12. 琥珀色の追憶⑤
「いやあ、すっかり遅くなっちゃいましたねェ」
リタルク石の採掘場から職人の工房まで、カイさんの案内で街の奥深くまで見学していると、気づかぬうちに夕暮れが忍び寄っていた。
通りには人影が疎らになり、路地に静寂が漂い始める。
秘石ランプが一つ、また一つと灯されていく。
その琥珀色の光が、カイさんの横顔に淡い影を落としながら、昼間の喧噪を優しく包み込んでいった。
「あ!」
突然、カイさんが声を上げた。
「ルチカ様! あそこをご覧ください。商人ギルドの広間に置かれているバカでかいランプ……」
商人ギルドの建物に近づくにつれ、巨大な秘石ランプの存在感が増していく。
職人たちが忙しそうに作業を続ける中、カイさんの声が少し低く響いた。
「特注の特別品なので、まだ制作が間に合ってないんです。完成したら商人ギルドの最上部に飾り付ける予定なんですが……祭りまでに間に合いますかねえ」
その言葉には、単なる工期の心配以上の何かが込められているような気がした。
「間に合わないと、まずいのでしょうか?」
私の問いに、カイさんは意味ありげな笑みを浮かべた。
その目は細められ、何かを企んでいるような光を宿している。
「ええ、まあ……ノーマン殿も相当なプレッシャーをかけているようですし」
ノーマンの名前が出た瞬間、私の背筋が凍る。それを感じ取ったのか、カイさんの耳が小さく動いた。
その時、路地の向こうから騒がしい声が響いてきた。
「だってアイツが先に!」
「うそつけ! お前が突き飛ばしてきたんだろ!」
見覚えのある声に、私は思わず足を止めた。
路地の先で、レオが地元の子供と睨み合っていた。
お守りらしき騎士が困惑した表情で二人の間に立ち、なだめようとしている。
「オレは悪くない! 謝るもんか!」
レオの声には、いつもの愛らしさは微塵もない。
その代わりに、どこか寂しさが混じっているように聞こえる。
エマさんが騎士団の看病に追われ、構ってもらえないことへの不満が、こんな形で爆発してしまったのだろうか。
私が何か言おうとした時、カイさんが軽やかな足取りで二人の前に立った。
「まあまあ、ケンカはよくないですよォ」
カイさんの声は、いつもの軽薄さとは違う、何か温かみのある響きを持っていた。
「ごめんなさいは、とっても大事ですよォ。お互いに言えると、もっと仲良くなれるかもしれません」
「でも……!」
レオが反論しようとするのを、カイさんは優しく遮った。
「あんまり時間が経つと……いずれ、謝りたくても謝ることすら出来なくなっちゃいますからね」
カイさんの呟きは、夕暮れの影の中に静かに溶け込んでいく。どこか寂しげな響きを残して。
その横顔に、一瞬だけ仮面が剥がれ落ちたような表情が浮かんだ気がした。
結局、レオと相手の子供は渋々ながらも謝罪を交わし、騎士に連れられて帰っていった。
私たちも歩き出す。街並みが秘石ランプの柔らかな光に包まれ始め、昼間の喧騒が静かな余韻へと溶けていく。
カイさんの言葉が、まだ私の心に棘のように残っている。
「あの、カイさん……」
私は立ち止まり、夕闇に浮かぶ彼の姿に問いかけた。
「さっきの言葉は誰に向けた言葉ですか?」
カイさんは一瞬だけ目を伏せ、その瞬間、彼の影が深く濃くなったように見えた。
けれど、すぐにいつもの軽やかな仮面を取り戻す。
「ん~~~~?? やだなあ、ルチカ様。単なる一般論ですよォ、いっぱんろん!」
両手を大きく広げ、道化のようにおどけた仕草。
その動きは、かえって何かを必死に隠そうとしているようにも見えた。
「ワタクシ、商売柄、謝罪は得意中の得意ですよ~。何かあれば跪いて、相手の靴を舐めるのも厭わない所存です」
「は、はあ……」
その言葉の軽さとは真逆に、先ほどの寂しげな表情が心に刺さって離れない。
カイさんの本当の想いは、その大げさな仕草の深い闇の中に沈められている。
そして、もしかしたらその想いは……レザト様に向けられたものなのかもしれない。
私はそんな思いを巡らせながら、秘石ランプの灯る街を、カイさんの長い影と共に歩き続けた。




