、筋骨隆々とした体躯。

その腕は俺の太ももよりも太く、まるで戦場を駆け抜けた古の戦士のような風格を漂わせている。

これが噂のアレン? いや、そもそも女性なのか?


アレンはペンダントに目を落とした。

その瞬間、空気が凍りついた。


「おい、てめぇ……」


低く唸るような声。

次の瞬間、アレンの拳が俺の横の壁を粉砕していた。


「なんでてめぇがこれを持ってんだよォ!!」

「ひいっ!?」


声が裏返る。

パラパラと崩れ落ちる壁の破片。その粉塵が、この状況をより非現実的なものに仕立て上げる。

なんだ、このバケモノじみたババアは……⁉


一つでも対応を間違えれば、間違いなく殴り殺される。

そんな直感が全身の毛穴から警告を発していた。


しかし、ここで引くわけにはいかない。

震える声を抑え込むように、深く息を吸う。


「これは、エリザベスの姪から預かったものだ」


声に強さを込めながら、続ける。


「クラリッサ。彼女の名を知っているだろう?」


アレンの形相が一変する。

まるで嵐の目に入ったかのような、不思議な静けさが部屋を満たす。


「クラリッサ?」


アレンの声が、思いがけず柔らかい響きを帯びる。


「ああ、あいつの……お前、あの子とどういう関係だ?」

「それよりも、エリザベスに会わせてほしい」


俺への問いを受け流しながらも、アレンの目から決して目を逸らさず、言葉を絞り出す。

まるで獣と相対する時のようだ。一瞬でも視線を外せば、たちまち喉元に喰らいつかれ、声すら奪われる。

理屈ではない。本能がそう告げていた。

ここで気を抜けば、全てを持っていかれる――そんな圧があった。


「恐らく、あんたが匿っているんだろう。こちらには彼女が求めている情報がある」


アレンの目が鋭く光る。


「どんな情報だ」

「オーラム・マギカ。その守護者に関するものだ」


その言葉に、アレンの表情が凍り付いた。

工房内の空気が、一瞬重くなる。


「……今は無理だ」


アレンは短く言い切った。だが、その声には何か含みがあるような気がした。


「だが、祭りの最中なら話は別だ。人込みに紛れられる」


祭り――つまり、リタルク・ルミナリアか。

アレンの慎重な物言いに、この話題の重大さを感じ取る。


「分かった。その時を待とう。また邪魔をする」


安堵のため息をつき、帰ろうとした時だった。


「おい、兄ちゃん」


振り返ると、アレンが不敵な笑みを浮かべていた。


「店に来て何も買わずに帰るたぁ、いい度胸してんじゃねえか」


その声に込められた威圧感に、背筋が凍る。


「これ、買ってけ」


その圧倒的な威圧感に、断る選択肢などなかった。

結局、秘石で作られたブレスレットを買わされることになったが、不思議とその品に目を奪われる。


青く輝く秘石が、まるで海の底から光を放つかのようだ。

大木のような腕から、こんな繊細な細工を生み出せるとは……見事としか言い様がない。

そして、その輝きには見覚えがある。


――ルチカが海を見つめる時の、あの瞳の色に似ている。


「ほう」


不意にアレンの声が響く。

俺の表情に、何か見るものがあったのか。


「商人の目で値踏みしてるかと思ったが、お前さんの目は違うな」

「……何が?」

「そのブレスレット。お前は商品としてじゃなく、誰かに贈る品として見てる」


その一言に、思わず息を呑む。


「誰かの顔を思い浮かべながらな」


アレンは品定めするような目でこちらを見る。


「……何故そう思う?」

「分かるさ。品物を見る目が違う。それに……」


アレンは腕を組み、意味ありげに続けた。


「ただの商人なら、クラリッサのペンダントなんぞ持ってねえ。あの子の婚約者だとか、ディアーデム家と繋がりがあるとか、そういう話でもねえんだろ?」


鋭い指摘に、言葉を失う。


「お前の目は……何かを追っている目だ。商売や家柄のためじゃない。もっと切実な、どうしようもなく、止められない何かを――」


アレンはまっすぐに、迷いひとつない眼差しで俺を射抜いた。


「お前は何者だ? 何のために、ここまでしている?」


その問いに、足が止まった。

俺は――一体、何者なのだろうか。


商人? ローレンス家の跡取り?

そんな肩書きのひとつひとつを思い浮かべるたび、心の中で軋む音がする。

どれもが形だけで、俺の輪郭にはまらない。無理に当てはめようとするたびに、ひび割れ、崩れていく。


アレンの瞳が放つ光は、どんな嘘も虚勢も、すべてを見通すようだった。

心の奥底に触れられたような、そんな感覚に胸がざわつく。

だが――。


「俺はジョシュア。今は何者でもない。だが、人生全てを賭ける覚悟だけはある。そんな男だ」


その言葉が口からこぼれた瞬間、不思議なほど心が軽くなった。

肩にまとわりついていた打算も、名家の跡取りとしての見栄も、すべて脱ぎ捨てた気がした。

初めて、自分自身の輪郭を感じた。名でも立場でもない、ただ"俺"という存在の、確かな重みを。


「……ふん、面白え奴だ」


背後から聞こえた声に、何故か力が湧いてくる。

だが、去り際のアレンの目には、まだ何か言いたげな色が残っていた。

まるで、俺の決意の行き着く先を見通しているかのように。


工房を出ると、夕暮れの空が俺を待っていた。

手の中のブレスレットが、あの日の海の色を思い出させる。


ルチカ——。


俺は確かな足取りで、次なる場所へと向かった。


ジョシュア君に成長の兆しが……?

パワータイプのおばあちゃん一度出してみたかったので出せてよかったです。

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