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6. 騎士団の疲弊② <レザト>

ギデオンの声が裏返る。彼の顔から血の気が引いていくのが見て取れた。

私は思わず口元を押さえ、肩を震わせて笑いをこらえた。

ギデオンの豪傑ぶりが、妻の前では霧散する様は、いつ見ても愉快だった。


エマは優雅に一礼し、穏やかな口調で言った。


「ルチカ様、この粗野な男が私の夫ギデオンです。彼の無作法な物言いをお詫びいたします」


その声には、鉄の意志が感じられた。


「あ、あの...気にしていませんから、本当に!」


ルチカは両手を振りながら慌てて答える。

一方、ギデオンは口をパクパクさせ、まるで陸に上がった魚のように息をしていた。

私は彼の様子を見て、思わずニヤリと笑みを浮かべる。


「おや、ギデオン。エマの同行を伝え忘れていたかな? 失礼なことをした」


私の声には、からかいの色が滲んでいたかもしれない。

ギデオンは椅子から半ば立ち上がり、私を指差した。


「こ、このっ...! レザト、お前わざとだな!」


エマは氷の彫像のように冷たい微笑みを浮かべ、ゆっくりとギデオンに向き直った。

その動きは、まるで獲物を狙う猫のようだった。


「あら、ギデオン。私たちがいると、何か都合の悪いことでも?」


2人の間に緊張が走るのが見て取れる。

突如、その緊張を破るように小さな声が響いた。


「お、お父様……」


レオが、まるで小動物のように小さくなりながら、私の背後から顔を覗かせていた。


「レ、レオまでだと……⁉」

「ギデオン、まずは座れ」


平静だが命令を含んだ声音で告げる。

一瞬の沈黙の後、渋々ながらギデオンは腰をおろした。


「随分と疲れているようだな」


私の言葉にギデオンは一瞬、子供のように口をとがらせたが、すぐに豪傑らしい笑みを作り上げた。


「なんの! 我輩は岩よりも頑健だ!」


しかし、ギデオンの言葉とは裏腹に、彼の顔には痛みの影が忍び寄っていた。

彼の強がりの仮面にヒビが入り始めている。 エマの鋭い目は、それを見逃さなかった。

彼女の瞳に浮かぶ心配の色は、まるで嵐の前の空のように濃くなっていくのが見て取れた。


「ギデオン」


エマの声は、柔らかくも鋭い。


「本当に...大丈夫なの?」


その言葉には、『嘘をつくなら承知しないわよ』という無言の警告が含まれているように私には感じられた。


「はっはっは!」


ギデオンは豪快に笑おうとしたが、その声は空っぽの樽を叩くような虚ろさだった。


「もちろんさ、我輩は鉄の...うっ」


彼は言葉の途中で思わず顔をしかめた。


「さて……」


私は声のトーンを落とし、剣を鞘に収めるかのように静かに告げた。


「状況を聞かせてくれ」


一瞬の沈黙が部屋を支配した。

ギデオンの表情が一転、真剣味を帯びる。


「……分かった」


ギデオンは深く息を吐き出した。


「前回の報告から何も好転しておらん。むしろ悪化の一途だ。魔獣どもの襲撃は、まるで嵐のように激しくなる一方でな...」


彼は言葉を詰まらせ、無意識に脇腹に手を当てた。


「我輩も、ちょいとばかり...」

「ちょいとばかり?」


エマの声が鋭く響く。その目は、まるで氷の刃のように冷たく光っていた。


「あなたが顔をしかめるなんて、世界が逆さまになったようなものよ。いつもは岩のように痛みに強いくせに」


彼女は一歩前に出て、厳しくも優しい目でギデオンを見つめた。


「少しは自分を大切にしてください」

「う、うむ……」


ギデオンは渋々頷いたが、その目には何か言いたげな色が宿っている。

彼の口元が微かに動き、何か言いかけては飲み込むような仕草を繰り返す。


私は注意深く、部屋を見渡した。

疲労の影が、まるで霧のように騎士たちを包み込んでいる。

彼らの顔は月明かりに照らされた墓石のように青ざめ、装備は戦場の生き残りのように傷だらけだ。


「魔獣の襲撃激化の原因は?」


ギデオンは深いため息をつき、肩を落とした。


「それが...我々にも掴めんのだ」


彼の眉間に刻まれた深い皺から、状況が差し迫っている事を物語っている。

ギデオンは言葉を探すように、一瞬天井を見上げた。


「通常の魔獣なら、我々が対応仕切れないということはないのだが……」


彼は言葉を切り、まるで目の前に魔獣がいるかのように目を細めた。


「最近のやつらは違う。まるで……誰かの操り人形のようだ」

「操り人形だと?」

「ああ」


ギデオンは頷き、その動作で痛みに顔をしかめる。


「まるで見えない糸で引っ張られているようにピンポイントで動くのだ。そして、その力ときたら……」


彼は言葉を詰まらせ、無意識に握りしめた拳が震えていた。

ギデオンの言葉に、私は眉をひそめた。不吉な予感が胸の奥底で渦巻く。


「ふむ……自然のいたずらとは言い難いな」


私は顎に手を当て、目を細める。


「何者かの仕業か...…。エドウィン」


私が目配せすると、彼は無言で頷いた。言葉は要らない。

長年の付き合いで、互いの考えが手に取るように分かる。


「ギデオン」


私は声のトーンを落とし、彼の肩に手を置いた。


「詳しい話は後だ。今は休め」


エマに向き直り、軽く目を閉じて頷く。


「頼むぞ、エマ。この頑固者の面倒を」

「えー! お父様のめんどー、オレもみる!」


レオが飛び出してきた。期待に満ちた目で私を見上げている。

私は片膝をつき、レオの目線に合わせる。


「レオ、お前にも大事な任務がある」

「オレに⁉ なになに⁉」


レオは興奮で跳ね回りそうだ。


「お前のお母さんは、この騎士団の宝だ。彼女を守れるのは、お前しかいない」


レオは目を丸くした。


「え……オレが、母様を?」

「そうだ」


私は真剣な表情で頷く。


「難しい任務だが、お前なら出来る。引き受けてくれるか?」


レオは胸を張った。


「うん、任せて! よーし、母様を絶対守るぞ!」


その健気な姿に、思わず微笑みがこぼれる。

ギデオンに向き直ると、彼は複雑な表情を浮かべていた。

改めてこの頑固者に釘を刺さねばならない。私は口調を強め、彼に告げる。


「いいかギデオン。今日の哨戒は休め。それが命令だ」

「しかしだな、レザト。他に誰が……」

「私が出る」


きっぱりと言い放つ。それ以上の言葉は必要ない。


「現場で直接状況を確認するのが一番手っ取り早い」


私は決然とした口調で言った。


「だが……」

「ギデオン」


エマの声が静かに、しかし威厳を持って響く。

彼女の目には優しさと厳しさが混ざっている。


「体調管理も騎士の大切な務めよ。私たちのためにも、しっかり休息を」


部屋の空気が変わるのを感じた。騎士たちの間で小さな動きが起こる。

エマはその様子を見逃さず、皆に向かって言った。


「皆さんも何か不調があれば、遠慮なく私に仰って下さいな。そのために来たのですからね」


彼女は軽く微笑んだ。その笑顔に、騎士たちの緊張が少し和らぐのが分かる。

私は深く頷いた。エマの手腕には常に感心させられる。


「あとは任せたぞ。私は商人ギルドへ向かう」

「レザト団長」


エマが呼び止めた。彼女の目には、何か言いたげな色が浮かんでいる。


「……ありがとうございます」

「礼を言われるようなことは何もしていないさ」


私は軽く手を振りながら彼女に答える。エマがいれば、この場は問題ないだろう。


「さあ、行くぞ」


部屋を出る間際、ルチカが私の袖を軽く引いた。

彼女の瞳には心配の色が宿っている。私は優しく微笑みかけ、彼女の手を軽く握った。


「大丈夫です。共に行きましょう」



騎士団を後にすると、私の足取りは重くなった。

商人ギルドへの訪問は避けられない。

到着日の挨拶を怠れば、領主としての立場に影響が出る。あそこは体面を重んじる場所だ。


会いたくない人物の顔が脳裏をよぎり、思わずため息が漏れる。

だが、すぐに気を取り直した。今は領主としての責務を果たすべき時だ。


ルチカとエドウインを伴い、私たちは祭りの準備に沸く街を進んだ。

人々の笑い声や呼び声が聞こえてくる。その明るい空気とは裏腹に、私の心は暗い影を宿していた。

魔獣の襲撃、騎士団の疲弊、そして商人ギルドとの緊張関係。全てが私の双肩に重くのしかかる。


しかし、隣を歩くルチカの存在が、柔らかな光のように私を包み込む。

彼女の香りが風に乗って漂い、私の緊張を和らげる。

彼女を、そしてこの街を守るために、私は前を向かなければならない。


深く息を吐き出し、私たちは商人ギルドへの道を進んだ。

未知の脅威に立ち向かうための第一歩を踏み出すために。


レザト様の苦労、まだまだ続きます!

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